長引くコロナ禍の夏休みに、家庭内のストレスは増大しています。親は、勉強せずサボっている子どもに対して、ついイライラして怒鳴ったりしてしまいがち。「これって毒親?」と思いながらも、自分の感情を抑えきれない……。コロナ禍でも心穏やかに子育てできる方法について、精神科医の井上智介さんがアドバイスします――。
医師による説明
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子どもをコントロールしようとする「毒親」

毒親とは、一般的に「子どもの“毒”になる親」を略していいますが、過干渉になったり、暴力をふるったり暴言を吐いたりと、いろいろなパターンがあります。つまり、子どもを自分の思うようにコントロールしようとする親のことを毒親と呼ぶのだと、僕は理解しています。

実は僕のところにやってくる、いわゆる自己肯定感の低い大人の背景をひも解くと、幼少期の毒親の影響が根強く残っていることが多い。小さい頃の親子関係で心に深い傷を負って、大人になってからの考え方や行動パターンにもその影響が残っている人が、たくさんいるのです。

そもそも子どもというのは、親をはじめ、すべての大人から全肯定されるべき存在です。「生まれてきてくれてありがとう」「いてくれるだけでいいよ」……と。

「条件付き」の親子関係

ところが現代社会では、テストでいい点をとるとか、ピアノや水泳などの習い事でいい成績を残すとか、「親が子どもを認めるのに条件が必要」という親子関係が増えています。特に、勉強や習い事などの「結果」に対する親の期待は大きく、親は知らず知らずのうちに、子どもがよい結果を出せるようにコントロールしているように見えます。これが過干渉です。

確かに昔から「教育ママ」といわれる人はいましたが、そうした親子のそばには「そのままでいいんだよ」と無条件に肯定してくれるおじいちゃんやおばあちゃんがいました。でも今は核家族化と少子化で、そういった存在もおらず、親からのプレッシャーは1人の子どもに集中してしまうので、子どもが無条件の愛を受けることが難しくなってきています。

無条件のはずの親子の愛が、条件つきの愛になると、子どもはちょっと失敗したり、誰かと比べて成績が劣ったりすると、親から認めてもらえないために、自分には価値がないと思い込みます。自分に自信が持てず、そのまま大人になると、自己肯定感は低いまま。仕事も人間関係もうまくいかず、精神科のドアを叩くパターンが本当に多いのです。

学歴があってもなくても「コンプレックス」に

毒親にならないためには、どうすればいいか。まずは親自身が勉強や成績に対する考え方を改める必要があります。

もともと親は、子どもへの影響力が強い存在です。それゆえに、あれもしてあげよう、これもしてあげようと思うものですが、実はそこから「支配」が始まっています。

本人はそこまでやりたくないのに、友だちと遊ぶことを禁じられ、勉強を強いられ、受験をさせられて、親が敷いたレールの上を歩くしかできなくなっている。親が「勉強ができること」に価値を置きすぎ、それを人生の成功だと思い込んでしまっているから、こうなるわけです。

そもそも勉強に熱心になりすぎる親は、親自身に学歴コンプレックスがある人が多いですね。学歴のある人もない人も、どちらもコンプレックスを持つことがあります。

今、自分が生きるのが苦しいのは学歴がないせいで、子どもにはそういう思いをさせたくないから勉強しろという人がいる一方で、今それなりに自分がうまくいっているのは、この学歴があるからなので、子どもにもこの道を歩ませてやろうと勉強しろという人がいる。

もちろん現実の社会では、学歴があってもなくても生きていけます。教育は大切ですが、学歴がすべてではありません。学歴に対してコンプレックスがあると、自分の人生のいい面も悪い面も学歴につなげて考え、それを子どもに押しつけることがあるのです。テストの点数や偏差値で人間の価値を判断してしまうことさえあります。

居間で息子をしかる母親
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毒親の干渉は大人になっても続く

子どもが小さいころに「勉強、勉強」と言っていた親は、やがて子どもが大人になっても門限を厳しくしたり、一人暮らしなのに毎日電話させたりして、干渉をつづけます。結婚も許せない、実家を出ることも許せない、自分のコントロール下に置いておかないと不安で不安で仕方ない。まさに毒親です。

そうすると子どもは、ずっとプレッシャーを感じつづけて、あるとき「頭痛がする」「動悸がする」「吐き気が止まらない」と体に症状が出てきます。

僕たち精神科医は、そういうケースをよく見聞きしていますから、患者さんの話を聞くと「それは親御さんがやりすぎだね」とわかりますが、「家族がおかしい」ことには、本人はなかなか気づけません。

こういう人は、30歳をすぎても親と一緒に精神科にやってくることも珍しくありません。「どうしましたか」と問いかけると、90%は親の方がしゃべっている。親が病状を説明するのを、子どもは、黙って聞いているだけです。その時点で僕たちは、「この親子関係はおかしいな」とわかりますが、子ども自身は昔からずっとこうなので、意外と気づいていないのです。それで体が悲鳴をあげている。とてもきつい状況です。

子育て中の方は、子どもが成長したあとのことを想像することは難しいかもしれませんが、こういった可能性があることを、心にとめておいてほしいですね。

イライラしたらトイレにゴー

とはいえ、目の前の子どもが明らかにサボっている、やらなければいけないことを全然やっていない場面に遭遇すると、ついイライラしてしますよね。

「そういえば前もやっていなかった」と関係ないことまで思い出して怒ってしまう。ネガティブな記憶をとどめておくことは、人間の生存本能なので、仕方がないこととはいえ、子どもからすると前のことまで引っ張り出されてしかられるのでは、たまったものではありません。

そんなときは、とにかくその場から離れるのがベストです。小児科の先生も親御さんには「イラっとしたらトイレにかけこんでください」とよく言っています。

その場を離れて、クールダウンしてから「さっきの話だけど……」と話せば、多少とげのある言い方になったとしても、感情に任せてイライラや怒りをぶつけることは少なくなります。それだけで十分です。

親であっても、24時間365日子どもをずっと好きでいるのは難しいです。ただ、やはり人間の感情は、沸点に到達した瞬間のエネルギーが一番強いので、そこで感情をむき出しにして暴言を吐いたりすると、子どもに恐怖を与えたり、子どもの人権を傷つける恐れがあります。それは絶対に避けたいところです。

ですからイライラしたら、トイレにかけこんで「あの子はあの子で頑張っているな」と子どものポジティブなことを思い出して、ネガティブな気持ちを自分の中におさめていく。トイレに、以前子どもからもらった手紙など、見ると心がなごむアイテムを用意しておくのもよいでしょう。そうしてかっとなったネガティブな気持ちを静め、バランスをとってほしいですね。

親の幸せと子どもの幸せは別モノ

子どもをコントロールしたい、自分の言う通りにさせたいという気持ちがわいてきたら、人生の幸せとはどういうことかということを考えてみましょう。

子どもに幸せに生きてほしいと思うのは親共通の願いですが、幸せになる手段は、勉強だけではありません。ほかに選択肢はたくさんあります。勉強ができれば幸せになれると考える人が多いですが、勉強ができても幸せでない人はたくさんいます。その事実をしっかりと見つめてほしいですね。

そもそも親の考える幸せと子どもの考える幸せは全く違います。子どものためを思ってやっていることが、子どもにとっては幸せなことじゃないかもしれない。そこはいつも疑ってほしいですね。

結局、子育てでいちばん大切なことは、子どもが周りの判断にふりまわされず、自分のものさしで自分の幸せをはかれるようになることです。その第一歩は、親が自分自身の価値観を見直すこと。何よりも、子どもはいてくれるだけでいい存在のはずですから。