日本の職場はなぜ世界一ギスギスしているのでしょうか。組織変革に詳しい沢渡あまねさんは「その理由の一つとして自分の持つ専門性とは関係のない、雑用が多いことが挙げられます。そのために、プロがプロとして成長できない職場になってしまうのです」といいます――。(第3回/全3回)

※本稿は、沢渡あまね『なぜ、日本の職場は世界一ギスギスしているのか』(SB新書)の一部を再編集したものです。

若いビジネスウーマンが階段を上がっていく
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「管理職になりたくない」「苦労はしたくない」

最近の若手社員の意識変化を端的に表したデータがあります。

パーソル総合研究所がアジア太平洋地域14の国と地域の主要都市で働く人の意識などについて調査したところ、日本は「管理職になりたい人」が全体の21.4%で、調査対象の中で最下位でした。

役職への興味も低いようです。日本生産性本部が新入社員を対象に調査を行ったところ、「どのポストまで昇進したいか」を問う答えのトップは17.3%の「専門職(スペシャリスト)」でした。

そして第2位が16.0%の「どうでもよい」ですから、日本の企業においてはもはや出世の魅力は低くなりつつあると考えたほうがよさそうです。

さらに「若いうちは自ら進んで苦労するぐらいの気持ちがなくてはならないと思いますか。それとも何も好き好んで苦労することはないと思いますか」を問う設問への答えは「何も好んで苦労することはない」が37.3%と、過去最高を更新しています。

「何でも屋」になる日本の会社員

今の若手社員にとって働く目的は、「楽しい生活をしたい」(39.6%)からであり、会社を選択した理由も「能力・個性を活かせる」(29.6%)からです。ただし、人並み以上に働きたいとは考えておらず、かつて企業に就職すれば当たり前と考えられた「苦労」などしたくもない本音が垣間見えます。

「若い時の苦労は買ってでもしろ」なる格言があります。若手社員の多くは当然、勉強をがんばった時期や、スポーツなどに励んだ時期もあるだけに、成果を上げるための日々の苦労や努力の大切さは分かっているでしょう。それでも「何も好んで苦労することはない」なる答えが多いのは、日本の職場における苦労の中身に問題があるのではないでしょうか。

海外かつ合理的な企業では、自部署あるいは自分自身の得意でない分野の仕事は、あっさりと他の専門の部署に任せるか、外注をします。

しかし、日本の職場ではそういうわけにもいかず、自分たちでできることはできるだけ自分たちでやろうとします。その結果、何でも屋になる傾向があるのです。

SEなのに資料作りで忙殺

たとえば、ITのエンジニアなのに、報告書をつくるだけでなく、その報告書を印刷製本するために半日をとられる。

たとえば、情報システム部門のSEとして入社したはずなのに、調整ごとや会議運営、報告資料の体裁を整える作業やらで忙殺される。

たとえば、マネージャーとして部下の指導だけでも手一杯なのに、職場にあるすべてのUSBメモリの型番や用途を調べるように命じられ、本業で成果を出す前向きな仕事に取り組む時間がほとんどなくなった……。

私自身、こうした雑用に追われていた時、スウェーデンの取引先の担当者からこう質問されたことがあります。

「なんで、そんな仕事までYouがやっているの?」

海外の企業では、人を雇うことはその人が持っている専門性を買うことであり、求められるのはその専門性を活かして成果を上げることだと考えています。前述のような専門以外の仕事をやるように指示されることはありません。仮に「これをやるように」と指示されたら、「それは自分の仕事ではない」と拒否するはずです。

しかし、日本の企業の場合は、「働く人の時間を買う」感覚が強いうえに、「会社の言うことは絶対」です。指示された仕事が自分の不得意なものであろうが、専門外であろうが、やれと言われたらつべこべ言わずにやるのです。

他にも上司に付き合って残業をしたり、上司や同僚のミスのしりぬぐいをしたり、あるいは上司や同僚と一緒にお酒を飲むのも仕事のうちであるのが日本の職場の考え方です。これらを含めて苦労と呼び、そのような苦労を経て初めて日本の職場では評価され、出世につながるのです。

ムダな仕事が多すぎる

たしかに、このような苦労ならしたくないと考えるのも無理ありません。

しかも、これほどに専門外の雑用が多くては、成長したいと考えているにもかかわらず、プロがプロとして成長できない職場になってしまいます。それどころかプロとしての能力を低下させ、誇れるキャリアを築けないわけですから、プロ意識が高い人ほどこうした職場にはイライラしますし、職場がギスギスします。

さらに、介在会社が余計な仕事を増やします。

たとえば、イベントの企画会社が出演者にイベント出演への依頼をしたとします。出演者はどこの会社の案件かを知りたいわけですが、なぜか企画会社は客先に忖度そんたくして名前を出そうとはしません。

