ライフネット生命で部長職を担う大畑友香さんは、「会社を辞めるな」と上司に泣かれても、行きたい会社に転職が決まっても、ずっと、ずっと自信が持てずにいた。コンプレックスを抱え続けた大畑さんだからこそ生み出せた、自信のない部下の育成法とは――。

新型コロナの影響で奔走する今

オンラインで24時間いつでも申し込みができ、手頃な保険料で人気を集めるライフネット生命保険。コロナ禍で契約件数がますます伸び、2021年12月には49万件を突破した。保険申し込みの引受判断から契約の維持管理までを行う「お客さまサービス部」で部長職を務める大畑友香さんはこう振り返る。

ライフネット生命 お客さまサービス本部 お客さまサービス部長 大畑友香さん
写真提供=ライフネット生命
ライフネット生命 お客さまサービス本部 お客さまサービス部長 大畑友香さん

「コロナ禍の感染状況が盛んに報じられるなか、お客さまもより不安を感じられたのでしょう。病気や入院は自分には起こらないだろうと思っていた方たちも身近に不安を覚え、保険に興味を持たれるようになってきたのではと思います。一昨年の3月、4月ごろから急激に申し込み件数が増え、当時のメンバーではまわらなくなってしまった時期もありました。どうにか人海戦術でやろうとしても、体力や気力はだんだんと落ちていく。それでも業務が遅延することは絶対あってはならない、仕事を全うしなければと力を合わせて奔走しました」

いのちを保障する唯一のサービス、生命保険の責務の重さや仕事にかける使命感が伝わってくる。大畑さんがライフネット生命保険へ転職したのは2018年1月。それから2年後に待ち受けていた試練でもあった。

入社すぐに受けた「低評価」のトラウマ

もともと新卒で入ったのはベンチャーの損害保険会社だった。社会に貢献できる仕事がしたいと志したが、その頃からずっと「自分に自信を持てないこと」に悩み続けてきたという。

「新卒社員が45人ほどいたのですが、新人研修の一環で最初は全員がコールセンターに配属されました。まず応対や商品知識などいろんな視点で評価されるのですが、私は後ろから数えた方が早いくらいの低い評価。そこでもう挫折してしまい、“私はダメなんじゃないか”というコンプレックスを自分に植え付けてしまったのかもしれません」

入社9年で「総務部長」へ

1社目は9年余り在籍し、保険事務、経営企画、システム企画、営業推進など複数の部門を経験。ようやく仕事を覚えた矢先に異動するのはつらく、特にシステム企画から営業推進への異動が決まったときは「これからチャレンジしたいこともあったのに」とひっそりトイレで泣いたという。

しかし、それが自分の役割なのだと、それからは吹っ切れたように与えられる業務を集中して身に付けた。やがて課長代理になったことで満足していたものの、中途入社の同年代のメンバーが成果を上げて部長に抜擢される。称賛される姿を見たとき、動揺する自分がいた。

「初めて悔しいという感情が湧いたのです。

ずっと自分に自信を持てず、部長なんて到底無理だろうと思っていたけれど、努力すればチャンスがあるかもしれないと気づくことができました」

社内で募集していたビジネススクールに応募して参加してみるなど、積極的に行動するようになり、周りの評価も変わっていく。入社9年目には総務部長に昇進。本社の移転業務など大任を務めたところで、大畑さんは転職を考えるようになった。

「このまま同じ会社にいても、自分は成長できるのだろうか。まだまだスキルも足りないし、もし今後役員へとキャリアアップしていくのであれば、新しいチャレンジをしてもっと経験を積まねばと。外の世界を見てみたいという気持ちもふくらんでいたんです」

信頼する女性上司に話したところ、「いずれこういう仕事を一緒にしたかった」と言われ、思わず熱いものが込み上げる。夜中まで二人で泣きながら幾度も話し合った。

つらい2年間のはじまり

それでも決意は固く、2015年12月にコンサルティング会社へ転職。銀行や保険会社など金融機関向けのサービスを提供する会社で、役職はなく新卒社員と同じ立場からのスタートとなる。オファーを受けて入社したものの、大畑さんにとっては「つらい2年間」だったと苦笑する。

「自分ではまた階段を下りて、新入社員の気持ちでやり直すつもりでした。どうしても役職が上がると自分が偉くなった気分になりがちで、どんどん加速してしまうのが怖かった。もう一度初心に戻って自分を見つめ直し、新しいことを身に付けたいと思っていたのですが、それは甘かったというか……」

転職先では中途採用として即戦力となるプロ意識を求められる。だが、自分にはそこで闘える武器もないことを思い知らされた。コンサルティングは経験がなく、プレゼン資料なども作ったことがなかった。パワーポイント一枚書くのにも一苦労し、2週間ほど修正しつづけようやくOKが出ることも。何が相手にとっての価値になるかもわからず、ますます自信を失っていった。

「あの人はアベっている」

コンサル業界では「アベる」という言葉が使われ、英語の「available(アベイラブル)*在庫がある、利用できる」という意味から、コンサルタントがプロジェクトにアサインされていない状態を指すのだという。

「職場の雰囲気もシビアで、どれだけ自分に仕事が与えられているかが周りにもわかる環境でした。プロジェクトに配置されていないと、『あの人はアベっている』と見られるので、自分もそう言われているんじゃないかとすごく不安になったりするんですね」

