「お化け屋敷理論」でわかる準備の重要性
新しい会社に入ったり、部署を異動したり……。春は、新しい環境の変化に対応しきれず、心身の不調を訴える人が増えます。こうしたストレスへの耐性を高め、新しい環境にスムーズになじむために、今のうちからやってほしいことがあります。「人間関係」「生活」「コミュニケーション」の3つに分けてご紹介しましょう。
そもそも職場の悩みの多くは、対人関係が原因で生まれます。特に新しい環境となると、初対面の人に囲まれて仕事をしなくてはならなくなり、さらに悩みは生まれやすくなります。相手に気をつかい過ぎたり、苦手な人がいたり、日々の人間関係でエネルギーを使い果たし、へとへとになることは容易に予想できます。
では新しい対人関係のストレスを減らすには、どうしたらよいか。おすすめは、事前にある程度、下調べをしておくことです。
「お化け屋敷理論」をご存じでしょうか。お化け屋敷の怖さは、単におどろおどろしいお化けが出てくるからというだけではなく、「いつどこからお化けが出てくるかわからない」ところにあります。でも、「ここからお化けが出るよ」というのがわかっていれば、恐怖はかなり軽減されます。
つまり、事前に少しでも知っていることが多いと、心の準備ができるわけです。
ですから新しい環境に入る前には、事前に集められる情報は集めておきましょう。部署異動であれば、事前に挨拶がてら訪問させてもらって雰囲気を体感しておくのもいいですし、先に同じ部署の人の名前を覚えておくと、いざ異動してからもストレスを軽減することができます。
もし異動先に知り合いがいるなら、部署内の人間関係について聞いておきましょう。「何かするなら、この人の了解をとっておいたほうがいい」といった、キーパーソン(または「裏ボス」的な存在)の情報も、聞いておくとよいですね。
生活リズムのかぎは「朝習慣」
次は、生活リズムに関するアドバイスです。
やはり基本は早寝早起きです。新卒の人や転職する人は、入社前に休暇が取れるケースも多く、つい気がゆるみ、生活リズムが乱れがちになります。そのまま入社すると、仕事が始まってからも睡眠不足で疲れがすんなり取れず、新しい仕事を覚えていかなければいけないのに、頭がしっかり働かないということになりかねません。起床時間から逆算して7時間ぐらいは睡眠時間をとり、朝も決まった時間に起きるようにしてください。
そして、心身の状態を最高の状態にするためには、朝の習慣がポイントになります。
おすすめは「バナナ・ヨーグルト」
朝起きたら、まず顔にしっかりと1分間、朝日を浴びます。日の光が目から入ることで、体内時計がしっかりとリセットされて、眠気を誘発する“メラトニン”というホルモンの分泌が止まります。そして15時間後には再びメラトニンが分泌されて、自然な睡魔がやってくるので、夜しっかり睡眠がとりやすくなります。
朝ごはんも重要です。朝ごはんを食べると、体に対して「朝が来た」というサインを送ることになるので、そこから寝ていた体が起き出します。ですから、これまで朝ごはんを食べなかった人も、新しい生活に向けて朝ごはんを食べる練習をしておいたほうがいいでしょう。
とはいえ、なかなか時間がとれない、朝は食欲がない、という人もいます。そういった人に、私は「バナナ・ヨーグルト」を食べるようにおすすめしています。なぜならバナナと乳製品には、幸せホルモンといわれる“セロトニン”の原料となるトリプトファンというアミノ酸やビタミンB6が豊富に含まれているからです。
しかも、バナナは皮をむくだけ、ヨーグルトはふたを開けるだけ、と面倒な準備も調理も不要。手軽にとれますので、とりあえずバナナ・ヨーグルトだけでも食べてください。
これからやってくるストレスに対応するためにも、しっかりとセロトニンを作って、メンタルヘルス不調になりにくい生活習慣を作っておいてください。
息抜きリストを用意しておく
今のうちに、ぜひ息抜きの方法のリストアップをしておいてください。できれば50個から100個ぐらいあるといいでしょう。
