3人に1人が体重増
コロナ禍で急増したテレワークやオンライン授業が、いわゆる「コロナ太り」を招いたとも言われます。さらに怖いのは、その影響が体だけでなく“ココロ(メンタル)”にも出ている可能性です。
コロナ禍の21年、日本生活習慣病予防協会が40~60代(3000人)を対象に行った調査では、コロナ前の19年と比べ、体重が「増えた」との回答が36%と、3人に1人にのぼりました。うち半数近くは、3kg以上も増加していたとのこと。
また同じく21年、クロス・マーケティングが20~60代(2500人)に行った調査では、コロナ禍で「メンタル不調、鬱々とした気分」や「寂しさ、孤独感」など、精神面が悪化したとの回答が、それぞれ2割から3割近くも見られました。
このあと新型コロナの感染が収束に向かえども、デジタル化、オンライン化の流れは止まらないでしょう。
だからこそ注目されるのが、DXならではの利便性を活かしつつ、いかに心身の健康を維持・促進していくかとの視点。「オンラインフィットネス」の世界でも、体だけでなく“ココロ”の健康にもつながりそうなサービスが、少しずつ登場しています。
会員数がコロナ前の7倍に
たとえば、「SOELU(以下、ソエル)」。新型コロナが猛威を振るう以前の18年6月、スマホやPCから気軽にヨガやトレーニングのライブレッスンを受けられるサービスを、いち早く始めました。
その後、コロナ禍のステイホームの影響などもあり、会員数が跳ね上がります。コロナ前(20年4月以前)と後の比較で、なんと7倍に。1年以上サービスを継続する会員も、約8割に達しているといいます(21年末現在)。
「いつでも」が時代のキーワード
「サービス開始以前から、アメリカでは『Peloton(ペロトン)』などオンラインフィットネスが業績を拡大し、日本でもオンライン英会話など、PCやスマホを介してできるレッスン業態が少しずつ増えていました」と同取締役CPO(Chief Produce Officer)の越塚麻未さん。
また、近年はリアルのフィットネスジムでも、24時間年中無休の「ANYTIME FITNESS(エニタイムフィットネス)」が右肩上がりで会員数を伸ばすなど、「いつでも」が時代のキーワードに。
ソエルもサービス開始当初、「いつでも」が忙しい女性を中心に一定の支持を得るだろうと考えた半面、彼女たちに必ず“刺さる”とまでは確信が持てなかったといいます。そこで徹底して行ったのが、女性を中心としたユーザーへのインタビュー調査でした。
「とくに妊娠中や育児中の女性は、ジムに通いにくかったり、時間もなかなか取れなかったりと悩んでいた。心のリラックスを求めていることも分かりました」(越塚さん)
22年4月現在、育児中のママも多いと考えられる40代が、会員の最大ボリュームだそう。また、会員全体の9割以上が女性だといいます。
40代、50代がボリュームゾーン
一方で、コロナ禍ではとくに50代の利用者が急増。40、50代の会員割合が、全体の6割強を占めるに至りました。
男性会員も、割合は全体の数%~1割弱にとどまるものの、数としては着実に増える傾向に。
「あくまでも印象ですが、熱心にジムに通って筋トレに励む男性とは違い、ヨガやダンササイズ(アップビートな音楽に合わせて行なう有酸素体操)などを好むなど、サステナブル志向の男性が多いように感じます」(越塚さん)。
苦しかった「受講者ゼロ」時代
もっとも、ソエルが前身となるサービスを開始した16年当時は、まだオンラインレッスンが当たり前ではなかった時代。
インストラクターがオンライン越しに熱心にレッスンを行っても、誰ひとり視聴していない「受講者ゼロ」のケースもあったとか。そのため、時にはインストラクターやスタッフの士気が上がりにくかったそうです。
しかし、いまや受講者ゼロのケースは「ほぼ皆無」だと越塚さん。「ヨガやピラティス、ズンバなど人気のレッスンでは、一度に500人以上が受講することもある」というから驚きます。
18年以降、順調に会員数を伸ばしてきた理由は、大きく2つありそうです。
1つは、「微妙な女ゴコロ」をくすぐる仕掛け。
ソエルは入会後30日間はトライアル扱いで廉価〔100円~/税込み(以下同)〕にてレッスンを受けられるほか、その後は「スタンダード」「プレミアム」「プレミアムライト」のおもに3コースから好きなレッスンパターンを選べます。
スタンダードとプレミアムの顕著な違いは、ライブレッスンの受講回数。前者は月4回まで(2178円~/月)と制限付きですが、後者は無制限(6578円~/月)で受講可能です。
一方、プレミアムライト(4378円~/月)と他の2つの大きな違いは、インストラクターに直接指導を受けられるかどうか。実はここに、女ゴコロに配慮した絶妙な仕掛けがありました。
「赤ちゃん泣いたら保証」で断念したレッスンも再受講可
