女性会員が有料で、男性は無料。アプローチは女性からというキャリア女性向けの婚活アプリがある。「キャリ婚」は、立ち上げから5年で1万人の登録者を誇る。男性は登録の際に面接を受け、柔軟性や共働きの志向性など会員に向くかどうかを厳しくチェックされるという――。

高学歴・高収入女性の悩み

年末年始、独身の方々は、家族や親戚などに「結婚プレッシャー」をかけられ、「婚活」の二文字を意識したかもしれません。

私が婚活取材に注力していたのは、10年ほど前。当時、婚活中の30代女性が何人も、次のような言葉を口にしていました。

ソファでスマホに夢中な女性
写真=iStock.com/itakayuki
※写真はイメージです

「婚活って『回転寿司』に似てるんですよ。“お皿(候補の異性)”がどんどん流れてきて、悩めば悩むほど、どれを取ればいいか分からなくなるんです」

学歴や年収(スペック)もそれなりに高い彼女たちは、相手に求める要素を「スペックじゃない」や「価値観や雰囲気(の一致)」だと口をそろえました。「でもそれって、数値化しにくいから、条件検索でヒットしないんですよね」と悩んでいたのも、覚えています。

キャリア女性主導の婚活アプリ

あれから約10年。AIの進化や新型コロナの影響もあり、いまや婚活サイトやアプリでも、価値観や性格など「パーソナリティ」を基にしたマッチングが可能になりました。

「ところが、いまもキャリア女性の多くは『恋愛が仕事のようにうまくいかない』と嘆いている。とくに最近は、従来と“別の悩み”を抱えるケースも多いんです」と話すのは、女性主導の婚活アプリ「キャリ婚」を主催する、川崎貴子さん。

キャリ婚のターゲットは、結婚後に共働きを希望する男女です。17年1月に本格的なサービスがスタートし、会員数は、21年末時点で合計1万人を突破(無料会員を含む)。男女比は非公開ですが、男性8に対し女性2程度の割合だといいます。

仕事ができる女性ほど、多数の「いいね」を狙ってしまう

川崎さんいわく、現代の働く女性が抱える“別の悩み”とは、一般的なマッチングアプリでつい「いいね!」をもらいにいってしまう、という傾向です。

婚活は、たとえるなら「一本釣り」。不特定多数に「いいね!」と言われる必要はなく、自分がいいと思うたった一人の異性に気に入ってもらえればいいのですが……、往々にして仕事がデキる女性ほど、アプリで「投網とあみ漁」、すなわち広く網を投げ入れ、一気に多くのターゲットを釣り上げようと考えてしまうとか。

キャリ婚を運営する川崎貴子さん。
キャリ婚を運営する川崎貴子さん。(写真提供=本人)

「要は、仕事と同じようにテク(ニック)に走りやすい。どうすれば数多く『いいね!』というモテの成果を出せるのかと、『モテマニア』になってしまうんです」

そうした女性は、ピンクのカーディガンを着てかわいらしさを演出したり、「今日はコトコト、豆を煮込んでいます」と家庭的な側面をアピールしたりと、テクに走って「いいね!」を多くもらおうとしやすいと川崎さん。同じ女性として、よく分かります。

女性が有料、男性が無料、アプローチは女性から

現在、マッチングアプリの多くは“男性”の側が女性より多めに、あるいは一方的に課金され、女性は無料か支払い金額が抑えられているケースが大半でしょう。

対するキャリ婚の場合、女性会員は「働く女性」が基本で有料、一方の男性会員は無料なのが特徴です。アプローチも、基本的には女性から。

あるキャリア女性(総合職・30代半ば)は、「他の婚活サービスでは、私の(高い)年収や学歴を知ると、男性が卑屈になってしまうことが多かった」といいますが、キャリ婚はもともと女性主導をうたっているので、どう思われるかを気にせず「積極的にどんどん会っていこう」と思えたそう。その結果、アプローチを始めてわずか2カ月で、交際に至ったといいます。

一方で、こうしたシステムゆえに「立ち上げ当初は、働く女性の収入目的で“ヒモ候補”の男性ばかり来てしまったらどうしようと、不安もありました」と川崎さん。

ですが蓋を開けてみると、実際は平均よりはるかに高年収な男性たちが集まってきて驚いた、とのこと。多くはリベラルで柔軟性もあって、「よくぞこれまで独身でいてくれた!」と感激するといいます。

キャリ婚のトップページ。
キャリ婚のトップページ。

「典型的なのは、中高一貫の男子校卒で、理系の有名大学を経て、IT企業でエンジニアとして働いていたりするケース。彼らは異性と出逢う機会が多くないうえ、『自分もパートナー(女性)と働きながら共に成長したい』『(専業主婦に)ご飯を作ってただ帰りを待っていられるのは負担』などと話します」(川崎さん)

ところで川崎さんはなぜ、希少な“女性主導”の婚活アプリのサービスを始めようと考えたのでしょう。

キャリア女性の恋愛の悩みに応える勉強会をスタート

キャリ婚のルーツは2015年。この年、川崎さんは、現在キャリ婚を共同で主催する金沢悦子さんと共に、オンラインサロンを始めました。

その名も「魔女のサバト(集会)」。

二人は元々、人材領域でおのおの起業していましたが、働く女性からあがってくる悩みの多くが、仕事とは別の「恋愛」関係だった。そこで、サバトと冠した勉強会を開催しながら、女性たちがみずからの内面と向き合い、本当に自分がどんな恋愛や結婚を望むのかを深堀りしてほしいと願ったといいます。

「魔女のサバト」に登壇する川崎さん。
「魔女のサバト」に登壇する川崎さん。(写真提供=本人)

