「大人のおやつ」の頻度と量が増えている
コロナ禍で在宅ワークが続き、「太ったな」と感じている人も多いはず。2021年夏、明治安田生命が行なった調査でも、20~70代の4人に1人が「体重増」を実感。とくに30~50代の女性では、3人に1人(31%)が「(体重が)増えた」と答えました。
理由の多くは、「運動不足」(先の調査で66%)と「食べ過ぎ」(同60%)でしょう。とくに、後者でよく指摘されるのが「おやつ」の頻度や量の増加。
20年の調査でも、「間食の量が増えた」が20~69歳の約半数。その上位を占めたのは、チョコレートやクッキー(ビスケット)、米菓、スナック菓子などでした(20年 クロス・マーケティング調べ)。
そんななかで、一人ひとりに合ったヘルシーなおやつを毎月、お洒落な箱に入れて自宅まで届けてくれるのが、「おやつのサブスク(サブスクリプションサービス)」とも呼ばれる「おやつの定期便 snaq.me(以下、スナックミー)」です。
コロナ禍に会員数が2倍に成長
2016年3月、β版のサービスを開始以来、女性を中心にその存在が知られるように。さらにコロナ禍では「ステイホーム」を追い風に、成長率が会員数ベースで約2倍となり、毎月10%前後の伸びを記録しているとのこと。
「ご利用者の95%は、女性。コロナ禍でカフェに入りにくいと嘆くワーキングウーマン(おもに20~40代)が日常の息抜きに、あるいは在宅ワークで働くママたちが『子どもが昼寝してくれたので、私のひとり時間に』など、楽しまれるケースも多いようです」
と話すのは、スナックミーの代表取締役、服部慎太郎さん。
その後、コロナ禍の20年4月には「家飲み」のおつまみを意識した、類似サービスの「otuma.me(オツマミー)」をスタート。こちらは利用者の約半数が、男性だといいます。
海外では1人2、3件の“ご褒美のためのサブスク”を契約
服部さんは、日本総研やボストン・コンサルティング・グループなどを経て、ディー・エヌ・エー(DeNA)に転職。ベンチャー関連の投資業務を行なう中で「海外では、女性が自分へのご褒美にと、サブスクを1人で2、3件契約する事例が増えている」との動きをつかんでいました。
その経験から「日本でも特徴あるサブスク事業を始めれば、数年後には一定の投資が得られるだろう」と考えたそうです。
一方で、「スナックミー」を始めたきっかけの一つは、「僕自身、第一子が産まれたタイミングで、一般に売られている菓子の『外箱』の表示(原材料)を気にするようになったから」だと服部さん。
「三度の食事だけでなくおやつも、ナチュラルな素材で作られた栄養価の高いものを食べて欲しい。そこで、人工添加物や白砂糖などを使わない『自然素材』にこだわろうと決めました」
手作り感満載のFacebook広告でも100人近い利用者登録
もともと週末に都内のマルシェを覗くのが趣味で、「世の中にはこんなに面白い食べ物(商品)があるんだ」と行くたびにワクワクしていた服部さん。
そんなマルシェのような楽しさや発見を、ECでも体験してもらえないか、との思いがスナックミー発想の原点。そこから、毎月一人ひとりに合ったおやつを選び、自宅に届けるという「おやつのサブスク」の事業化に至ったといいます。
もっとも、2016年3月のローンチ時点では、一般のフリー素材からダウンロードした簡素なロゴを使い、手作り感覚のSNS広告で「間食がやめられないあなたに」などシンプルなコピーで訴求していたそうです。
ですが、そんなFacebook広告でも100人近い利用者登録があったほか、広告を止めてもユーザーが増え続け、「やはりニーズはある」と確信したとのこと。
その後、妻の“ママ友”人脈などリアルのコミュニティを通じてニーズを検証しながら、みずからもスナックミー用のおやつを共同開発してくれるOEM先を探し回った服部さん。
OEM企業が順調に増えていったのは、スナックミー特有の「ある仕組み」とも深い関係があったようです。
それが、利用者が自分専用のおやつの好みや感想(評価)を投稿するというシステム。
「おやつ診断」を受けてからサービス開始
スナックミーの利用者は、まずネット経由で1分間程度の「おやつ診断」を行ないます。例えば、おやつを食べる時間帯やふだんの食事内容、苦手な食材、運動や飲酒の頻度、一緒に食べるのは誰かなど。
そして「あなたは○○タイプ」と診断されたのち、利用者が名前や住所など必要情報を登録。すると診断結果を基に、150種類以上のなかから自分に合ったおやつが選ばれ、毎月8種類がピックアップされて手元に届きます。
そしてサブスクですから、ここで終わりではありません。おやつが届いてからも、ある「仕掛け」があります。
