ASD(自閉症スペクトラム障害)と診断された銀河さんはかつて、製薬会社で営業(MR)として働いていましたが、1年でうつ病を発症。復職してからは、発達障害の特徴の一つである「こだわりの強さ」を活かす工夫をし、営業成績2位を挙げるまでになりました――。

※本稿は、銀河『「こだわりさん」が強みを活かして働けるようになる本』(扶桑社)の一部を再編集したものです。

目標達成
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パターン化して覚えてしまう

人一倍強いこだわりを持つ発達障害の「こだわりさん」が、仕事と向き合うとき、最初に重要視するべきは「パターン化」だと私は思います。こだわりさんに多いのは、臨機応変な対応が大の苦手という人。でも、一方で、起こった出来事の中からルールや法則を見いだして、それを記憶し、反復することは大得意です。

仕事の際も、「こういうシチュエーションはこうやって対応すればいい」とパターン化をしてそれを反復してしまえば、ミスは格段に減ります。

仕事によって、仕事相手や任される仕事の内容、納期などが変わってくるので、仕事をパターン化することなど不可能ではないかと思う人もいるでしょう。たしかに厳密に言えば詳細は違いますが、大まかにとらえれば仕事はそこまで臨機応変さが求められるものではありません。ただし、とにかくパターン化すれば良い、というわけではなく、どうパターン化するか? が非常に重要になってきます。

「商品説明オンリー」で失敗続き

私自身が製薬会社のMRという営業職で働いていた初期の頃は、いつも失敗ばかりでした。営業の仕事は自社の製品を知ってもらい、買ってもらうこと。それ以外のことは不要だし、無駄だと思っていたからです。その工程を単純化すれば「病院に行く→担当のお医者さんに会う→薬をすすめる→気に入ってもらったら、その薬を導入してもらう」という流れだけが必要だと思っていたのです。

だから、病院に営業に行って、担当の先生に会うと、まず開口一番に「先生、こういう商品があります。ぜひご検討いただけませんか?」と商品を売り込むことから始めていました。

しかし、先生からは「帰ってくれる?」と冷たい一言。ときには、無理に先生を引き留めて、商品の説明を延々と続けてしまい、クレームに近いお叱りを受けたこともありました。私自身としては、「自分はただ商品の良いところを知ってもらおうとしただけなのに、なんで怒られるんだろう? 先生も忙しいから、単刀直入に話をしただけなのに……」と、納得がいかない思いでいっぱいでした。

しかし、自分は失敗続きなのに、周囲の同期たちは徐々に営業成績が上がってきていて、新しい契約もたくさん取っています。優秀な同期に囲まれつつ、「これはやばい! やり方を変えなくては……」と焦ります。そこで、周囲の先輩のやり方を盗み見てみたり、営業の本を読んだりして、いろいろと考えました。

雑談を組み込んでパターン化

そして、気がついたのは、「自分には『世間話』という工程が抜けていた」ということ。正直、当時の私は、世間話なんてただの時間の無駄だろうと思っていたので、先生方と雑談をしようなどという気は全くありませんでした。ただ、自分では納得していないものの、どんな営業に関連する本であっても世間話の重要性が説かれています。ここまでみんなが「必要だ」と言うのならば必要なはずです。そこで、「自分では無駄だと思っても、とりあえずパターンの中に取り入れてみよう」と決めました。

そのうち、確立されたのが、次のようなパターンでした。

①営業先についたら、まずは、お礼から入る
担当の先生に会ったら、「この前は、うちの薬を入れていただいてありがとうございました!」などのお礼から入る。お礼を言われて嫌がる人はいないので、会って早々から嫌な顔をされる確率が大幅ダウン。
 ↓
②時事ネタや世間話などを持ちだして、アイスブレイクする
「最近はああいう症例が話題になっていますが、こういう噂もあるんですよね」という医療業界の話から、「先生のお子さん、もう今年で受験生ですね。大変じゃないですか?」などプライベートな話まで、振ってみる。
 ↓
③本題の薬の話で営業する
「そして、先生。今回、こういう薬がうちの会社から発売されまして……」と、営業したい薬の話をしてみる。
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④クロージング
相手の機嫌が良い場合は、契約の話を持ち出してみる。
相手の機嫌が悪い場合は、諦めて撤退する。

一度パターンとして取り入れてしまえば、もう後はこちらのものです。特に悩むこともなく、どんどんリピートできるようになりました。「雑談」という工程をパターンに組み込んだおかげで、だんだん成果が上がっていき、改めて「雑談」の威力を思い知ったのです。

医療相談室の医師と患者
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雑談の内容もパターン化

しかし、雑談というものはすごく難しいもので、いまだに私自身も得意ではありません。ただ、雑談のテーマ選びは、努力でなんとかクリアできます。特に、営業時の雑談については、自分の好みは全く無視して、とにかく相手の興味のありそうな話題に特化するようにパターン化していました。

