「コロナ禍が残した最大の爪痕は、少子高齢化とそれに伴う人口減少の悪化だ」人口減少対策総合研究所理事長の河合雅司さんはそう指摘する。元より日本の少子高齢化問題は深刻だったが、コロナ禍はいったいどれほどの影響を与えたのか――。

※本稿は、河合雅司『未来のドリル コロナが見せた日本の弱点』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。

行き交う人々の近くに浮かぶコロナウイルスのイラスト
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コロナは少子化を“急加速”させた

少子高齢社会は、感染症に対して極めて脆弱である。日本社会が年老いてしまった段階でパンデミックが起こったことは不幸としか言いようがない。

人間の身体にたとえて説明すれば、加齢に伴う“慢性疾患”で苦しんでいるときに、悪性の“急性疾患”にかかったようなものである。ただでさえ、国家としての基礎体力が消耗しやすいのに、より奪われていく。

人間でも体力を奪われると心に余裕がなくなり、マイナス思考に陥っていくが、これが「社会の老化」の正体である。それは社会のあらゆる分野に影響し、遠い将来にまで及ぶ。

コロナ禍が日本に残した最大の爪痕は出生数の減少、すなわち人口減少の加速である。現時点での傷はまだ浅い。だが、何年か後に「国家の致命傷」として多くの人が気づくことだろう。そうなってからでは、手遅れとなる。

真っ先に傷を負ったのは、妊娠届け出数や婚姻件数であった。新型コロナウイルスの感染者が増大するにつれて大きく減ったのだ。

コロナ禍が与えた影響を確認する前に、感染拡大直前の2019年を振り返っておこう。すでに危機的だったからである。年間出生数は前年より5.8%も下落し、86万5239人にとどまった。わずか1年間で5万3161人もの大激減になるという、いわゆる「86万ショック」が起こっていたのだ。

「86万ショック」とコロナの最悪の巡り合わせ

国立社会保障・人口問題研究所(社人研)が現実的シナリオの推計(中位推計)で86万人となると予測していたのは、その4年後の2023年であった。90万人割れも社人研の中位推計より2年早かった。新型コロナウイルス感染拡大のニュースに世間の関心が集まったためあまり大きな話題とならなかったが、合計特殊出生率(1人の女性が生涯に出産する子供数の推計値)も前の年の1.42から1.36に急落した。「1.3台」となるのは、2011年以来であった。

「86万ショック」が冷めやらぬ状況の中で、新型コロナウイルス感染症の拡大という新たなストレスがかかったことは最悪の巡り合わせであった。コロナ禍において出生数が急落していくのも無理はない。

言うまでもなく、妊娠から出産までは、280日ほどのズレがあるため、出生数の大幅下落が数字となって確認されるのは2021年以降となる。

厚生労働省の人口動態統計月報年計(概数)で2020年の出生数をチェックしてみても、前年比2.8%減にとどまった。年間出生数は過去最少を更新したが、2万4407人減の84万832人だ。「コロナ前」の2019年に妊娠した人たちの出産が大半だったということである。

妊娠届け出数も婚姻件数も大きく下落

2021年の出生数激減を決定づける要因の1つである2020年の妊娠届け出数の減少から見ていこう。

厚生労働省によれば、87万2227件で過去最少となった。1~4月は前年と大差はみられなかったが、5月に前年同月比17.6%もの下落を記録した。

妊娠届け出は法令上の時限はないが、厚労省は妊婦健康診査などの母子保健サービスを適切に受けられるよう、妊娠11週までの届け出を勧奨している。2020年5月といえば政府の緊急事態宣言中だ。届け出が遅れた人も相当数いただろうが、こうした事情を割り引いても大きな下落幅であった。感染が深刻化するのと歩調を合わせて、妊娠を避ける夫婦・カップルが増えたのである。

日本家族計画協会が男女約1万人(20~69歳)を対象にした調査によれば、1回目の緊急事態宣言下では、性交渉が減った。調査対象のうち、男性の4割、女性の6割は性交渉をしていないと答えたのである。

妊娠届け出数は、7月が10.9%減となるなどマイナス傾向が続いた。1~12月までのトータルでみると、前年同期間比では4.8%減、実数にして4万4363件の減少である。もともと少子化傾向にあるためマイナスとなることには驚きはないが、大差が見られるようになった5~12月だけで比べるならば7.0%減だ。この5~12月というのは、2021年の出生数に反映される時期にあたる。

