人は人の言うことを聞かない
「部下が言うことを聞いてくれない」「こちらの方針に従ってくれない」……、上司の立場にいる人から、よく聞く悩みです。おそらく上司自身、自分の部下時代に上司の言うことを聞いていたからこそ、上司になった今、部下は当然自分の言うことを聞いてくれるだろうと思うのでしょう。自分は上司の言うことを一聞けば、十理解できたから、部下もこの一言を言えば伝わるだろうと。
しかし人が人の話を理解するのは難しいですし、まして何かをしてほしいと人から強めに指示されると、自分の選択肢を奪われてしまうのはないかと拒絶反応が起こるものです。
ですから、まずこのように悩む人に知ってほしいことは「人は人の言うことを聞かない」という大前提です。
そもそも部下の言うことを聞いていたか
部下が話を聞いてくれない事例は、さまざまにあります。たとえば上司が、部下に権限移譲をして、各人が自立したチームを目指そうとしているのに、部下は自分で考えることを放棄してしまう。いわゆる指示待ちです。
反対に、ある程度は自分で自由にやってもいいけれど、行動に移すまえに確認して進めようというルールがあるにもかかわらず、それを聞かず勝手に動いてしまう。前者の指示待ちタイプも、後者の暴走タイプも、上司としては困ります。
なぜ言ったことを聞いてくれないのか、方針に従ってくれないのか、もしかすると、上司自身が部下の話を聞いていないことが原因かもしれません。
プロジェクトには、たいてい期日があります。時間がないなか、上司が「とにかくアイデアを出して」「実行する前に連絡して」と部下に指示しか出していなければ、部下の本音を読みとることは難しい。
しかし、時間がない中でも「仕事の仕方で困っているところはないか」「どんなサポートがあればやりやすくなるのか」、上司がそこをちゃんと「聞く」。部下が今、何を感じて、何を考えているか、そこに少しでも聞く耳を向けると、コミュニケーションの方向が変わり、部下が心を開いて、こちらの言うことを聞いてくれる、方針に従ってくれる可能性が出てくるかもしれません。
「聞く」ことは簡単なようで難しい
部下の本音を知るためには、上司はちゃんと「聞く」。しかし、聞くというのは、簡単なようで、大変難しいことです。
そもそも仏教の世界には、迷いから悟りのステージを、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上、声聞、縁覚、菩薩、仏と10層に分ける考え方があり、最初の6つが凡夫で、後ろの4つが聖者の世界。凡夫は6つの世界を、さまよい続けることから「六道輪廻」と呼ばれますが、その六道輪廻を抜け出せた、最初の領域が「声聞」です。「声を聞く」と書く声聞は、聖者という一つ大きなステージに上がる要となります。つまり、それぐらい人の話を聞くことは、簡単な境地ではないのです。
では、どうやって人の話を聞けばよいのか。3つのステップで考えていきましょう。
ステップ1:受け入れる気持ちを持つ
まず相手を受け入れる気持ちを持つこと。ただし自分自身に余裕がないと、相手の話を聞くことで、自分の感情が振り回されてしまいます。ふだんから自分の声はもちろん、自然界の声にまで耳を傾けられるぐらいの余裕を持つと、相手を受け入れる気持ちを持つことができるでしょう。
ステップ2:共に変わろうとする
人の話を聞き出すときには、君は何がしたいのか、君はこっちのほうがいいだろうとテクニカルに情報を引き出すのはよくないやり方です。相手の話を聞いたら、自分も共に変わっていこうという余地や余白を持つことが大切です。
そういった姿勢で聞いていると、その雰囲気は相手に伝わり、行動変容を起こさせるきっかけをつくることができるでしょう。
ステップ3:「心理的安全性」を与える
話を聞くときのコツは、相手に「心理的安全性」を与えること。部下はいきなり上司に呼び出されると、延々と説教をされるんじゃないかと警戒してしまいます。しかし最初に「今から10分、時間をもらってもいい?」とゴール設定を伝えれば、相手はとりあえず安心できるでしょう。
また10分後にどうなっていたいかまでメッセージを伝えられると、なおよいでしょう。部下にしてみれば、これから自分は何かダメ出しをされて、10分後にへこまされるのではないかと恐れているかもしれませんから「10分後には、1年前のようなよい状態になるために、ちょっと話して、視界がひらけるようになっていたいんだけど」などと伝えておく。すると部下は、ダメ出しされるかもと想像しながら聞かずにすみます。聞く姿勢も変わってきますよね。
10分と言ったら10分で終わる
部下の話を聞く姿勢がととのったら、いよいよ話し合いを始めます。そのときに大切なのは座る位置。部下は、上司から対面で「今の不安を聞かせてくれ」と言われると、プレッシャーと緊張で、何か白状させられる気分になります。しかし横に座り、お互いがよくなろう、あなたの味方です、というメッセージを伝えられたら、部下は安心して話ができるでしょうね。理想は車に一緒に乗って、同じ遠くの景色を見ることかもしれません。
また具体的に話し合うときも「一緒に考える」スタンスを伝えることは重要です。君の問題点を言いなさい、それを分析してこっちもアドバイスするから、では絶対にダメ。部下自身も頑張れていないことは、おそらくわかっています。それをこちらも理解したうえで、では「どんな不安がなくなって、どんなサポートがあれば、やりやすくなるんだろうね、僕たちは」というスタンスが正解です。同じ立場で、肩を並べて考えるという態度を忘れないでください。
そんなふうに話がどんどん深まり、10分で終わらないこともよくあります。しかし、これは10分でやめたほうがいい。もっと話そうと時間を延長するのは、あまりよくありません。「今日の10分で、かなりいいところまで話せた。これからまた話せば、具体的な解決策も出てきそうだから、また次回、時間をとらない?」とやったほうがいいですね。
というのは1回目に10分と言ったのに、話が盛り上がって1時間話したとします。しかし2回目に、また10分と言って、きちんと10分で終わると、相手からすると物足りなくなる。1回目に1時間延長したことで、相手にあの話はよかったという記憶を残し、2回目にふつうにやるとサボっているように見える。部下からすると、上司の情熱が冷めたように思えるのです。ですから最初に10分といったら、きっちり10分で区切ったほうがよいのです。
聞くプロが投げかける最強の質問
さらに聞くプロフェッショナルであれば、10分話し合ったあとに「今日は何%話せた?」と部下に聞いてみる。「40%ぐらいしゃべれました」と答えれば、「じゃあ、来週にでも、また10分時間をとって、その40%の続きをしゃべろうよ」と言う。そうすれば部下のほうも、やりましょうと乗ってきます。
2回目の10分では、1回目に出てきた部下の何気ない話、たとえば「家をリフォームしている」「ペットを飼い始めた」といった話を拾い、「あの工事、進んでいるの?」「ペットとの生活はどう?」といったコメントを、適切なタイミングではさみこみましょう。そうすると部下は上司が自分の話をちゃんと覚えてくれていて、自分に関心が向いていると思いますので、信頼関係はどんどん変わっていきます。
ですから上司は、2回目の10分までに、1回目の話をきちんと整理して、準備をしておかなければいけないのです。
そこまでして初めて、この人の言うことなら聞きたいと思われる上司に変わってくる。反対に言えば、そこまでしないと、人はそうそう人の話を聞かないということです。