俳優の深田恭子さんが今年5月、「適応障害」と診断されて活動を休止したことで、にわかにこの病名が注目されるようになりました。しかし精神科の現場では「毎週のように聞く病名」であり「決して珍しい病気ではない」と精神科医の井上先生は言います。適応障害とはどのような病気なのでしょうか――。

人間関係が原因で「適応障害」に

先日、僕のところにやってきたのは30代の会社員女性、A子さん。1カ月くらい前から頭痛と倦怠感がひどく、内科を受診したものの原因が特定できず、「ストレス性では」と言われて、精神科にたどりつきました。

A子さんから話を聞いてみると、ストレスの原因は直属の上司にあるようでした。2カ月前の人事異動でやってきたその上司は、とにかく攻撃的。A子さんはもちろん、A子さんの後輩にまで「なんでできないの」「よく今までこれでやってこられたわね」と言いたい放題だそう。

最初はA子さんも、「こういう上司も自分にとって成長の糧になる。ここで頑張ればまた認められるチャンスがくる」とポジティブにとらえていました。しかしある日、A子さんがちょっとしたミスをしたところ、それをきっかけにA子さんに対する当たりがきつくなり、細かいことで毎日のようにしつこく責められるようになりました。そのころから頭痛や倦怠感が強くなり、夜になると「明日もあの人に怒られるのかな」「ミスをしないようにあれもこれもきちんとやらないと」と考えて眠れなくなったそうです。

「また明日も会社にいくのか」と思うとつらくなって体調を崩し、休んだり、遅刻や早退をしたりすることも出てきました。週末は会社や上司に関わらずに済むので比較的元気に過ごせますが、たまたま一緒に食事をした時の写真を、友人がSNSにアップ。その写真が上司に見つかり、「あなた元気そうじゃない。仮病じゃないの?」と言われる始末です。ストレス源の上司から追い打ちをかけられて、A子さんはついに、朝になってもベッドから出られなくなってしまいました。

A子さんは、まさしく「適応障害」です。

頑張りすぎてエネルギー切れ

適応障害とは、ある特定の状況や環境が自分にとって大きなストレスになり、それがキャパシティをこえてしまった結果、頭痛や倦怠感、めまい、動悸、吐き気など、身体の不調につながったり、眠れない、落ち込みやすい、イライラするといった症状となったりする病気です。

症状が進むと、周囲が気付くほどの変化が出てきます。たとえば仕事であれば、仕事に対する積極的な姿勢が見られなくなる、注意力が散漫になってミスを連発するようになる、ひとつの仕事に今までの倍ぐらい時間がかかるようになる、などです。それだけでなく、周りと摩擦を起こす、やたらかみつく、いつも昼休みはみんなで過ごしていたのに、一人にしてほしいと言い出す……、などの変化が表れることもあります。自分で気づくパターンもありますし、「とにかく何かおかしい」「前と行動が変わってきた」と、周りが気づいて受診を勧めることもあります。

憂鬱な女性が頭を抱えて悩んでいる
写真=iStock.com/RyanKing999
※写真はイメージです

いつもニコニコ、元気そうなのに「あの人が?」

適応障害と聞くと、特定の状況や環境に“適応できない”心の弱い人がなるものと誤解されがちですが、実際は正反対です。ストレスの多い状況や環境であっても、あきらめずに適応しようと頑張る人が多い。「自分にとって苦手だからこそ、この人と仲よくしよう」「この場をよくしよう」と一生懸命に無理を続け、いよいよエネルギーが切れて症状が出てきてしまうのです。

職場ではいつもニコニコしていて、つらそうな様子、苦しそうな様子を見せないような人が、突然休むことになって、周りからは「えっ、なんで?」と思われることが多いのです。

実は、いわゆる「五月病」も、適応障害の一種です。新年度の4月に新しい環境になって、そこで適応しようと頑張り、エネルギー切れになるのが5月、6月ごろ。年末年始の休み明けにも多く、2月あたりに適応障害で悩まされる人が増えるという印象はありますね。

うつ病との決定的な違い

適応障害の症状はうつ病と似ていますが、決定的に違うのが「原因がはっきりしている」という点です。

うつ病の場合、振り返ってみて「あれがダメだったのか」と思い当たる節がある人もいますが、これといって明確な原因がわからない人のほうが多いですね。気づいたら朝から調子が悪く、頭の動きも知らない間にどんどん低下しているのがうつ病です。もちろん適応障害がひどくなると、うつ病にシフトすることもありますが、最初の時点で原因がはっきりしているか、していないかが大きな違いになります。

