認知症は40代で発症することもあり、現役世代にとっても他人事ではない。予防法はあるのか。順天堂大学医学部・名誉教授の新井平伊医師は、「認知症はいまや予防できる病気になっています。社会的にも、個人的にもすべてのリスクファクターへの対策を講じれば、認知症は40%減るという推測も出ています」という——。
アルツハイマー病を表すイメージ
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高齢者の6人に1人。認知症は40代でも発症する

厚生労働省老健局の資料(2020年6月20日)によると、日本における65歳以上の認知症有病者は2020年で推計約602万人。高齢者の16.7%、約6人に1人が認知症有病者といえます。また40~65歳未満で発症する若年性認知症も4万人弱おり、厚生労働省や自治体も対策に乗り出しています。若年性認知症が増加傾向のように見てとれるのは、昔はうつ病や妄想性障害などの精神疾患と診断されていた患者が、正しい診断をされるようになったためです。

認知症には、おもに「アルツハイマー型認知症」「血管性認知症」「前頭側頭葉変性症」「レビー小体型認知症」「アルコール性認知症」などがあります。

認知症の約7割がアルツハイマー型認知症ですが、世界中のさまざまな研究により「発症するまでに脳で起きていること」もわかってきています。

アルツハイマー型認知症はアミロイドβたんぱくが脳に蓄積されることで引き起こされますが、実は発症の20~25年も前から少しずつ蓄積され始めていることがわかりました。そしてそれに引きずられる形で脳神経の重要な役割を果たす“タウたんぱく質”に異常が起き、神経細胞がダメージを受け、ついに脳が萎縮をし、認知症発症へとつながっていきます。

つまり早い段階から関与すれば、アルツハイマー型認知症の予防は可能なのです。

現在の認知症予防は3段階に分類されています。

1次予防=発症させない
2次予防=発症を遅らせる
3次予防=発症しても進行を遅らせる
【図表1】物忘れ~認知症の重症度分類
出典=40代からの認知症リスク低減機構 (※)参照:日本神経学会監修「認知症疾患診療ガイドライン2017

1次予防と2次予防に該当するのは、認知症の前段階、すなわち認知症を発症していない人たち。日常生活には支障のない「健常者」。周囲からは普通に見えるが、もの忘れなどを自覚し始める「主観的認知機能低下(SCD)」、さらに周囲も気づき始める「軽度認知障害(MCI)」の3段階の人たちです。

もの忘れの頻度と程度が広がると認知症へ移行の恐れが

もの忘れと認知症を混同する人もいますが、もの忘れは症状のひとつでしかありません。例えば寝不足や疲れが影響してもの忘れが起こることもあるわけです。注意したいのは症状の変化です。もの忘れの頻度・程度・広がりに注意をすることが大切です。

・頻度……もの忘れの回数が多くなる。
・程度……大切な会議やアポイントなど、より重要度が高いもの、他人に迷惑がかかることを忘れる。
・広さ……言葉が出ない、計算が苦手になる、歩きづらくなるなど、もの忘れ以外の症状が加わっている。

こういった症状は周囲からはわかりづらいため、自分で変化を見逃さないことが重要で、SCDの段階で発見することが可能になります。

黒板に式を書く少年
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各自治体などで行われる脳機能チェックは、MCIを発見するためのものです。軽度認知症発症の前段階から対処することにより、16~41%の人が元気な状態に戻ったという報告もあります(※)。以前は軽度認知症が進行してから診断を受けることが多く、予防への対応の遅れが指摘されていましたが、現在は発症前段階から関与することにより、認知症の発症を遅らせることができるようになっています。

それでもMCIと診断された人のうち、年間5~15%の人は認知症へと移行することも医学的な調査でわかっています(※)。ここからは進行を遅らせる3次予防になります。

(※)出典=「認知症疾患診療ガイドライン2017

認知症は予防する時代になった

認知症予防が可能になったもうひとつの理由として、リスクファクターが解明されてきたことが挙げられます。ではどのようにすれば認知症を防ぐことができるのかをお伝えしましょう。