一度管理職を離れたことで、あらためて気づくこともあった。最初の会社は年代や価値観も似たような人が集まり、仕事もしやすかったが、転職先は外資系でいろいろな考え方の人たちに出会う。自分自身の知識や経験、これまで常識と思っていたことが通用しない人もいた。あるとき、海外生活が長い年下の同僚に良かれと思い一言アドバイスをしたら「大畑さんのやり方が全部正しいわけじゃないよ」とばっさり切られ、ショックを受けたこともあったという。

「つらくても、前職に戻るわけにはいかない。ギリギリまでがんばろう」ともがき続けた2年間。自分を見つめ直した大畑さんはもう一度、事業会社で働きたいと考えるようになった。個人事業主のようにひとりで数値を達成していくよりも、同じ目標に向かい、仲間と進めていくような職場が自分には向いている、それが楽しく心地よいと気づいたのだ。ライフネット生命保険とは仕事で関わった経験があり、そこで出会った人たちと「一緒に働きたい」と思ったのだという。

ずっと自信が持てずにいた

2度目の転職を決意した大畑さんは、2018年1月に入社。お客さまサービス本部の事務企画部へ配属された。

「会社の理念にもすごく共感できました。いちばん好きなのは、『保険料を抑え、お客さまの人生の楽しみに使ってほしい』という考え方です。私も自分の生活を豊かにして幸せに暮らしたいと願っているので、たくさんの方に提供できる仕事ができればいいなと思ったのです」

翌年4月にはプライベートで大学院へ進学した。きっかけは社内で開催された勉強会に参加し、幸福学の研究で知られる前野隆司教授の講義に感銘を受けたことだった。慶應義塾大学の大学院にシステムデザイン・マネジメント研究科があり、前野教授の研究室へ。

システムズエンジニアリングというシステムをつくるときの考え方や、それを基に社会課題を解決していく手法などを学ぶことになる。

「実は勢い余って受けてしまったので、本当に通えるのかと不安もありました。それでも当時の上司に相談したら、『ぜひ行ってみたら』と後押ししてくださったのです。私の中にはまだまだ自信を持てない自分がいて、そこを埋めたいという気持ちもありました」と、大畑さんは漏らす。

自信がない部下は言葉で励まさない

大学院は平日夜間と休日に授業があり、仕事を早く切り上げたり、休暇を使ったりしながら何とか通い続ける。その間に、思いがけずお客さまサービス部の部長に昇進した。立場上、急なトラブル対応で予定を急遽変更したり、仕事と学業の悩みが重なったりとつらく感じることもあったが、日々試行錯誤しながら働いてきたことが部下のマネジメントに活かされていった。

「異動したばかりの部署ではコミュニケーションを取ることも大変でした。メンバーの大半は20代後半から30代の女性で子育てしている方もいるので、自分のキャリアを築いていくときに悩むことが多いと思います。私は一人ひとりに能力を発揮してもらいたいと願っているので、自分もなるべく仕事は遅くまでやらないとか、これなら自分もできそうだと思ってもらえるような無理のない働き方を心がけています。子育てなど経験のないことはわからない部分もあるけれど、わからないことこそ話を聞き理解できるように努めてきました。コンサルティング会社で管理職を離れ、さまざまな年代の人とフラットに話した日々もここに活きているのかなと思います」

もともと人間関係を築くのが苦手だったという大畑さん。自分に自信を持てないことにずいぶん悩んできたけれど、それが部下と向き合うときの強みになっているようだ。自信がなさそうに見える人は言葉で励ますよりも、まずはチャレンジできる業務をお願いして、できるだけ手を貸さずに見守っていく。それを乗り越えたときに、本当の自信が生まれることを確信しているからだ。

「私はずっと何か人より勝るものを持っていなければ、自信を持ってはいけないと思い込んでいました。でも、大学院で『ありのままの自分でいい』ということを学び、自分自身を信じてあげることが自信になるのだと気づかされた。昔はどうしても人と比べてしまうことが多かったけれど、今は自分の良いところも至らないところも受け入れられるようになってきたような気がしますね」

初めは雨や曇りが多くとも

今は、一緒に働くメンバーにもそれぞれ自信につながる場を提供したいと考えている。

ライフネット生命の社内では月一回、一対一で面談する機会(「来風面談」)があり、その冒頭で「天気」を聞くという。なぜ「天気」なのかと驚くが、自分の状態を「晴れ」「曇り」「雨」などと天気に例えて答えてもらうのだ。

大畑友香さん
写真提供=ライフネット生命

「先にまず天気でその人の状態がわかると、私も『どういうところが曇りなの?』と聞きやすくなり、入力するシートに書き入れて晴天率を計っています。初めは曇りや雨が多くても、だんだん話し方が晴れやかになり、生き生きした感じになっていく様子を見るのはとても嬉しいですね」

大畑さんもこれまでの人生では、仕事で悔しい思いをして泣いたり、力不足を感じて落ち込んだり、雨の日や曇りの日をたくさん過ごしてきた。そこで悩み尽くしても、また苦手なところへ飛び込んで乗り越えていく。それが確かな自信となって、今の自分があるのだろう。だから今は「いつも晴れています!」と、その笑顔も明るく晴れやかだ。