キリン「氷結」がトップを走り、他社も果汁一辺倒
こんにちは、桶谷功です。コカ・コーラの缶チューハイ「檸檬堂」が2018年に発売されて以来売れています。
ご存知のように、コカ・コーラはそれまで清涼飲料水が主な商品で、お酒をつくったことがありませんでした。ところがその新参者のコカ・コーラが、いまや「檸檬堂」で缶チューハイ市場を制しています。2020年の販売数量は790万ケース(コカ・コーラ ボトラーズ・ジャパン 2020年通期決算説明会資料より)となり、2019年の全国発売から2021年9月末時点では115%となっています。
※出典:インテージSRI+、低アルコール市場、累計販売金額、2020年10月~2021年9月前年同期比/7業態計(SM、CVS、HC、DRUG、酒量販店、一般酒販店、業務用酒販店)。
このヒットの要因については、すでにいろいろなところで語られていますが、私はなんといっても「既成概念を取り払って考えた」ことだと思います。
「檸檬堂」が発売される前の缶チューハイ市場は、キリンの「氷結」がトップを走っていました。「氷結」の商品コンセプトは「果汁を凍結してそのまま入れました」というもの。したがってほかのメーカーの商品も、果汁感を前面に押し出したもの一辺倒。そこでコカ・コーラは最初から果汁感「以外」の切り口を探したといいます。
レモンフレーバーだけに絞った大胆さに衝撃
まず「檸檬堂」がすごいのは、レモンフレーバーのみという点です。2018年に九州限定で発売されたとき、私はそのことに一番衝撃を受けました。
食品を開発するときは、「フレーバーエクステンション」といって、いろいろな味の展開をしたくなるもの。例えば私が長くブランディングに関わってきたアイスクリームの「ハーゲンダッツ」も、バニラが売り上げの多くを占めているとわかっていても、バニラ味だけに絞るわけにはいきません。ほかの味はバニラに比べて売上が低くても、お店の棚を取らなくてはいけないし、お客さんに選ぶ楽しさを提供しなくてはいけないと思ってしまうからです。
缶チューハイの売上比率を見ると、どんなブランドでもみんなレモンが中心。それでもグレープフルーツ、ブドウ、カルピス、コーラなどを加え、やっぱり果汁に戻って、桃だ、いや季節限定でマスカットだと、どんどん出してくる。それでも売り上げの大半はレモンなのです。多くの人がレモンしか買わない。
「檸檬堂」は「それならレモンだけでいいじゃないか」と割り切ったうえで、9%、7%、5%、3%とアルコール度数の違いでバリエーションをつけた。この大胆さには驚かされました。
キリン「氷結」を挟み撃ちしようとしていたサントリー
それまで缶チューハイ市場では、こんな戦略による戦いが行われていました。
いちばん売れているキリンの「氷結」がど真ん中にいるとします。「氷結」の度数はだいたい5%。そこでサントリーが考えたのは、「マイナス196℃製法」を謳った「theまるごとレモン」(7%)や「ストロングゼロ」(9%)などの、高アルコール商品を出す一方で、低アルコールの「ほろよい」(3%)で女性ターゲットを押さえること。この両方から挟み撃ちにすれば、まん中の「氷結」は動きようがなくなり、勝てるはずだという戦略だったのです。
だから「檸檬堂」登場までは、度数ごとに別のブランドを作るのが基本でした。ところが「檸檬堂」は、一つのブランドで度数違いを出すという戦法をとったのです。
新参者がど真ん中を狙ってきた
さらに常識外れだったのが、価格のつけかた。「檸檬堂」は350mlの売価がおよそ130円と、それまでの缶チューハイより20円ほど高くなっています。それまで缶チューハイはどんどんアルコール度数が高いほうにシフトしていたので、「第三のビールより安く、早く酔えるところに価値がある」というのがマーケットの常識だったのです。そこへメーカー希望小売価格 350ml缶/150円という設定をしたというのはユニークでした。だいたいプレミアム商品が成功すると、「そこにマーケットがあったのか」と後でわかるものですが、「檸檬堂」はわれわれの思い込みを裏切ってくれた。
