人間関係や職場環境、コロナ禍による在宅勤務など、さまざまなストレスから心身をわずらい、休職する人が増えています。「“正しく”休めば順調に回復して復帰できるはずなのに、うまく休めなくて長引く人が多い」と話すのは産業医の井上智介さん。メンタル不調で休職してから復帰するまでの過ごし方や長引く原因について解説してもらいました――。
体調の良い母親
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治療の第一歩は「頭を休ませる」

意外と知られていないのですが、そもそもメンタル不調で休む目的とは何でしょうか。それは「頭を休ませること」です。

といっても、この現代社会で頭を休ませることは難しく、どうしたらいいのかわからないという人が多いものです。頭を休ませるとは、簡単にいうと「自分の欲求のままに過ごす」ということです。

うつ病や適応障害などで心身に不調をきたし、生活に支障が出ている人には、2つの時期に分けて休み方をアドバイスしています。僕はこの2つの時期を「ダラダラ期」と「活動期」と呼んでいます。

欲求のおもむくままダラダラ過ごす

休み始めた初期の段階は、ダラダラ期です。まさに自分の欲求にしたがってダラダラと過ごすことが大事です。夜、寝られなければ寝なくていいし、昼に寝たければ昼寝をしたらいい。夜中にコンビニに行きたかったら行けばいいし、ポテチを食べたかったら食べればいいし……という感じで、自分の欲求どおりの行動を、素直に自分に与えることが、何よりも頭を休ませる方法となります。

結局、僕たちは「朝、眠いけれど頑張って会社に行く」とか、「ポテチを食べたいけれど太るからやめておこう」とか、欲求にあらがって生活していることがほとんど。そこを解除させることから始まります。

そうやって日々、ダラダラと過ごし、しばらくすると、何となく生活リズムができてきます。僕はこの生活リズムを、「いわゆるサラリーマンの休日みたいな感じ」と表現しています。たとえば、何となく朝8時ぐらいに起きて、朝ごはんを食べて、のんびりダラダラと新聞やテレビを見て、気がついたらお昼になって、お腹が空いたら昼ごはんを食べて、午後からは買い物したり、昼寝をしたり、好きなことをしたら「もう7時か! じゃあ晩ごはんを食べよう」と。それからテレビを見て、お風呂に入って、11時ごろに眠くなって「寝ようかな」となる。

こんなふうに、起きる時間、ごはんの時間、寝る時間が、比較的常識的な範囲におさまるようになると、空いている時間に自分の好きなことやしたいと思うことができるようになります。そうなれば、ぼちぼち「活動期」に移行します。

リハビリで復職に備える「活動期」

活動期は、ある程度、会社に行くことを想定したリハビリ期間のようなもの。ただ、骨折後もそうですが、どんな疾患もリハビリ期間がいちばんしんどい。メンタル不調の場合も、ここが最もきつい山になります。

このリハビリ期間中の目標が「体力」「集中力」「思考力」を回復させることです。まず重要なのが「体力」。体力がないと、せっかく復職しても、月曜日から金曜日まで通勤できません。木曜日、金曜日まで体力が持たず、つらくなってまた調子をくずしかねません。ダラダラ期に体力は落ちているので、この時期に取り戻すことが大切です。

具体的には、曜日と時間を決めてウォーキングをすることをおすすめしています。誰かとおしゃべりするのが難しいぐらいの、早歩きのペースで、週に1~3回。最初は15分ぐらいを目標にします。ポイントは暑い日も雨の日も、どんな日も、自分で決めた曜日と時間に休まず行うことです。

というのは、これは会社に行くためのトレーニングだからです。「暑いから行かない」「雨だから行かない」というのは、会社では許されません。どんなに面倒でも欠かさないことです。慣れてきたら、回数を増やしたり、時間を長くしたりして、体力をアップさせていきます。そして毎日1時間以上できるようになるのが目標です。

「集中力」「思考力」に関しては、仕事に関する書類や本で勉強することをすすめています。そこで、仕事に関連する書類や本に触れたときに、頭痛や吐き気がしないか、体に強い拒否反応がないかを確認します。

勉強する場所は、できれば会社の近くの図書館やカフェが望ましいですね。会社の近くまで行くことで、通勤の訓練になりますし、椅子に座って書類を読んで、自分がどれぐらい集中できるかを確認できます。まず目標としては半日。机に向かって半日勉強できたら、だんだんと復職に近づいています。

ノートパソコンを使う女性
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長引く原因は「ダラダラ過ごせない」から

ダラダラ期から活動期を経て、復職に向かうこの道のりは、早い人は早いけれど、長引く人は長引く。かなり個人差があります。長引く原因の多くは、ダラダラ期をうまく過ごせていないことにあります。