プレミアムライトの会員は、直接指導を受けることはできず、画面は視聴専用の「ギャラリー枠」のみ。対するプレミアムと先のスタンダード会員は、自身の状況や気分に合わせて、ギャラリー枠か、あるいは指導を受けられる「ポーズチェック枠」かを選べます。
ギャラリー枠では、PCやスマホのカメラがオフになるため、「お部屋が散らかっていたり、起き抜けですっぴんを見られたくなかったりするときにお薦めです」と越塚さん。
対する「ポーズチェック枠」は、インストラクターにヨガのポーズなどが正しいか見てもらいたいときのほか、たとえば自慢のヨガウエアに身を包み、バッチリメイクもキメて「私を見て!」と伝えたい気分のときなどに利用する女性もいるそう。
もしレッスン直前(開始10分前)にわが子(0~36カ月の赤ちゃん)が泣き出して入室できなかった場合でも、「赤ちゃん泣いたら保証」が適応され、再度受講できるとのこと。ママたちの繊細なココロに寄り添う配慮も、人気を後押ししていそうです。
インストラクターはSNSで地道に発掘
順調に会員が増えてきたもう一つの理由は、スタッフが受講者やインストラクターと連携する作業を“地道に”コツコツ続けてきたこと。
ソエルの大きな魅力は「自宅でいつでも(早朝5時~深夜26時まで)」の利便性と、廉価で多様なレッスンが用意されている点でしょう。21年4月現在、150種類以上のプログラムがあり、15分~60分間のライブレッスンが毎日約200クラスも開講されています。
数多くのレッスンを可能にするのは、約350人に上る多彩なインストラクターの存在。求人サイトで募集することはまれだそうで、「スタート時からいままで、私たちスタッフがSNSで声をかけたことも少なくありません」と越塚さん。
たとえば、インスタグラムでピラティスなどの魅力的な動画を発信している女性インストラクターに、ダイレクトメール機能などを使って「ソエルでもレッスンを担当してみませんか?」と直接アプローチするといった具合。
兼業、子育て中…インストラクターのトラブルへの対処
SNSも含めた地道な連携は、採用後も続きます。
オンラインフィットネスの特性から、インストラクター(約9割が女性)の所在地は、日本全国に加え、イタリアなど海外にも散らばっています。また幼い子どもがいたり、本業を別に持ち「副業(兼業)」として教えていたりする人も少なくないそうです。
一般に、女性や副業・兼業が多い職場では、「子どもが熱を出す」や「本業で不具合が起こる」といった突発的なトラブルに見舞われるケースも多い。
そんなとき、たとえば「今日の○時から、誰かズンバを教えられる方いませんか?」と、スタッフがフェイスブックグループやスラックを通じて、インストラクターたちに声をかけることもあるとか。
「私たち内部だけでなく、最近は会員さん同士が『#SOELU(ソエル)』や『#今日 のソエル』などSNSのハッシュタグでつながり、レッスン後に感想を言い合ったり、励まし合ったり、自主的にオフ会を開いたりしているようです」(越塚さん)
顧客と連携するマーケティング手法
コロナ禍でより重視されるようになった、コミュニティマーケティング。
SNSが広く普及した10年以降は、消費者の貢献欲求の高まりなども受け、それまでの「インフルエンサー」主体のマーケティングから、顧客一人ひとりと連携して地道にブランドを育てる視点が重視され始めました。
以前、「『もう白物家電じゃない』日立が冷蔵庫の10色展開に踏み切った深い理由」でお伝えした「共創(協創)」の概念も、その一つ。
代表的なのは、アウトドア関連のメーカーの「スノーピーク」や、デンマークの玩具メーカー「レゴ®」などの取り組みでしょう。
スノーピークは98年以降、コツコツとキャンプイベントを開催し続け、熱心なファンやポイントカード会員が既に30万人を超えているとされます。
また、レゴグループは08年、「空想生活(現:Cuusoo System)」との共同企画として、Webサイト「LEGO IDEAS」を開設。世界中のレゴファンから製品化したいオリジナルデザインを募集し、企業とファンが海を越えてつながる仕組みを確立しました。
顧客の退会を防ぐすごい仕組み
一般に、SNSなどを通じたコミュニティマーケティングの利点を「『企業対顧客』の関係性が深まること」と捉える傾向も強いのですが、実はそれ以上に大きいとも言われるのが、顧客同士、あるいは企業内のスタッフ同士のつながりの強化です。
ソエルの取り組みも、まさにそのお手本でしょう。
オンラインで指導するインストラクターは、便利な反面、ややもすると“孤独(孤立)”を感じやすい。また、赤ちゃんを抱えてレッスンを受けるママたちは、子どもが泣きだした瞬間、「ああ」とため息をつくかもしれません。
そんなとき、SNSを通じてスタッフ同士、あるいは顧客同士がつながっていれば、互いに励まし合ったり、フォローし合ったりできる。顧客の退会も防げるでしょう。
オンラインビジネスの世界でも、地道ながらこうした“ココロ”のつながりも含めてサポートできるか否かが、生き残りの鍵を握るのではないでしょうか。