【図表1】結婚する人が激減すれば、少子化は加速する一方
出典=『未来のドリル コロナが見せた日本の弱点』(講談社現代新書)

“令和婚ブーム”を割り引いても著しい減り方

次に2021年の出生数の激減を決定づけるもう1つの要因の婚姻件数の減少だが、人口動態統計月報年計(概数)によれば、2020年は前年比12.3%もの大激減であり、戦後最少の52万5490組にとどまった。

なぜ、婚姻数が翌年の出生数を占う材料となるかといえば、日本の場合には結婚と妊娠・出産とが強く結びついているからだ。非嫡出子の割合は2.33%(2019年)と各国と比べて極めて低い水準にある。結婚したカップルのすべてが子供をもうけるわけではないが、婚姻件数の減少は翌年の出生数の減少に色濃く影響する。

前年の2019年は改元に伴う「令和婚ブーム」もあって婚姻件数が7年ぶりに増加した。そうした特殊要因があったことを割り引いても減り方が著しい。

政府の想定より“18年”早い出生率の下落

妊娠届け出数や婚姻件数の減少からして、2021年の出生数の激減は間違いないが、どれぐらいの水準まで落ち込むのだろうか。

河合雅司『未来のドリル コロナが見せた日本の弱点』(講談社現代新書)
河合雅司『未来のドリル コロナが見せた日本の弱点』(講談社現代新書)

コロナ禍の影響をさほど受けなかった2020年が過去最少を更新して84万832人になったことを踏まえれば、80万人割れは確実視されるところだ。合計特殊出生率も前年より0.02ポイント下がり、1.34となった。厚労省の人口動態統計月報(概数)によれば、2020年は婚姻件数も、前年と比べて12.3%下落した。

もし、これに比例して妊娠件数が1割下落すれば、2021年の年間出生数は75万人程度にまで減る可能性が出てくる。速報値では2021年1〜3月の出生数は、「コロナ前」だった前年同期比9.2%の激減である。

社人研は75万人となる時期を2039年と予想していた。18年も早い到達が現実となったら、2021年は「ベビーショック元年」として、長く歴史に刻まれることとなる。人口減少対策のための「残り時間」を一気に使い果たしてしまうようなものだ。

2022年の70万人割れが視野に

問題はこれで終わらない。出生数の減少は2022年以降も加速を続けそうだからだ。2021年1~3月の婚姻件数は、前年同期間比5.9%減と下落に歯止めがかかっていない。雇用情勢は悪化しており、前年より1割近い減少となったら、2022年の年間出生数は70万人割れが視野に入ってくる。それは2040年代半ばに達すると見られていた水準だ。日本社会は急降下で縮むこととなる。

結婚や妊娠は、個々人の価値観に基づく極めてセンシティブな問題であり、とりわけ「タイミング」が重要である。コロナ禍が収束すれば観光需要などが爆発的に増えることが予想されるが、結婚や妊娠に関しては“ため込んでいた需要”が一気に放出されるようにはならない。

結婚ブームや出産のブームが起きるわけではないのだ。

コロナ禍で“新たな出会い”さえ奪われている

新型コロナ感染症は、人間関係の中で“最も濃厚な関係”を築かなければならない恋愛を難しくする。初めて出会った男女が恋人関係に発展するのに、マスクにソーシャルディスタンスでは無粋であろう。テレワークでは直接の出会いそのものがなくなる。

社人研の「第15回出生動向基本調査」(2015年)によれば、平均交際期間は4.34年だ。今後数年は、「コロナ前」から交際していたカップルが結婚する時期を迎えるが、問題はその後だ。出会いや“最も濃厚な関係”を築く機会を奪われる期間が長期化したら、婚姻件数どころかカップルそのものが激減しかねない。

コロナ禍は収束の目途が立っていない。社会ストレスがかかる状況でセックスレスの傾向が続き、婚姻件数の下落傾向に歯止めがかからなければ、出生数は墜落するように減ってしまう。日本社会は壊滅的な打撃を免れ得なくなるだろう。

