日本では20代の4分の1が「あえてアルコールを飲まない」若者だと言われています。アルコール離れが進む若い世代を取り込もうと、アサヒビールがとった手法とは――。

飲み会で「気が利く上司」とは

コロナ禍で、「長らく外で飲んでいないな」と不満に思う人も多いと思いますが、ここで数年前の「会社の飲み会」を思い出してみてください。

たとえばあなたが、部下を数人連れて飲みに行った際。あなたは彼らのビールグラスが“減っている”のと“減っていない”のと、どちらが気になるでしょう。

「アルハラ(アルコール・ハラスメント)」が社会問題とされる昨今は、グラスが“減っていない(あまり飲んでいない)”部下に、「もっと飲め」「イッキ、イッキ」などと囃し立てて無理に飲ませる上司は、さすがに少ないはず。

逆に、グラスの中身が“減っている(飲んでいる)”部下を見つけ、すかさずビールを注いであげたり、「追加、お願いします!」と、瞬時にビールをオーダーしたりする上司こそが「気が利く」「スマート」と考える人が多いかもしれません。

アルコール度数0.5%のビール

でもその価値観は、もはや「昭和」なのかもしれない……。2021年3月に発売された「アサヒ ビアリー」(アサヒビール)は、世代(年代)や時代による“飲み方”の価値変化や多様性(後述)を感じさせる、微アルコール飲料(アルコール度数0.5%)です。

若者に人気の微アルコール飲料ビアリー
若者に人気の微アルコール飲料ビアリー(写真提供=アサヒビール)

ビアリーは20、30代の若者を中心に人気を集め、21年8月初旬現在、缶のみの販売にも関わらず、8000店以上の飲食店で展開されています。「ランチタイムや夕方などに新たな可能性を感じ、9月中旬からは小瓶も販売予定です」と、同・新価値創造推進部の梶浦瑞穂さん。

また、一般のビールテイスト清涼飲料(含・微アル)市場全体を見ても、同3月末~7月初旬の販売金額は前年比20%増と好調で、うち9%増を、同社のビアリーが占めたほど(21年 インテージSRI調査<首都圏・関信越>より)。

つまり、最近のノンアル・微アル市場は、ビアリーがけん引しているのです。

5.0%の“ドライ市場”を築いたアサヒが0.5%の微アルに注目

もっともアサヒビールといえば、1987年、アルコール度数4.5%のビールが主流だった時代に、あえて度数が0.5%高い「アサヒスーパードライ」(度数5.0%)を投入し、たちまちドライ戦争の火付け役となった企業です。

なぜいま、度数わずか0.5%の「微アル」市場に注目したのでしょうか。

梶浦さんいわく「ビアリーの構想は、3年半ほど前からあった。社会的トレンドと技術主導の両輪で開発が進み、約100回もの試験製造を繰り返しました」とのこと。

まず、社会的トレンドについて。ここ数年、国内のアルコール市場では「ストロング系」と呼ばれる高アルコール度数の缶チューハイが人気を集めているのは、皆さんもご存じでしょう。

半面、世界的にお酒を「飲めない人」や「あえて飲まない人」が顕在化し、欧米のミレニアル世代などの間で「Sober Curious(ソーバーキュリアス。あえて飲まないこと)」と呼ばれる食スタイルがブームに。

日本でも、20代の約4分の1が「ソーバーキュリアス」と見られています(20年 ニッセイ基礎研究所)。そんななか、アルコール度数0.6~0.9%程度の「ローアル」や、いわゆる「ノンアル」市場が近年、右肩上がりで成長を続けているのです(21年 富士経済)。

コミュニケーションツールとしてのアルコール飲料

ちなみにノンアルの定義は、日本では「アルコール度数1%未満」とされますが、飲酒運転の厳罰化や妊婦への配慮などもあり近年、ノンアルコールビールの主流は「度数0.00%程度」に。