しかし、何よりも本当にユニークなのは、初めてお酒をつくった新参者であるコカ・コーラが、「レモン味の缶チューハイ」という一番の売れ筋ど真ん中を狙ってきたことでしょう。
普通、後発のメーカーは「梅酒だけ」とか、「ハイボールだけ」というように、ニッチな周辺を狙うか、もしくはヒット商品をまねることが多いものです。
なぜこんなことができたのでしょうか。
先入観なく、純粋にデータを見た結果
実はコカ・コーラでお酒をつくったのは、全世界の中でも日本向けが初めて。全世界プロジェクトとして、「新しいものにチャレンジしよう。コカ・コーラだけにしがみついていてはいけない」ということで、商品を拡大していこうという号令がかかった。日本はもともと市場環境が厳しく、イノベーションに力を入れていました。その一環でアルコールにも挑戦。そして「檸檬堂」の開発にあたり、おそらくブランドマネージャーは、先入観なくピュアにデータを見たのではないでしょうか。戦略的にデータをしっかり読み込むという外資の特長に加え、そのデータから業界の常識を覆すことを目指してコンセプトを開発した。「檸檬堂」の成功は、ベストプラクティスとして世界中のコカ・コーラでシェアされたことでしょう。
「おいしさ」という基本に忠実だった
しかし外資系企業の商品には、ややもするとコンセプト倒れのものが少なくありません。コンセプトも素晴らしいし、狙いも戦略的に完璧なのだけれど、「品質がちょっと……」みたいなことがあったりする。片や日本のビールメーカーは、ビール以外の飲料の味をつくるのがあまり得意ではないようです。
その点、「檸檬堂」は本当においしい。「前割りレモン製法」といって、レモンを皮ごとすりおろしたものをお酒に漬け込んで香りを立たせている。缶チューハイはお酒のなかでもジュースに近いので、コカ・コーラの「味を作る」技術がうまく活かせたのではないかと思います。
なぜ、他社にはできなかったのか
ほかの酒類メーカーが「檸檬堂」をつくれなかったのは、やはり「イノベーションのジレンマ」が原因の一つでしょう。つまり新しいものをつくりだすと、それまでの自分たちのブランドが壊れてしまう。
たとえば缶チューハイ市場で先頭を走っているキリンが、「檸檬堂」のようなコンセプトの商品を売り出せば、最も売れている「氷結」と真っ向から競合することになります。だから「檸檬堂」のような発想はできないし、発想する人がいたとしても、おそらく経営会議で却下されてしまう。
逆に言うと、それ以外のメーカーにチャンスがあったはずですが、「檸檬堂」が出たいまは、ひたすら「檸檬堂」の真似をするにとどまっているのが非常に残念。
日本のメーカーにはびこる真似体質
日本の企業が真似体質なのには歴史的な経緯があります。お酒は今でこそ量販店で買う人がほとんどですが、昭和のころは近所の酒屋さんに家まで配達してもらうことがほとんどでした。酒屋さんに「ビール、ワンケース持ってきて」というと、さっと運んでもらえる。銘柄指定もしない。そうするとその酒屋さんが扱っているビールが自動的に入ってくるのです。
そうなると、例えば「三ツ矢サイダー」が非常に売れていると、三ツ矢サイダーを扱っていない酒屋さんは困って、つきあいのあるお酒メーカーの営業に、「キリンさんには、三ツ矢サイダーみたいなのはないの? お客さんから三ツ矢サイダーくれって言われると困るんだけど」と訴える。そこでキリンは、「じゃあ同じようなものを作りましょう」と言ってキリンレモンが開発される、といった具合です。だからどうしても売れ筋商品と同じような商品を品揃えしなければという体質がDNAの中にあるのかもしれません。これは、販売店がメーカーで系列化されている家電製品などにもいえることです。
業界の中にどっぷりつかっていると、業界の慣習や常識にがんじがらめになっていくもの。しかしそれを乗り超えてこそ、イノベーションが起こせるということを、「檸檬堂」の例は教えてくれています。