相手の好きな話題をふれば、たいていの人は喜んでくれるので、そのテーマに関する質問を投げかけるだけでOKです。どうやって雑談の内容を選んでいたかというと、私の場合は、毎回先生との会話をメモしていたので、その中から、「この先生は釣りに興味があるんだな」「この先生はお子さんがいて、来年は受験なんだな」などと話題をピックアップしていました。

なお、なぜ私が先生との会話をメモするという大変手間のかかることをしていたかというと、私が問題社員だったために、上司から社内で唯一、「訪問先の先生とした会話を日報に書いておけ」と厳命を受けていたからです。この日報を書くのは非常に手間がかかるので本当に大変な思いをしていました。しかし、今にして思えば、それぞれの先生の好みがわかったのは、この日報のおかげでした。

パターン化すれば自動化できる

私がやっていたように会話のすべてを書き起こすのは大変なので、先生からもらった名刺に、「この先生はネコが好き」「この先生はゴルフに毎週行っている」などと、メモしておくだけでも十分だと思います。

先生と話をしたら、その内容をメモして、そのメモから雑談ネタを拾っておくという行為をパターン化すると、無理なく雑談のネタをピックアップできるはずです。

一度、「この仕事にはこのスタイルを当てはめよう」というパターンを確立すれば、その場で臨機応変に状況を判断しなくても、ある程度は、“自動化”できるので、「このパターンはどうしたらいいんだろう?」と焦ることもなければ、変な行動を取って大きなミスをおかすリスクを大幅に減らすことができます。

「空気が読めないと営業はできない」はウソ

次のポイントは、「相手の機嫌を見計らう」という点です。

その場の空気を読むのが苦手な人が多いASDからすると、「機嫌を見計らう」のは非常に難しい作業です。私自身もそうですが、特にASD気質の強いこだわりさんは、「空気を読んで相手の表情をうかがうのが苦手」な人が多いです。これについては、どんなに頑張って発達障害でない人のように「空気を読もう」と思っても、なかなかうまくいきません。

銀河『「こだわりさん」が強みを活かして働けるようになる本』(扶桑社)
銀河『「こだわりさん」が強みを活かして働けるようになる本』(扶桑社)

私の場合は、空気が読めないことが原因で、上司や先輩にいつも責められていました。しかし、その責められる原因は「空気が読めない」こと自体ではなく「空気が読めないと営業はできない」という固定観念が原因だったと思っています。

営業に限らず、ビジネスをする上でコミュニケーションは必要なので、相手の気持ちを読み取る必要はあります。ただ、「空気を読む」というのは、相手の気持ちをくみ取るスキルのひとつの手段でしかありません。それ以外にも相手の意図を読む方法はあるので、本来は「空気を読む」ことだけが正解ではないのです。

もちろん、空気を読めたほうが楽だし、正直、私もそのスキルはうらやましいです。でも、それができない以上は、別の方法で攻略するしかありません。飛び道具が使えなかったとしても勝負を諦める必要はなく、格闘技を極めて、自分のフィールドに持ち込んで戦えばよいのです。

逆に考えれば、「空気を読む」以外にコミュニケーションを円滑にする手段を探して、パターンとして習得してしまえば、こだわりさんが直面している問題はだいぶ解決されます。

機嫌の読み方もパターン化する

そこで、私がとった手段は、先生たちの機嫌を見極めるのに、「表情、足の向き、ボディランゲージ」という3つのポイントを重視して、パターン化していくことでした。

①表情

笑顔が続いているときは、機嫌が良いので、多少長話をしたり、契約に持ち込もうとしたりしても大丈夫。笑顔がなかったり、口角が下がったりしているときは、機嫌が悪いときなので、案内だけにとどめて、早めにその場から退散する。

②足の向き

心理学的に人間は自分の行きたい方向に足を向ける傾向があると言われています。「早く話を切り上げたい」と思っている人は、足が出口のほうに向いていることが多いと言われるので、先生のつま先が出口のほうに向いているときは、早めに商談を切り上げていました。

③ボディランゲージ

話に興味があるときは、身を乗り出す一方、興味がないときは、背もたれにもたれかかったり、体を引き気味にしたりしていることが多いと言われています。

あとは、「鼻歌を歌っていれば機嫌が良い」「動作が粗いときは機嫌が悪い」などその人個人に当てはまる無数のパターンを記憶することで、クライアントの機嫌を察知するようにしていました。

ごくごくシンプルな手法ばかりですが、意外とこの単純な方法が功を奏して、先生たちからクレームを受けたり、怒られたりすることは減っていき、次第に周囲の同僚たちよりも営業成績が伸びる……という奇跡的な出来事も起こりました。