こうしたなかで登場した「微アル」市場の「ビアリー」(アルコール度数0.5%)のターゲット層は、アルコールでいう「出口」と「入口」の両者がメイン、だと梶浦さん。

「『出口』は、おもにアルコールの健康への影響が気になる40、50代やそれより上の人たち。他方の『入口』は、アルコール経験がさほど多くない20、30代の若者です」

アサヒビールは、アルコールを「人と人との有効なコミュニケーションツール」だと位置づけています。

オンライン飲み会
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※写真はイメージです

すなわち、酒(含・微アル)に強い人も弱い人も、互いが相手の「飲み方の多様性(スマートドリンキング)」を尊重し合えれば、アルコールを介することで会話が弾んだり、他者への理解がいっそう深まったりする。そうしたコミュニケーションの促進からも、アルコールはより豊かな社会の実現に貢献し得る……。

21年9月4日、同社がマッチングアプリ大手の「Pairs(ペアーズ)」とコラボし、「お酒と恋愛の新常識」を探るオンラインマッチングイベントを開催したのも、「アルコールに強い人も弱い人も、ビアリーをコミュニケーションツールとして活用してもらうことで、互いに理解や会話を深めるきっかけとなれば」との思いがあったと、梶浦さん。

令和時代の「イケてる上司像」

冒頭で触れた、部下と上司の関係も同様です。

ビールグラスが“減っている”部下を見つけ、すかさずビールを注いだりお店に追加注文したりする上司は、昭和の時代なら「気が利く」と見られたかもしれない。

「でも令和のいまは、飲み会開始から1時間後に全員分の『水』をさりげなく頼むとか、ビールが“減っていない(飲んでいない)”部下に『これならどう?』と、メニューにあるアルコール度数の低い飲料を薦めてあげる、といった配慮が大切です」(梶浦さん)

つまり“減っている”グラスではなく“減っていない”グラスのほうに注目して、飲めない(飲まない)部下に気配りできる上司こそが「イケてる」とみなされるのが、令和流と言えるでしょう。

人前で酔っぱらうのはカッコ悪いという美意識

また、会社の飲み会で飲まない若者が、「常に飲めない」とは限りません。

先の「ソーバーキュリアス」のように、いまの若い世代は「人前で酔っぱらうのはカッコ悪い」と、あえて飲まない日も少なくないうえ、飲むシーンも「長時間かけて、映画やスマホを観ながらチビチビ」や「休日に洗濯しながら」「オンライン飲み会で」など、年々多様化しています。

こうしたことから、「若者に多い『自分のペースでゆっくり楽しく飲みたい』といったニーズを、ビアリーによってすくい上げたい、との思いもありました」と梶浦さん。

もっとも、ここで疑問が湧きます。「酔わずにマイペースで飲みたい」とのニーズは、すでに従来のノンアル製品がある程度、包括できていたはず。

なぜ同社は3年半もかけて、あえて「微アル」という新市場に挑戦したのでしょう。

「ノンアルビールはビールじゃない」という不満

私ごとで恐縮ですが、筆者が経営する会社は女性ばかりのマーケティング会社で、中心は40代です。彼女たちの多くは“お酒好き”で、ノンアルのビールに対し、しょっちゅう「これはビールじゃない」や「大好きなビールの味や香りがしない」などと不満を漏らします。

確かに、日本のノンアル市場におけるビールは、これまで「ビールらしい風味や香りの再現が難しい」とされてきました。

というのも、ビールを醸造した後にアルコールだけを上手に取り除き、ビール本来の風味や香りを残すには、高度な専門技術や蒸留設備が必要だったから。ゆえに、従来は「麦芽エキスを抽出し、後からビール風味で香りづけをする」など、別の手法を取ってきたのです。

ビールの原液からアルコールを抜く技術

ところがアサヒグループホールディングスは、2000年以降、海外進出を強く意識し、欧州や豪州をはじめとする、さまざまな海外企業との買収や提携を盛んに行ってきました。

