精神科医のアンデシュ・ハンセンさんは「ゲームの能力を伸ばすためには、運動が効果的」と説きます。ゲームや勉強は頭を使うことなのに、なぜ体を動かす運動が関係するのでしょうか――。(第2回/全3回)

※本稿は、アンデシュ・ハンセン『最強脳 「スマホ脳」ハンセン先生の特別授業』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

オンラインゲームをプレーする少女
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プロゲーマーに必要な能力

ゲームをしている人なら分かるでしょうが、優秀なゲーマーに、中でもプロのゲーマーになるのは簡単なことではありません。あるレベルまでは行けても、そこで止まってしまうのが普通です。先に進めない時間が永遠のように感じられることもあるでしょう。

プロのサッカー選手になれる人やノーベル物理学賞をもらえる人がごくわずかなのも同じ理由からです。頂点へと続く階段の段の高さは、1段ごとに前の段よりも高くなり、そのうちに限界がきてしまいます。これ以上はしんどくて無理、もしくは脚が短か過ぎて上れないかのどちらかなのです。

階段の高い所まで到達するにはある程度の才能、そして尋常ではないくらいに強い意志も必要です。今、階段のどのあたりにいるにしても、目標をしっかり定め、長い時間をかけて練習に集中しなければいけません。それでも結局行きづまってしまうこともあります。

でもうれしいことに、能力を伸ばす方法があります。階段を上るための脚が少し長くなるような方法です。

ゲームやeスポーツでレベルアップするには、指を速く動かせる以外にどんな能力が必要でしょうか。

フローに入るくらい夢中になれなければいけませんし、賢い解決策を思いつくためには発想力も必要です。同じ間違いを何度もしないよう、記憶力も良くなくてはいけません。いちいちボタンを押して画面に地図を出すのも時間の無駄になります。

ゲームが白熱した時に、ストレスで体が動かなくなっても困ります。状況を前向きに明るく考えられるのも大きなメリットでしょう。ましてやその難題やミッションがとうてい無理だと思えるような場合には。

さて、これがテーマです。ゲームと脳、そして体にはどのような関係があるのでしょうか。

ゲームのトレーニングだけでは足りない

ゲームにも運動が関係あるなんて、大げさだと思う人もいるかもしれません。ゲームなんていすに座っているだけで、運動したからといって何も変わらないのでは? そう思うのも無理はありません。

ところがそれが変わるのです。ドイツ国立ケルン体育大学のインゴ・フローベーゼ教授はそのように主張しています。フローベーゼ教授の調査によれば、プロのゲーマーの心臓は1分間に160~180回も打っているそうです(静かに座っている時で1分に100回)。つまりプロゲーマーの体の中ではF1レーサーと同じくらいのストレスホルモン、コルチゾールが出ているのです。体も心もF1レース並みのスピードで作戦通りに動かなくてはいけないということです。

また、プロのゲーマーは1日に少なくとも8時間は練習をしています。心も体も負担が大きいはずです。

今ではeスポーツに高額の賞金がかかるようになり、小さなズルやごまかしも出来ません。つまり高いレベルを目指すなら、ゲームのトレーニングだけをしていては足りないということです。体のトレーニングもしなくてはいけないのです。

4分だけで、1時間の効果が

何か新しいことを始めたら、すぐに結果が出てほしいものです。運動やトレーニングに時間をかけるなんてまどろっこしいと思うでしょうが、どんな効果が得られるかをすぐに知りたいなら、続きを読んでみて下さい。

10歳の子供たちを調査した研究では、4分間運動しただけで(そう、たったの4分です)、その後1時間、集中力が高まりました。たった4分ならやる価値があると思いませんか。

別の調査では、12分ジョギングをすると、特に視覚的な集中力が高まりました。例えばゲームの画面を見つめている時に、目に見えた物をとらえ、それが何なのかを素早く理解することが出来るのです。これは10代の若者を使った実験でした。

この結果はたった1度、12分のジョギングをしただけで得られました。しかし長くやるほど効果は上がり、定期的に数カ月続けるとさらに上がります。

研究によれば、毎日体を動かしている子供や若者の方がストレスにあまり反応しない、つまりストレスに強いことが分かっています。プロのゲーマーがどれほどのストレスにさらされているかは、すでに説明した通りです。ストレスに強い方がゲーマーとしても当然有利です。

他にはどのような能力が必要でしょうか。マルチタスク能力(同時に色々なことが出来る能力)、作業記憶の能力(短期記憶のうち、何かをやっている最中に使える記憶力の容量が大きいこと)、計画実行能力(情報を整理して計画し、他のことに気を散らされない能力)……そういった能力も運動によって上がることが分かっています。