ダラダラ期をうまく過ごせていないと頭は疲れたまま。その状態で活動期に入っても、何も続かないし焼け石に水です。まずは頭を完全に休ませてリセットしないと、集中力も思考力も戻ってきません。

真面目な人ほど難しい

ダラダラ期をうまく過ごせない原因は、大きく2つあります。

ひとつは本人の性格です。そもそもメンタル不調になる人は、真面目で責任感の強い人が多く、「明日からダラダラしよう」と言ったところで、なかなかできません。休んでいるのに「会社のリズムを崩さないように」と目覚まし時計をセットしている人もいます。また真面目な性格なゆえに、いろいろなサイトや本を調べて「午前中に朝日を浴びたほうがいい」「外に出たほうがいい」と、体に鞭打って頑張ってしまう人も多いです。

でもダラダラ期は、ダラダラするのがいちばんの目的。自分で何かしたいという欲求が出てくるのを待っている時期なので、無理に何かしようとする必要は全くありません。「さすがに家にずっといると息苦しいな」と思った時になって初めて、外に出ればいいだけの話なのです。

ただ真面目な人にこういう話をしても、「昼夜逆転してダメ人間になってしまうんじゃないか」とすごく心配されます。しかし人間には体内時計がありますから、一度、昼夜逆転しても必ずいつかは戻ります。だから、それほど心配する必要はないのです。大型連休などで、ほぼ昼夜逆転になったけれど休みがあけてしばらくしたら元に戻った、という経験のある人も多いはずです。

家族が足を引っ張ることも

ダラダラ期をうまく過ごせない、もうひとつの原因は家族です。治療の一環として家でダラダラしているのに、家族から「そんなにダラダラしていると、会社に戻れないよ」と言われて、休むことがままならなくなるパターンです。

特に30~40代の女性の場合、パートナーがこうした事情を理解せず「俺は働いているのに、そんなにダラダラしていて復帰する気はあるのか」と、きつくあたられることがあるようです。またお子さんを抱えていると、自分自身も「休んでいるんだから、育児ぐらいちゃんとしないと」「私がだらだらしていると子どもにも悪い影響があるのでは」とプレッシャーを感じてゆっくりと休めず、結果的に回復に時間がかかってしまうことがあります。

こういった場合は、できれば子どもをパートナーに預けて、自分一人で実家に帰るといいと思います。とにかくダラダラしても自分が生活できる環境があることが重要。治療には実家を含めた家族の協力が不可欠なのです。

それでも、なかなか家族の理解が得られない場合は、外来に患者さんだけでなく、家族の方もいっしょに来てもらいます。そこで僕から「治療のためには、こういう休み方が必要だから、協力してほしい」とお願いします。

ただ、もちろんそのときは「わかりました」と言ってくれますが、実際に家でこちらが伝えた通りに協力できるかどうかは、なかなか難しい。正直、それほど大きくは変わらないという印象ですね。

会社としっかり距離を置く

患者さんが休職したときは、僕たち産業医も休み始めから復帰まで会社と連携をとっていくことになります。

休みに入るときは、基本的に会社から与えられているパソコンやスマホは引き上げて、職場からは距離を取ってもらいます。患者さんがしっかりと休みのスタートを切れるように、会社には2つのお願いをします。ひとつは、会社からの電話連絡はやめてほしいということ。やむを得ない仕事の問い合わせや、さまざまな手続きなどで、会社から本人に連絡をせざるを得ない場合はありますが、電話ではなく、メールか郵送にしてくださいと頼みます。

もうひとつは、会社とのやりとりの窓口を一本化することです。社内のさまざまな人からあれこれ連絡がきては、全く休みになりませんので、絶対にやめてほしいとお願いしています。

復職先をどう選ぶか

いざ復帰するときは、適応障害など原因がはっきりしている場合は、配置転換をお願いしますが、うつ病など原因が特定しにくい場合は、新しいところに行くと、新しい人間関係や職場環境、仕事内容に慣れなくてはならず、かえってストレスになるため、基本的に前にいたところに戻してもらうようにします。慣れている仕事から再スタートするのが一般的です。

今はコロナ禍による在宅勤務が増えて、月曜日から金曜日まで通う体力がなくても復帰できるようになりました。とはいえ、「在宅勤務=軽減業務」ではありません。そこに気をつけながら、自分のペースで仕事ができれば、在宅勤務から復帰していくのもありでしょうね。

ただ、「メンタルの不調から復帰したばかりの人を、上司や同僚から目が届きにくい在宅勤務にさせてもいいのか、管理ができなくてこわい」と、あえて出社させる会社もあります。そこは会社の考え方次第です。

最近は、どこの会社もメンタル不調に関する理解がすすみ、患者さんに合う方法を前向きに考えてくれるところが増えてきたのはいいことだと思います。