新しい環境では、初対面の人に囲まれますし、慣れない仕事にも対応しなくてはならず、必ずストレスが増えます。「入ったら出す」ことをセットで考え、積極的にストレス解消もしてほしいと思います。
息抜きの方法リストは、音楽やスポーツ、ショッピングなど何でもよいですが、できるだけ、名詞ではなく、具体的な動詞で書くことがポイントです。たとえば音楽も「○○というミュージシャンの曲を聴く」というだけでなく「YouTubeで○○というミュージシャンの○○という曲を聴く」といった具合に決めておきます。
ストレスがたまっているとき、疲れているときは、なかなか頭が働きません。ですから、「ストレスを解消しよう」と思っても、その方法がなかなか思いつかないのです。だからこそ事前に細かくリストアップしておき、いざというときに、そこから選べるようにしておきます。時間のある今のうちに、ぜひやっておきましょう。
自己主張のスキルを身に付ける
コミュニケーションの面では、“アサーション”のスキルを知っておくとよいでしょう。これは、相手との関係を良好に保ったままで自己主張するコミュニケーションスキルの一つです。自分の心を守る大切なスキルなので、私たち精神科医やカウンセラーもすすめています。
自己主張の方法は、「アグレッシブ」「ノン・アサーティブ」「アサーティブ」の3種類に分けられます。アグレッシブは、攻撃的という意味で、相手よりも自分の考えを優先して攻撃的に自分の意見を主張するものです。ノン・アサーティブはその反対で、まったく主張せず、相手を優先して自分の意見を後回しにします。
そしてアサーティブは、相手と自分の意見を対等にみなし、相手の意見も聞きながら自分の意見も主張していきます。攻撃的なアグレッシブと、まったく主張しないノン・アサーティブの中間ともいえ、理想的です。
アサーティブな自己主張をすることを、アサーションといい、その効果的な方法の一つに、DESC法があります。アサーティブな自己主張をするためのステップを4つに分解したものです。
E=Explain(説明する)
S=Specify(提案する)
C=Consequence(結果を伝える)・Choose(選択する)
「DESC法」で上手に断る
これは、どんな場面でも使えますが、特に断るときに便利です。たとえば上司から急ぎで資料の作成を頼まれたけれど断りたい場合を考えてみましょう。
まずD(描写する)では、「今、私は別の仕事をしています」と自分の状況を、事実に基づき客観的に表現します。次にE(説明する)で「お手伝いはしたいのですが、今は時間がなくてできないのです。申し訳ありません」と、断らざるをえない理由について説明します。S(提案する)では、「急ぎでは難しいのですが、納期を来週まで延ばしていただければできますが、いかがでしょうか」など、相手に考慮してほしいことを示したり代替案を提案したりします。
C(結果を伝える・選択する)では、自分が提案したことへの相手の答えに対して、どうするのかを伝えます。例えば、相手から「来週までは延ばせない」と言われれば、「では、引き受けることができません」という結果をスムーズに伝えることができます。また、相手が「来週まででもいいよ」となれば、「では、引き受けます」という結果を自分が選択するのです。
この4つのプロセスを踏めば、相手の主張を受け止めながら、こちらの主張もすることができますし、断るときも角が立ちにくいでしょう。
どんな立場の人でも、新しい環境でいきなり自己主張するのは難しいですし、おそらく、相手の言うことを優先して自分の意見を後回しにする、ノン・アサーティブになることが増えてしまうのではないかと思います。ただ、それだと仕事も生活も大きく変化してストレスのかかりやすい時期に、仕事を押しつけられたり、断り切れず抱え込んだりすることになり、メンタルヘルス不調を招く原因になってしまいます。
こういった方法を使って、イエス・ノーははっきりと言えるようにすると、それだけで気持ちがぐんと楽になるので、ぜひ身に付けるようにしてください。