「とくにバリバリ働くキャリア女性ほど、恋愛観が『少女漫画』の世界でストップしているんです。『この場でこんなこと言ったら、フラれるな』とか、『ここまですれば、(意中の男性が)追い掛けてくれるはずなのに』など。恋愛に深くハマった経験がない女性も、数多く目にしました」(川崎さん)

一方で、サバトに参加した女性たちは、自分本来の好みや「迷宮入り」している自分の現状に気づき、目が覚めることも多いそう。

たとえば「結婚相手は、公務員や銀行員じゃないと」と思い込んできた女性が、「それって自分じゃなく、母親の好みだったんだ」や、「周りに公務員しかいないから、そこしか見ていなかった」と気づくなど。

また、元々は「年収500万円前後の心穏やかな男性と結婚して、土日に二人で釣りに行って~」など、具体像を持っていた女性が、長く婚活を続けるうち「モテマニア」になり、本来の自分を見失っていたと認識することもあるといいます。

婚活アプリでだまされる女性が続出

サバトを通じ、ようやく本当の自分の願望に気づき、前向きに婚活市場へと羽ばたいていく女性たち。ですがその後、彼女たちの多くが再び「残念な現実」にさらされることに気づいたと川崎さん。

それが、一部の婚活アプリで既婚男性、あるいは宗教やマルチ商法などの勧誘に遭遇し、「だまされた」とショックを受けるケースがあまりに多い、との状況でした。

そこで16年11月、川崎さんは先の金沢さんらと、働く女性に特化したキャリ婚のβ版を立ち上げることにしたのです。

男性の価値観は登録前の面接でしっかりチェック

キャリ婚のシステムで最も特徴的なのは、会員登録の直後に男女会員が書き込む「価値観シート」と、男性への面接でしょう。

前者のシートに用意された質問項目は、約40問。そのうち20~30問で「DV、モラハラ気質」や「相手に望む条件と設問の答えに、矛盾がないか」などを見ているそうです。

具体的には、たとえば価値観シートで、パートナー女性の年収について「自分より高い(低い)ほうがいいか」などを聞いたあと、面接で年収の高低とも関連する「家事分担」の意識との整合性などをチェック。その後さらにヒアリングを行い、女性のキャリアへの理解度などを確認するとのこと。

「とくに注目するポイントは“柔軟性”や“相互の支え合い”を感じさせる人かどうかです」と川崎さん。

柔軟性では、たとえば子どもについて「絶対欲しいんです」ではなく「こればかりは縁なので」などフレキシブルに考えられるか、一方の支え合いでは、相手女性とケンカした際に「自分にも責任がある」と感じられる男性か、なども見ているといいます。

SNS上では、キャリ婚の面接を受けたのかもしれない、と連想させる男性が「キャリ婚(婚活)、落ちた。日本死ね!」など、以前の流行語(「保育園落ちた日本死ね」)を冗談交じりで文字った書き込みも、散見されます。裏を返せば、それだけキャリ婚が「この男性は会員に向かない」と、面接でキチンとチェックしていると言えるでしょう。

女性は収入を低めに書こうとする傾向がある

一方、会員登録する女性の側は、いまだに自分の収入を「低め」に書こうとする傾向があると川崎さん。彼女たちには「おかしくないですか? 収入は、あなたが頑張ってきた証しですよね」などとアドバイスし、より実態に近い数字を書いてもらうようにしている、とのこと。

こうしたきめ細かな対応は、運営サイドにとっては手間のはず。ですが、川崎さんたちが打ち出した「女性のみ有料」な「女性主導の婚活」という珍しいサービスが、わずか5年で1万人以上の会員を集めたという現実を鑑みると、間違いなくそこにニーズはあったのです。

ジェンダーレスが当たり前の時代

近年、SDGsの認知や学校教育の影響もあり、「ジェンダーレス」の概念が、当たり前になりつつあります。「男たるもの」や「女だから」といった表現や商品、サービスは、日本社会からも姿を消す方向に向かっていると言えるでしょう。

分かりやすいのは、「学生の制服」。かつて、女子はセーラー服、男子は詰襟が当たり前とされた時代もありましたが、いまや女子にもスカートと共に「スラックス可」とする、あるいは男女共通で同じブレザー制服を導入する、といった時代。

21年、菅公(カンコー)学生服が、全国の小中高の教員(1800人)を対象に行った調査では、LGBTQや男女のジェンダーレスな服装(制服)になんらかの配慮を行っている、あるいは予定している学校が、約6割にものぼったのです。

時代に遅れる婚活業界

一方で、婚活業界では、相変わらず「男性が有料」「主導権は男性」とするサービスが圧倒的に多い。これは、現代の若者に多いジェンダーレス志向や、近年、20代男女(毎月給与を受給する人)の年収が「年間50万円程度」の差にとどまることを考えても、あまりに時代遅れに映ります(21年国税庁「民間給与実態統計調査」)。

20年、花王グループのエキップは、新たなスキンケア&ライフスタイルブランド(「アスレティア」)で、「ジェンダーレス」を打ち出しました。また、真珠のミキモトも、20年2月に「コム デ ギャルソン」とコラボしたネックレスの販売をスタート。広告に男性モデルを起用し、ジェンダーに捉われない商品との訴求を始めています。

企業としては、従来と同じマーケットを狙うほうが楽です。ですが、時代は変わりました。消費者や婚活中の男女の価値観も、変わりつつあります。今後、どの市場を狙っていくのか、それはより真剣に消費者や社会と向き合おうとする、経営者の「覚悟」次第だと言えるのではないでしょうか。