2020年、女性の過半数が50歳以上に

少子化が深刻化してきたときにコロナ禍に襲われたことを「最悪の巡り合わせ」と先述したが、最悪である理由はもう1つある。2020年は実際に、女性人口の過半数が50歳以上となったのである。

総務省によれば、2020年10月1日現在の50歳以上の女性人口は概算で3249万人となり、49歳以下人口の3212万人と逆転した。これのどこが問題なのかと疑問に思われる人もいるだろうが、それは日本人がいよいよ本格的に“絶滅への道”を歩み始めたということに他ならない。多くの女性は40代で出産を終えるからだ。合計特殊出生率が、母親になり得る年齢を15~49歳として計算されているのもこのためだ。

日本の少子化は、「過去の少子化」の影響で女児の出生数が減り続けてきたという構造的問題として起こっている。女児は十数年後には出産可能な年齢となるが、女性人口の過半数が50歳以上となったのも、女性の超長寿化と同時に女児の数が極端に減ってきたことが要因だ。ニワトリと卵のような関係であり、50歳以上の割合はどんどん拡大していく。

多くの国民が新型コロナウイルスの感染拡大に目を奪われているうちに、日本は致命的な局面を迎えていたのである。

少子化はいったん加速しはじめると、そのスピードを緩めることは難しい。“ため込んでいた需要”が一気に放出されるようにはならないと先に述べたが、日本のような晩産・晩婚社会ではなおさらだ。年を重ねてからの1年や2年の違いは大きい。結婚や出産のタイミングが1年遅くなるだけで、「子供は1人でよい」とか「3人目は諦めよう」となる。

コロナ禍で露見した“日本社会の老化”

このように少子化が加速することの影響は将来に向けて果てしなく広がっていく。私が先に、現時点での傷はまだ浅いが、何年か後に「国家の致命傷」として多くの人が気づき、そうなってからでは手遅れだ、と述べたことの意味をご理解いただけただろうか。

さらにもう1つ、気がかりな点がある。婚姻件数の減少という“現時点での浅き傷”は、「社会の老化」に密接につながっていることだ。

出生数が減るスピードが速いほど高齢化率の上昇ペースも速くなり、社会としての若さを急速に失う。われわれは「社会の老化」の真の怖さをもっと知っておく必要がある。

犬を連れて散歩する日本人シニアカップル
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得体の知れぬ感染症に身構えるのは自然のことだが、その正体が徐々に明らかになってもなお、必要以上に警戒したために、日本は活力を一気に失った。それは、結果的に将来に対して大きな禍根を残す。

個々人と同じで、「若さ」を失った社会は新たなストレスや変化に弱いものだが、コロナ禍における日本社会の姿は“社会パニック”に近く、国家が年老いたことを感じるに十分であった。欧米各国に比べて圧倒的に感染者数が少ないのに、上を下への大騒ぎとなり、政府の対策は後手に回った。

不妊治療への健康保険適用は効果的か?

もとより政府は少子高齢化と真剣に向き合おうとしてこなかった。人口減少が始まってもなお、拡大路線の政策を取り続けてきた。コロナ禍で出生数の減少スピードが加速し始めても危機感は乏しく、菅義偉政権が打ち出した政策といえば、不妊治療への健康保険適用範囲の拡大や育休取得の充実といった程度だ。これらが重要でないとは言わないが、日本が置かれている状況を考えるとあまりにもスケールが小さい。

しかも、その政策効果は限定的である。不妊治療費の自己負担が減れば、経済的理由から断念する人が減って出生数増につながるとの思惑が政府内にはあるようだが、治療を受ける人の数や1人当たりの治療機会が多くなったからといって、妊娠に結びつく確率が比例して大きくなるわけではない。

不妊の要因は1つではないが、一般的に年齢が上がるにつれて妊娠しづらくなる。不妊に悩む人が増加した背景の1つに「晩婚・晩産」が進んだことがある。この点に手を付けず、自己負担だけ軽減してみたところでどれだけの効果があるか分からない。

先述した通り、日本の少子化は「出産可能な女性」が激減してしまう構造的要因にあり、これについてはもはや手の打ちようがない。だが、コロナ禍に伴って出生数の減少が加速した状況を食い止め、そのスピードを遅くすることはまだやり得る。これをやり過ごしたならば、日本の滅亡はわれわれが考えるよりもはるかに早く訪れる。