出演者は「それでは出るかどうか返事ができない」となり、ムダなコミュニケーションが増えたり、仕事先との信頼関係まで悪化したりします。

似たようなストレスは、請負型のIT企業の職場でもよく発生しています。間に入っている会社がお客さまにいい顔をしたいのか、実際には望んでもいない報告書の作成を依頼するなど、とにかく余計な仕事を増やすのです。

このように介在会社が入るケースでも入らない職場でもそうですが、日本の職場ではムダな仕事が多すぎるきらいがあります。

深刻そうな若い女性の頭の上を舞う大量の書類
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社長の一声で報告書が6分の1に

随分と昔のことですが、パナソニックの創業者・松下幸之助さんが、本社が営業所や事業所から上げさせる報告書の数の多さに驚いて、こう提案したそうです。

「明日、会社が潰れると困るから、明日潰れることに関係のあるものだけは残すけれども、それ以外は全部やめてしまってはどうか」

すると、報告書は6分の1にまで減ったといいます。今も似たようなことが日本の職場では繰り返されているのではないでしょうか。私たちが仕事と思って、またはそう言われてやっているものの中にはたくさんのムダがあります。あるいは、必要なものだとしても、それをあなたが本当にやる必要があるのでしょうか。

こう考えてみると、日本の職場は事務作業や調整などの間接業務が悪気なくあふれています。それが、プロがプロの仕事に集中できない環境をつくっていたり、押しつけ合いが起こって職場の人間関係をギスギスさせたり、最後には管理職が引き取らざるを得なくなる状況をつくり出しています。その結果、本業に集中できる外資系企業に人材が流出する、誰も管理職になりたがらなくなる負のスパイラルを生んでしまっているのではないでしょうか。

ムダな仕事のせいで企業が衰退

「事務作業や間接業務を撲滅する」

このくらいの気持ちで仕事を洗い出し、「なくせるもの」「減らせるもの」「自動化できるもの」「専門家に任せられるもの」を分類する。そのような仕分けとスリム化に本気で着手してほしいと思います。

チーム単位でスリム化できるものはとっととスリム化する。関係部署や、人事や総務や経理など管理部門の協力が必要なものは巻き込んで解決する。時には、監査法人や税理士などと正しく揉めて、正しく事務作業や間接業務をラクにしていく。そうでもしないと、この国は事務作業や間接業務が足枷となって衰退します。

以下は削減、スリム化、自動化の余地がある仕事の代表例です。

・事務作業
・毎回対面を求める会議
・印刷、押印、手書き、郵送などを求める手続き
・報告業務
・ダブルチェック、トリプルチェック
・電話対応/テレアポ業務
・日程調整
・FAXでしか受け付けない受発注業務や申請業務
・業界やその企業独自の業務プロセス
・PPAP(添付ファイルzip形式圧縮+パスワード別メール送付)

正しく向き合い、疑ってみてください。そして、なくせるものはなくしていってください。

「仕事に雑用はない」は本当か

世の中には「仕事に雑用はない」「小さな仕事、ムダに思える仕事ほど丁寧に」なる考え方もあります。それでも専門外の仕事があまりに多すぎると、成果を上げる妨げになりますし、働く人がスキルを磨く機会を奪います。

沢渡あまね『なぜ、日本の職場は世界一ギスギスしているのか』(SB新書)
沢渡あまね『なぜ、日本の職場は世界一ギスギスしているのか』(SB新書)

「仕事に雑用はない」としても、「やらなくてもいい仕事」があるのは事実です。意味のない仕事をいくら上手にやっても、それは何の価値もないのです。本来優秀な人材が、確認業務やルーチン業務で気力と体力とモチベーションを奪われる景色は切ないものです。

「大丈夫です。私はルーチン業務が苦にならないですから」
「私は、押印も郵送もイラっとしないので問題ないです」

果たしてそうでしょうか? あなたや今の担当者は苦でなくても、引き継いだ別の担当者にとっては辛いかもしれません。また、取引先などの相手が苦労している可能性もあります。何より、事務作業や間接業務を温存してしまっていては組織全体の業務効率も生産性も上がりません。そのような仕事はなくすか、機械にやらせるのが健全でしょう。人間が人間らしい仕事にシフトする。プロがプロとして働くことができる環境をつくる。職場のギスギスを解消するうえでもきわめて大切です。

まとめ
・海外の先進企業は、自部署や自分自身の得意でない仕事はあっさりと他の専門の部署に任せるか外注をするが、日本ではすべて自分たちでやろうとする傾向がある
・専門外の雑用が多いと、プロがプロとして成長できない職場になってしまう
・日本の職場はムダな事務作業や間接業務が多すぎる
・まずは削減、自動化、スリム化、外注化の余地がある業務を探すことから始めてみる
・管理部門の協力が必要なものは巻き込んで解決すると、より正しく、事務作業や間接業務をスリム化できる