最も多い不調は「目の疲れ」
コロナ禍で、企業各社はテレワーク(リモートワーク)を導入。首都圏やいわゆる大企業(従業員1000人以上)では一時期、その導入割合が3割を超えました(2020~22年 日本生産性本部調べ)。この間、社会全体でデジタル化が進んだこともあり、「以前よりデスクワークが増えた」という方も多いでしょう。
デスクに向かう時間が増えると、気になるのが“疲れ”です。
2021年6月、ヘルスケアのニチバンが20~60代の男女に調査したところ、「コロナ前と比べ、(なんらかの)身体の不調が増えた」と感じる人が、約6割(57.7%)。リモートワークの人はそうでない人に比べ、約12%多く、不調を感じていることも分かりました。
同じ調査で、最も多かった不調は「眼の疲れ(59.3%)」。次いで、「疲れ・だるさ」や「肩こり」「腰痛」など、座りっぱなしやパソコン画面を長時間見続けること、あるいは同じ姿勢を続けることなどが、体に悪影響を与えていそうです。
姿勢と心の状態を可視化する
近年はこうした悩みを“デジタル”で解決しようとする動きが進んでいます。
例えば、背中に直接貼り付けることで、姿勢を記録してくれるウェアラブルデバイス〔「UPRIGHT GO(アップライト ゴー)」(UPRIGHT社)〕や、荷重センサーとAIが、腰痛の「悪化予報」を知らせてくれる特殊な椅子(スマートチェア/東北大学大学院ほか)など。
そしてメガネ(スマートグラス)の分野でも、姿勢(体)だけでなく“ココロ”の状態まで“可視化”できる最先端の新商品が、2021年10月に登場しました。
その名も、「JINS MEME(以下、ジンズ ミーム)」(JINS)。コンセプトは「ココロとカラダのセルフケアメガネ」で、2015年秋に発売された第1弾(2019年に完売)に次ぐ第2弾の位置付けです。
メガネ本体とアプリが大幅にアップデートされ、販売数量は、発売後わずか3カ月(~2022年1月13日現在)で、第1弾のそれを超えたとのこと。
実はもともと、初代ジンズ ミームが生まれた背景には、2012年に起きた、ある痛ましい“事故”が関係していました。
パンツに次いで着けている時間が長いアイテム
JINSが、初代ジンズ ミームの開発に着手したのは、2011年ごろ。始まりは、「脳トレ」の提唱者としても知られる東北大学・加齢医学研究所所長の川島隆太教授に、「たとえば、“頭がよくなるメガネ”などを開発できないか?」と相談した際に、紹介された「眼電位」という技術だったといいます。
「川島先生に、『メガネはパンツに次いで、着けている時間が長いアイテム』であり、そのうえ『パンツと違って、毎日のように同じモノを装着するもの』だと指摘をいただいたことも、大きなヒントになりました」と話すのは、同・JINS MEME(ジンズ ミーム)事業部で、初代モデルから開発にあたる一戸晋さん。
それまでの「眼電位」測定技術は、目の周り4点に“電極”を付ける必要があり、計測中の人の行動は制限されていました。ですが、一戸さんは「自分たちが開発するメガネで収集、分析(測定)するデータは、人々の“日常”に寄り添ったものであるべきだ」と考えたとのこと。
そこで眼電位センサーを小型化し、自然な形でメガネに取り入れれば「日常的な目の動きを計測でき、人々の日常生活を豊かにできるのではないか」と発想したといいます。
そもそも、JINSには「Magnify Life(アイウエアを通じて人々の生活を豊かにする)」との企業理念があり、単に「技術ありき」の開発は行わない。社会課題の解決や豊かな未来の実現に繋がるなど、「なんのための開発か」が大きなテーマだった、とのこと。
過去の好例の一つが、「JINS PC(現JINS SCREEN)」(2011年9月発売)でした。ディスプレーから発せられる「ブルーライト」をカットするレンズは、眼や体への負担軽減を可能にする。まさに社会課題の解決に貢献した大ヒット商品と言えるでしょう。
メガネで居眠り運転を防ぐことができるのではないか
一戸さんたちが「なんのために」に頭を悩ませていた、2012年4月、ある衝撃的な事故が起こります。
群馬県の関越自動車道で、ツアーバスが防音壁に衝突し、乗客7人が死亡した交通事故。原因は、運転手の「居眠り運転」だったのではないかと報道されました。
「この事故を知り、群馬出身でもある弊社代表の田中(仁)は、『もしかすると、いま開発中の(眼電位センサー搭載の)メガネで、居眠り運転を防ぐことができるのでは?』と考えたようです」と一戸さん。
そこから、眼電位センサーを通じてリアルタイムで「眠気」を測るアルゴリズムの開発もスタート。専用のスマホアプリとの連携(Bluetooth)によって居眠りの可能性をアラートで知らせるという、画期的なサービス開発の幕開けでした。
眠気を感じたときに、人はどんなまばたきをするか
眠気を測るうえで注目したのは、“まばたき”の変化。メガネに自然な形で眼電位センサーを搭載するためには、眼の動きを継続的に捉えるための電極を、当時主流だった“4点式”から、メガネの鼻パッド両サイドと眉間部分の“3点”に減らす必要がありました。
同時に、「眠気を感じた際、どんなまばたきをするか」のパターンを習得するため、「僕たち自身も何度も被験者になり、幾度となく実験と検証を繰り返しました」と一戸さん。