適応障害の原因として多いのは、たとえば上司や同僚などとの関係がうまくいかなくてつらいという、人間関係。そして、ほとんど会話がなく、パソコンの音がカタカタ鳴り響いているだけという無機質なオフィスに耐えられないなど、職場環境が原因となることもあります。

また最近は、テレワークが原因のケースも増えていますね。特に地方から出てきて、都会で一人暮らしを始めたばかりの20代の人たちは、実家に帰れない、地元の友だちもいない、ワンルームという閉塞感のある空間で、画面越しに会社の人とコミュニケーションしているだけでは、やはりしんどくなってきます。

A子さんの場合も、原因は人間関係。この上司がストレス源であることは明確です。A子さんのように30~40代の女性は、上司も部下もいて板挟みに遭うなど、人間関係をコントロールしづらい年代ですから、人間関係が原因で病気を引き起こすことが多いのは事実です。

誤解による二次被害が起きやすい

適応障害のなによりの治療は、ストレス源から離れることです。特定の人間関係が原因であれば、その人から離れる、職場環境が原因ならその職場から離れるということです。時には症状に合わせて薬物治療を行うこともありますが、あくまで対症療法であり、根本的な治療解決にはなりませんので、やはり大元のストレス源を取りのぞくことが大切です。

職場の人間関係や環境がストレスの原因となっている場合、そのストレス源とのつながりを感じているときに症状が出やすいため、平日はずっと症状が出ていても、週末や連休になると元気になることがあります。ですから、A子さんのように「仮病でしょう」と言われて誤解され、二次的に苦しんで症状がさらに悪化するということが多い病気でもあります。

ただし休職して会社とのつながりが薄くなれば、早ければ1~2週間で病状はかなり改善します。長くても2カ月ほどで回復するでしょう。A子さんにも、「いったん休みましょう」と休職を勧めました。

休んだ後は新しい環境に復帰

2週間休み、かなり落ち着いたので、いざ職場復帰することになりましたが、だからといって同じ場所に戻ると、また同じ症状が出るだけです。そこで復職の前に、僕から会社に配置転換をお願いしました。そしてA子さんは全く別の部署で新しいスタートを切ることになりました。

このように、産業医から会社に患者さんの配置転換をお願いすることはよくあることです。ただ会社としては配置転換したあとに、また同じことが起こっては困ります。ですから、「原則1回きり」という約束のもとで配置転換するのがスタンダードです。

ただ、大企業だと部署を異動できますが、少人数の中小企業だとそうもいきません。その場合は、例えば指示系統がダイレクトにいかないように、本人とストレス源の上司の間にほかの人に入ってもらい、その人から指示を出すようにしてもらってストレス源の上司との直接のやりとりがなくなるようにしてもらいます。

テレワークがストレス源の場合は、テレワークをやめてもらうようにします。現状、多くの会社では政府の推奨する「在宅7割、出社3割」としているところが多いので、出社3割のほうになんとか入れてもらい、なるべく出社できるように会社に要請します。

健康第一でキャリアプランを考える

パワハラに近い行為で周囲にダメージを与えている上司の方ではなく、自分が異動することについて、A子さんは「なんで私のほうが……」という思いもあったようですが、とにかく自分の健康が最優先です。新天地で気持ちも新たにやっていくほうが健康的ですし、何よりも治療になります。

第44回エランドール賞の授賞式にゲストとして登壇した女優の深田恭子さん(東京都新宿区の京王プラザ)
第44回エランドール賞の授賞式にゲストとして登壇した女優の深田恭子さん(東京都新宿区の京王プラザ)写真=時事通信フォト

なかには「異動することでキャリアに傷がつくのでは」と心配される方もいますが、では元の場所に戻るのかというと、それも難しい。元の職場に戻ったけれど、また体調を崩して配置転換を希望する人もいますし、退職してしまう人もいます。

思い切って転職というのも、選択肢としては十分にありです。やはり健康第一なのは間違いありませんので、そういった選択肢も持ちながら、キャリアプランを考えていただければいいかなと思います。

適応障害は誰がなってもおかしくないですし、どこにいてもなり得る病気です。深田恭子さんがそうだったかはわかりませんが、周りに気をつかって頑張ってしまう人ほどなりやすいので、ストレスがたまって肌が荒れる、頭痛がするなど、少しでも身体的な症状が出てきたら早めに産業医に相談するといいですね。そうすれば配置転換してもらうか、もう少し様子を見るか、建設的に話ができると思います。