WHOは2019年に認知症予防ガイドラインを発表し、次の12の柱を挙げました。

認知症予防の12の柱
①運動などの身体活動
②禁煙
③健康的な食事
④アルコールの管理
⑤認知トレーニング
⑥社会活動
⑦体重管理
⑧高血圧の管理
⑨糖尿病の管理
⑩脂質異常症の管理
⑪うつ病への対応
⑫難聴への管理
耳に手を当てる女性
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さらに2020年には世界的医学雑誌『ランセット』に、「危険因子が排除された場合の認知症有病率の減少率」という論文が発表されました。

【図表2】危険因子が排除された場合の認知症有病率の減少率
出典=Livingston G, et al.The Lancet, 2020

右側は主に中年期、左側は老年期の危険因子となります。この表によると、例えば中年期に聴力低下を治すと認知症有病率は8%下がると報告されています。

ここでも高血圧、飲酒、肥満、喫煙、うつ病、社会的孤立、運動不足、大気汚染、糖尿病などが認知症を引き起こす重要な危険因子だということが報告されています。

社会的にも、個人的にも、すべてのリスクファクターへの対策を講じれば、認知症患者は40%減るという推測も出ています。

トランプ、麻雀……対人ゲームで前頭葉を刺激

中でも私は、認知症予防のため以下のことを推奨しています。

・生活習慣病を治す
・聴力低下を改善する
・糖尿病の治療をする
・酒・タバコを控える:特にもの忘れを自覚したら、飲酒はできるだけ控える。
・有酸素運動を行う:特に計算しながら運動をするなど、運動と頭を一緒に使う「ながら運動」は、脳の広範囲を刺激できるのでおすすめ。
・対人ゲームを行う:囲碁やトランプ、麻雀などの対人ゲームには、相手の出方を想像し、対応を考えて、実行するという、前頭葉を中心に脳を広く刺激する効果がある。
・適切な睡眠をとる:睡眠には脳に蓄積されたアミロイドβたんぱくを洗い流す役割が。睡眠時間が短いとアミロイドβたんぱくが蓄積されやすいので、6時間半~7時間を目安に、質の良い睡眠を心がけること。睡眠時無呼吸症候群は必ず治療。無呼吸になると血液中の酸素が減り、脳神経にダメージを与えて、アミロイドβたんぱくの蓄積につながる。睡眠の質が悪くなることもリスクファクターとなる。
麻雀をするグループ
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【図表3】非薬物的アプローチによる認知機能の改善効果
資料提供=アルツクリニック東京

上の図はMCIと軽度認知症の人が、生活習慣を改善し、危険因子を取り除いたことで、認知機能検査がどのように推移したかを表すグラフです。非薬物的アプローチであっても、認知機能が改善されていることが如実に表れていることがわかるでしょう。

また脳と腸の相関関係も徐々にわかってきています。緊張をすると腹痛を起こす人がいることからも、脳と腸は自律神経でつながっていることがわかるでしょう。

認知症についてエビデンスのある論文や学会発表などを紹介する情報交換サイト「アルツフォーラム」では、MCIに作用するサプリメント食品のなかで有用菌(プロバイオティクス素材)として、森永乳業のビフィズス菌「MCC1274」が唯一紹介されていて、このビフィズス菌を摂取すると、アミロイドβたんぱくの産生抑制に作用することが、プレ臨床レベルで実証されています。

非薬物療法だけでなく、薬の発展にも目覚ましいものがあります。

2021年6月、米国のFDAで「アデュカヌマブ」という薬が承認されました。この薬は認知症発症前段階で使用することによって、アミロイドβたんぱくを減らし、進行を23%遅らせるというデータが出ていて、SCDやMCIの段階で使用すれば、発症を未然に防ぐことが期待できます。アデュカヌマブはEUでは否認、日本では継続審議となりましたが、それ以外にも開発の最終段階に入っている薬があり、臨床的な効果に期待が寄せられています。

エビデンスに基づいた認知機能低下の予防ソリューションは徐々に確立されつつあり、今は認知症予防の夜明け前の段階と言えるでしょう。まずは個人レベルで認知症にならないための生活を心がけることが大切です。