苦労の末に生まれた初代ジンズ ミームは、3点式の眼電位センサーに加えて、体の傾き具合などを検出する6軸モーションセンサーも搭載。眠気の判定だけでなく、体幹チェックやランニングフォームの測定など次々と新しいサービスを打ち立て、「メガネを通して“外”でなく“内側(自分)”を見られる」などと話題になりました。
バッテリーの小型化、軽量化に着手
一方で、当時は価格が約4万円と比較的高価だったこと、またデザイン上の制約もあったためか、「初代のユーザーは、おもに30~50代のガジェット好きな男性がメインだったようです」(一戸さん)
そこで、JINSの開発チームは「よりメガネに近づけたい」との思いから、今度はセンサーやバッテリーの小型化、軽量化、かけ心地の向上などに着手します。「デザイン性向上のため、とくにこだわったのが、バッテリーの小型化」だと話すのは、JINS MEMEのクリエイティブディレクターを務める、ONEinc(ワンインク)の岩原一平さん。
初代は、できるだけバッテリーの“持ち”を長くするため、メガネのツルの部分(内側)にも専用コードなどを這わせていました。それでも、当時のいわゆる「ウエアラブルデバイス」よりは自然な見た目でしたが、フレームにゴツさが残り、どうしてもかけ心地が良いとは言えない。
そこで、過去のビッグデータなどから「この部分は、常時データを取得・送信(計測)せずに計測頻度を減らしても、ほぼ同じ結果が得られる」などを洗い出し、バッテリー稼働をできるだけ減らすよう工夫。
その結果、メガネのツル部分に搭載していた6軸モーションセンサーやバッテリーを小型化することができ、すべてを鼻パッド周りに集約(JINS MEME CORE)することに成功したのです。
メガネのサブスクをスタート
2021年秋発売の新ジンズ ミームは、一見すると通常のメガネと見分けがつきません。デザイン性がアップしたうえ、本体価格は、初代のおよそ半額の1万9800円(税込み)。JINS初となる「サブスクリプションサービス(アプリ内課金/加入後1年間は無料)」を導入したのも特徴です。
「今回、アプリの機能も生まれ変わりました。サブスクであれば、ユーザー自身がココロやカラダのデータを貯め続けられるうえ、われわれも無限にコンテンツを追加、アップデートできる。本体価格を大幅に抑えられたのも、サブスクを前提にしたからです」(岩原さん)。
かけるだけで姿勢と集中度がスマホに表示される
私もJINSに新ジンズ ミーム本体を借り、専用アプリをダウンロードしてサブスクに加入、さっそく10日間使ってみました。
まず驚いたのは、まさに「メガネをかけるだけ」で、自分の“いま(リアルタイム)”の姿勢(Body)や集中度(Brain)、そしてココロの状態(Mind)が、スマホ(アプリ)上で可視化されること。
とくに姿勢は、少し前のめりになったり胸を張ったりするだけで、「Bad」「Excellent」など、瞬時に自分の状態が分かります。慣れてくると、アプリを見続けなくても、「あ、少し猫背になっているな」や、「ヤバイ、背筋を伸ばさないと」など、自然に感じられるように。「こういうストレッチをしましょう」など、お薦めの対策も提案してくれます。
また測定したデータは、すべてアプリ内の「レポート」に蓄積され、日別・週別で比較が可能。自分が集中しやすい時間帯のパターンも分かってくるので、「集中力が必要な仕事は、この時間に片付けよう」など、タイムマネジメントにも役立つでしょう。
スマートグラスの開発ラッシュ
スマートグラスは、2020~21年にかけて「開発(発売)元年」とも言われました。海外では、アメリカのメタ(Meta Platforms/旧Facebook)や中国のシャオミ、同オッポらが、日本でもNTTドコモやリコー、エプソンなどが、それぞれ通常のメガネに限りなく近い形状の、最新スマートグラスを発表または発売。
その機能は、スマートグラスのレンズ(ディスプレー)上に重ねてデジタル情報を表示できるものや、大画面映像が視聴できる、画像の文字を瞬時に翻訳できるなど、各社さまざまで、ユーザーからは「どれを選ぶべきか、迷う」といった声も聞こえてきます。
他方、改めて開発者側に求められ始めたのが、「コア・コンピタンス」と呼ばれる考え方。「core(中核の)competence(能力、技能)」の意味で、1990年、米コンサルタント(企業戦略家)のゲイリー・ハメルとC.K.プラハラードが提唱した概念です。
日本でコア・コンピタンスの好例とされるのが、ホンダのエンジン技術やシャープの液晶技術など。不可欠な3つの視点とされるのは、「模倣困難性」や「展開可能性」、そして「価値創出性」です。
JINSの最大の強みは、言うまでもなく「メガネ(アイウエア)」本体。その意味でも、新ジンズ ミームで、計8種類(デザイン4種×各2色)のフレームから選べるようにしたことや、別途サングラスタイプも用意したこと、そしてなにより「度付き」のレンズを選べることは、まさに「模倣困難性」と言えるでしょう。
ただ、それ以上に重要な武器となり得るのは、初代ジンズ ミームの開発段階から彼らが自問自答してきた「価値創出性」の視点。すなわち「技術ありき」で終わらない「なんのために」の発想こそが、JINSの企業理念と相まって、今後の新たな「展開可能性」に繋がるのではないでしょうか。