心不全など循環器系の疾患による死亡者数は、40代から徐々に増加する。働き盛りの世代は、何に気をつけたらいいのか。東京大学大学院医学系研究科・循環器系内科の原田睦生特任准教授は「心不全の発症を予防するチャンスは4回あります」という――。
胸を押さえるビジネスウーマン
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75歳以上では、がんより多い循環器系疾患の死亡者数

心不全を含む循環器病による死因が近年増えています。また2019年の政府統計「人口動態調査:死亡数・死因・年齢別」(図表1)を見ると、循環器系の疾患による死亡者数は40代から徐々に増加しているのがわかります。

【図表1】年齢階級・死因別 死亡数
出典=厚生労働省「人口動態調査(2019)」より原田特任准教授作成 ※75歳以上の死因棒グラフの面積値をグラフ化

2019年の日本人の死因の第1位は悪性新生物(がん)、第2位は心疾患(高血圧性を除く)ですが、この年の医療費の内訳を見ると、循環器系の疾患(以下、循環器病)にかかる医療費は6兆円で、がんよりも多いのです。さらに75歳以上の死因はがんよりも、循環器病のほうが多い。人口は減少傾向にあるにもかかわらず、2035年まで心不全は増え続けるとの試算も出ています。現代の日本にとって、循環器病は大きな医療課題となっているのです。

「循環器病」は、聞き慣れないかもしれませんが、全身に張り巡らされた血管と、ポンプの役割を担う心臓の疾患を指します。

特に重篤な症状が出やすいのは

・胸(心臓、肺、大動脈)
・頭(脳)
・足

の3つ。

2つめにある脳は、脳神経外科などの専門医がいるため、別々に語られることも多いのですが、脳梗塞の約3割は心臓が原因の心原性脳塞栓症です。循環器病は脳卒中とも密接に関わり合っているのです。

報道でよくみかける働き盛りの「心不全」死とは

心疾患には主に「心筋梗塞」「心筋症」「弁膜症」「不整脈」「先天性心疾患」などがあり、これらが進行した先に「心不全」があります。心不全になると、疲労感や脱力感、四肢の冷えやむくみ、息切れ、呼吸困難などの症状が現れます。ところが、これらの自覚症状を「歳だから」と見過ごしてしまう人も多いのです。

死亡診断書に記載される死因としての「心不全」にはいくつか種類があるといわれています。

①もともと患っていた心臓病が悪化し、死亡した場合(本体の心不全)
②心筋梗塞や大動脈解離、不整脈などが疑われる突然死の場合(いわゆる心臓発作)
③肺炎などの複数の病気が同時進行していて、直接死因が説明できない場合
(ただし1994年前後にこのパターンの死亡診断書を避けるよう指針が出たため、現在はほぼない)
血圧を測る様子
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働き盛りの人や前日まで元気だった人が、心不全で亡くなった場合は②のケースが多いと思われます。例えば、社会的リーダーと呼ばれる人は競争力が高く、ストレスの大きい環境で、不眠不休で仕事をしていることが多いため、突然死しやすいという報告があります。交感神経が常に賦活化され、アドレナリンが放出されている状態が続くと、血管が収縮し、血圧が上がるため、心不全を引き起こしやすくなるからです。

ほかにも喫煙者は心筋梗塞のリスクが2.95倍、脳卒中リスクは1.61倍高まります。悪玉コレステロール値が高い人、糖尿病、高血圧も心不全となる大きな要因です。すぐに心不全になることはありませんが、長期間、循環器系に負荷が蓄積されることによって、心不全につながります。

心不全は一方通行。前のステージには戻れない

こうした状況を受けて、日本循環器学会と日本心不全学会は2017年「急性・慢性心不全診療ガイドライン」を改定しました。このガイドラインでは心不全をA~Dの4つのステージに分けているのでご紹介しましょう。

まず、着目してほしいのが、心不全を発症するのが「ステージC」からだということ。症状がない段階の「ステージA」と「ステージB」の人たちも心不全予備軍としてカテゴリされています。例えばステージAは、心不全症候や心疾患はないものの、高血圧、糖尿病、動脈硬化性疾患を有している人が該当します。高血圧の人は、ただ血圧が高いと捉えるのではなく、心不全のリスクを持っていると定義されています。

【図表2】心不全のステージ分類と予防チャンス
出典=原田睦生特任准教授の解説を基に編集部作成

ちなみに「ステージC」になると事態は一気に深刻になります。急性心不全が発症して、入院。回復したものの、再発して、慢性心不全となり、「ステージD」に進むと終末期ケアとなっていきます。ここで大切なのは、次のステージに進まないことです。心不全は一方通行で、前のステージに戻ることはできませんが、その場に留まることはできます。ステージAであれば、大きな検査も、手術も不要で、心不全を防ぐことができるのです。

具体的な予防法は以下のとおりです。

【食事】
特に気をつけたいのは、高血圧の原因にもなる塩分。日本人の平均摂取量は10gだが、6gに抑えるようにしたい。
積極的に摂取すべきは「フルーツ」「野菜」、「玄米」や「オートミール」などの全粒穀物、「魚」「低脂肪乳」「赤身肉」「鶏肉」などの良質なタンパク源と「植物性油脂」。
逆に砂糖の入った飲み物や食べ物、加工肉、スナック菓子やカップ麺などの加工食品、動物性油脂は減らそう。
アルコールはビールなら500cc1本、ワインなら200mlが1日の目安(女性はその半分が適量)だ。
【運動】
早足のウォーキング、自転車、動きのあるヨガ、水泳など中強度の運動を週に150分、またはジョギングやテニスなど高強度の運動を週に75分行うと、循環器病の死亡リスクは55%下がることがわかっている。
ただし、隠れ心臓病の人は、負荷の大きい運動は死亡リスクが高まるので、主治医と相談のうえ実行を。
【睡眠】
睡眠不足や睡眠障害はホルモンや自律神経のバランスをくずし、肥満や生活習慣病の原因に。質の良い睡眠をしっかりと取るようにしよう。
食事制限を表すイメージ
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心不全の発症予防チャンスは4回。発症後も「慢性化」予防を

心不全を予防するチャンスは4回あります。まず1つめのチャンスは、ステージAの前段階。食生活や運動、禁煙を心がけ、生活習慣病にならないようにすることが重要です。「ステージA」になってもチャンスはあります。この段階になると高血圧や糖尿病などの服薬が必要なケースもありますが、生活習慣病をコントロールすることで心不全の発症を予防できます。「ステージB」では循環器内科の外来で検査・治療を受け、循環器病の進行を食い止めること。心不全を発症する「ステージC」でも、入院治療から継続して心臓リハビリテーションを実施することで、重篤な状況に陥ったり、心不全が慢性化したりすることを回避できるチャンスがあります。

これまで、心不全は高齢者の病気とされていました。しかし、現代はストレス社会のうえ、人生100年といわれる超長寿社会となっているため、多くの人が心不全を発症するリスクが高まっているのです。

心不全はがんと同様に危険な病気ですが、生活習慣を変えることで予防できる病気でもあるのです。年齢を重ねてからの対処では手遅れになる可能性もあるため、若いうち、さらにステージAになる前から心不全にならないための生活を心がけることが大切なのです。