ノートを取る生徒
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脳の「ケーブル」が強化される

脳はふたつの部分に分けることが出来ます。ひとつは灰色の物質(灰白質かいはくしつ)で出来ていて、もうひとつは白色の物質(白質)で出来ています。

アンデシュ・ハンセン『最強脳 「スマホ脳」ハンセン先生の特別授業』(新潮新書)

アンデシュ・ハンセン『最強脳 「スマホ脳」ハンセン先生の特別授業』(新潮新書)

灰白質が外側にあり、大脳皮質と呼ばれる部分です。ここで複雑で高度な思考が生まれます。白質は灰白質の内側にあって、脳の様々な部分が上手くコミュニケーションを取れる(話し合える)ようにしてくれています。灰白質はネットワーク内にパソコンがいくつもあるような状態で、白質はパソコン同士をつないでシグナルを送るケーブルといったところでしょうか。

ゲームをする時に脳がどんな風に働くかを考えてみましょう。目と耳から視覚野と聴覚野を通じてひっきりなしに情報が送られてきます。脳はそれを理解し、どう動けばいいのかという指令のシグナルを手に送ります。それと同時にチームメイトと会話をしながら、情報を教えたりもらったりもします。それがまた新しい決定につながり、手や目に新しい指令を送ります。その間にもっと先のことまで考えて、次にどうするかという戦略を立て、さらにその先の戦略も立て……。

運動はこの灰白質と白質の両方を強めてくれます。ゲーマーにとっては白質の方がより大切かもしれません。ゲームの正念場で、パソコンとパソコンの間のケーブルが間違ってつながれていたり外れかけていたりしたら困るでしょうから。

なぜ白質、つまり脳のケーブルが運動によって強められるのかは分かっていません。ですがとにかく、強くなることははっきりしています。ゲームでもそうですが、結果がすべてなのです。

得点10%アップのテクニック

中学1年生を調査したところ、とても簡単なテクニックを使うだけでテストの成績が10%も上がることが分かりました。何段階かに分けて解くような問題のテストだったのですが、生徒たちの脳の前頭葉が活発になったそうです。特に作業記憶と集中力に大切な左側が活発になりました。

そのテクニックがどんなものだったかというと、座らずに立ってテストを受けただけのことでした。

しかしこの10%がゲームの成績にどれだけ影響を与えるでしょうか。1000点が1100点になるかもしれません。そんなに単純な話ではないかもしれませんが、確実に差は出てきます。

次にゲームをする時は立ってやってみてはどうでしょう。この本に書かれていたテクニックだったことを思い出してもらえれば光栄です。

ゲーマーにも運動が効く

ドクターの処方箋

ゲームをしながら時々、最低10分の運動を。
週に数回はもっと長く、なるべく30分以上の運動をしましょう。
基礎体力は、体と脳が長い時間ゲームをするためにも必要です。

やり方

自分がやりたいと思う運動をして下さい。重要なのは何をするかではなくて、何か運動をすること。遊びでもダンスでも森の中を走り回るのでもいいのです。家で1人でゲームをしているとあっという間に何時間もたち、1日が終わってしまいます。そのため他の人ともあまり会わなくなります。友達と時間を決めてチームでスポーツをすれば、その問題も解決出来ます。

他のアイデアも

優秀なゲーマーになるために効果的なのは、背中やお腹をきたえられるボートや腹筋運動、腕立て伏せです。おまけに基礎体力もつきます。

立ってゲームをするなら、背中の左右に同じだけ負荷がかかるようにして下さい。両足に同じだけ重さがかかっている状態で立つようにしましょう。

プロレベルを目指すなら

1時間に1度はゲームを中断して、卓球をしてみませんか。反射神経が良くなりますし、目と手のつながりもきたえられます。つまり視覚と体の動きの連携が良くなるのです。卓球は短い時間で激しい動きをするスポーツです。卓球台がなくても、家の食卓にネット(もしくはそのくらいの高さの物)を張って使うという手もありますが、まずは大人に許可をもらってからにして下さい。

外に出てバドミントン、テニス、スカッシュなどをするのも良いですが、その場ですぐに出来るという意味では卓球が手軽です。

レベルアップに効果

eスポーツの世界チャンピオンにはなれなくても、あっという間にひとつ上のレベルに上がれるはずです。運動をすればするほど、ゲームの成績にも効果があります。