ユーザーの声をメーカーにフィードバック
それが、利用者が到着後、手元に届いた8種類のおやつがどうだったかを、4段階(苦手、普通、好き、大好き)で点数評価するシステム。フリーアンサーの欄で「もう一度食べたいおやつ」をリクエストすることもできます。
「評価やコメントをキチンと記入すればするほど、よりユーザーご自身の嗜好に合ったおやつが送られてくるようになる。ゆえに、非常に精度の高い声を大量に集めることができます」と服部さん。
スナックミーはこうしたユーザーの声を、数百件程度たまった時点でメーカー側にフィードバックします(個人情報等は除く)。OEM企業の側も、自社商品の形状や味、食感などに関する細かな感想をスピーディに知ることができ、その後の改善や商品開発にすぐ活かせるわけです。
最初はマンションの一室でセレクト・箱詰め作業をしていた
さらにOEM企業にとって、別のメリットもあります。それが「在庫リスク」や「フードロス」を極力減らせること。
サブスクのサービスであるスナックミーは、利用者の評価によって「翌月、どのおやつを誰にセレクトして送るか」が決まります。つまり、発送よりかなり前の段階で、Aというおやつが何個ぐらい消費(発注)されるかが予測できる。
ゆえに、過剰に生産したり無駄な在庫を抱えたりせずに済むわけです。
もっともサービス開始当初は、スナックミーの社内で8種類のおやつを「セレクト」すること自体に、大きな手間を要したといいます。
なぜなら、当初はユーザー評価を基に「目視」で8種類を選んでいたから。
具体的には、あるマンションの一室(会議室)に全種類のおやつ(ローンチ当初は32種類)をズラリと並べ、スタッフが利用者一人ひとりの評価やフリーアンサーを自分の目で確認しながら「これがいいかな」とセレクトして箱詰めしていたとのこと。
「箱詰めは繊細なので、いまでもスタッフが一つひとつ手で行ないます。ですが、セレクトの工程はその後、独自のレコメンドエンジン開発によって自動化し、精度と効率性を向上させました」と服部さん。
開発にあたって参考にしたのは、あの定額制動画配信サービス「ネットフリックス」だったそうです。
緊急事態宣言から1週間で新サービスをスタート
また、コロナ禍の20年4月には、先の「オツマミー」のサービスを開始。
最初の緊急事態宣言が発出されてから、わずか1週間程度でスタートさせた理由を、服部さんは「マンションのゴミ捨て場を見たら、ものすごい数のアルコール類の瓶や缶が捨ててあったから」、つまり「家飲み」の需要が目に見えて増えていたからだといいます。
社長自ら電話しユーザーに感想を聞く
服部さんの「現場」を知ろうとする行動は、これだけに留まりません。
ここまで事業として成功してからも、なんと「スナックミーの服部と申します」と名乗り、みずから数人ずつの利用者に電話。「ご利用になってどうですか?」など、一スタッフとしてナマの声を収集し続けているというのです。
こうした行動を、私たちマーケティングの世界では「定性調査」と呼びます。グループインタビューや一対一のデプスインタビューによって、観察者が見聞きした印象、あるいは対象者から発せられるナマの言葉や行動などを知る、地道な調査手法です。
一方で、現代はインターネット調査、あるいは定点カメラやICカード等の履歴によって、膨大なデータが蓄積されていく時代。一般に、データ量が増えるほど精度も増しますから、自動化・システム化して大量に情報を収集するほうが、圧倒的に効率がいい。しかも、いまやAIがその結果を24時間365日、機械学習して分析してくれます。
スナックミーに限らず、先の「ネットフリックス」や「Amazonプライムビデオ」のような動画配信サービス、野菜宅配サービスの「Oisix(オイシックス)」、あるいはユーザーの好みに合った娯楽チケットを毎月届ける「recri(レクリ)」など、サブスクのサービスにおいては、後者の「定量調査」の概念とAIによる分析システムが、一人ひとりに合ったコンテンツや商品を自動的に「お薦め」してくれるのが強みです。
変化の兆しをつかむ定性調査
ですが、それだけでは必ずしも「変化の兆し」をつかむことはできません。
私も長年、マーケティングの実査に携わる立場から、たとえどれだけ定量調査が自動化、デジタル化されても、人が自身で見聞きして情報を集める「定性調査」を怠っては、顧客の変容や次の時代への流れに気づけないと痛感します。
精度の高いレコメンドエンジンを導入したのちも、みずから目や耳による情報収集を欠かさない服部さん。その姿勢こそが、自分たちを「永遠のβ版だ」として成長し続けようとするスナックミーの今後を切り開くのではないでしょうか。