こうしたなかで、世界の最先端技術に触れ「醸造後のビールからアルコールだけを“抜く”技術に長けていれば、これほどおいしいビールテイスト(微アル)飲料ができるんだ、との発見がありました」と梶浦さん。

(左)アサヒビールが提案する新たな概念「スマートドリンキング」(右)ハイボリーもあわせて横軸で展開。
アサヒビールが提案する新たな概念「スマートドリンキング」(左)ハイボリーなどの後続も含め横軸で展開。(右)(写真提供=アサヒビール)

そんな微アルの製造技術は、まさにアサヒビールならではの「強み」になる。さらに同社は、微アルを「ビアリー」や9月下旬発売の「アサヒ ハイボリー」(微アルハイボール)など商品単体のものとして終わらせるのでなく、「スマートドリンキング」という新たな「飲み方提案」とともに、横軸で広く展開していこうと考えました。

これが、先の「スマートドリンキング」構想。お酒を飲む人(飲める人)や飲まない(飲めない)人、あるいは同じ人でも飲みたいときとそうでないときなど、アルコールにはさまざまな嗜好や飲用シーンが存在する。

こうしたなかで、微アルを含めた飲み方の選択肢を広げ、多様性を受容できる社会を実現することが、同社の務めである、との考え方です。

顧客区分を考える

一般に、マーケティングには「セグメンテーション(市場細分化)」という顧客区分の考え方があります。用いられる変数は、おもに図表1の通り。

市場を区切る「軸」の一例
市場を区切る「軸」の一例

たとえば、アルコール度数0.5%のビールテイスト飲料を開発しようというとき。そうした微アル飲料を好む人は、国内ならどの辺りに多く住んでいて(地理)、どのぐらいの年代や年収の人に、どれぐらいの割合で見られる傾向なのか(人口動態)。

この2つは、一人の人間であれば、ある程度カテゴライズが“固定”しています。

多様な飲み方の提案がビジネス成功の決め手

ところが残る2つ、すなわち「心理」や「行動」の変数は違う。同じ一人の人でも、カテゴライズは「オケージョン(シーン)」によって異なり、とくに日本人はその傾向が強い、ともされています。

たとえばアルコールに強い女性が、ふだん夜の飲み会では度数5.0%のビールを好む一方で、日中の「ママ友会」では「飲んだ雰囲気だけ味わいたいから」とノンアルのカクテルを飲み、家事の合間に「ちょっと気合いを入れたいから」と微アル飲料を飲み、夜寝る前には「頑張った自分へのご褒美」として、度数15%のワインを飲む……といった具合。

近年、人口減少が著しく、若い世代で「飲まない(飲めない)」人が増える日本では、いかに多くのツール、すなわち微アルを含めたさまざまな商品を用意し、その飲料にふさわしい多様なオケージョンや飲み方提案ができるかが、ビジネス成功の鍵を握るのです。

他メーカーも微アル市場に注目

アサヒビール以外のアルコールメーカーも、微アル市場に注目しています。

たとえば、9月中旬に「微アルコールビールテイスト」の「ザ・ドラフティ(The DRAFTY)」(アルコール度数0.7%)を発売予定のサッポロビールや、「ノンアル、ローアル商品」の販売量を、18年比で115%とする目標を掲げるキリングループなど。

近年は、先のアルハラや健康リスクなど、アルコールを巡るネガティブな側面が多く報道される傾向にありますが、「アルコールは“適量”や“多様性”に配慮して楽しめば、コミュニケーションを深める貴重なツールになる」と梶浦さん。

スマートドリンキングという新たな概念の旗振り役になることで、アルコールのポジティブな側面を世の中に伝えていきたい……、そんな同社の思いが今後、令和の新たな「イケてる上司像」にも、いい意味で影響を与えそうです。