自動車事故は男性のほうが事故に遭う確率が高い一方で、女性のほうが重症化や死亡するケースが多いそうです。ジャーナリストのキャロライン・クリアド=ペレスさんは「自動車の設計には、長年にわたって女性を無視してきた恥ずべき歴史がある」と指摘します――。

※本稿は、キャロライン・クリアド=ペレス(著)神崎朗子(翻訳)『存在しない女たち:男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。

安全運転
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自動車設計における女性差別

ミネソタ大学の運動生理学の教授、トム・ストッフレジェンは、「女性のほうが男性よりも乗り物酔いになりやすいのは、この分野の研究者なら誰でも知っています。」と語る。「女性の姿勢の傾きは月経周期によって変化する」というエビデンスも発見した。

私はストッフレジェンの研究結果にはわくわくすると同時に、怒りを覚えた。

なぜならこれは、私が調べているもうひとつのデータにおけるジェンダー・ギャップの問題すなわち、車の設計にも関わってくるからだ。

座っているときでも、体は揺れている。

「スツールに座っている場合は、ヒップのあたりが揺れています」ストッフレジェンは説明する。

「椅子に背もたれがある場合は、首の上にある頭が揺れています。揺れを取り除くにはヘッドレストを使うことです」

その瞬間、私の頭に疑問が浮かんだ。もしヘッドレストの高さや角度や形状が体に合っていなかったら、いったいどうなるんだろう?

女性はただでさえ乗り物酔いをしやすいのに、車が男性の体格に合わせて設計されているせいで、車酔いがよけいにひどくなるのでは?

私はストッフレジェンに疑問をぶつけた。

「そうですね、おおいにありうるでしょう」。彼は答えた。

「ヘッドレストの高さなどが合っていなければ、安定性の質がね……そういう例は初耳ですが、いかにもありうる話だと思います」

だがここでまた、データにおけるジェンダー・ギャップにぶつかる。車のヘッドレストが女性の体格を考慮して設計されているかどうかを確認できる研究は、どうやら皆無のようなのだ。だが、それも予想外ではなかった。自動車の設計には、長年にわたって女性を無視してきた恥ずべき歴史があるからだ。

自動車事故の死亡率の男女差

男性は女性よりも自動車事故に遭う確率が高い。つまり、自動車事故における重傷者の大部分は男性だ。ところが女性が自動車事故に遭った場合は、身長、体重、シートベルト使用の有無、衝突の激しさなどの要素を考慮しても、重症を負う確率は男性よりも47%高く、中程度の傷害を負う確率は71%高い。

さらに、死亡率は17%高い。これらはすべて、車がどのように、そして誰のために設計されたかに関係がある。

運転するとき、女性は男性よりも前のめりになりがちだ。その理由は、女性のほうが平均的に身長が低いからだ。

両脚がペダルに届くように前に出す必要があるし、ダッシュボードを見渡すには背筋を伸ばして座る必要がある。しかし、これは「標準的な座席の位置」ではない。女性たちは「適所を外れた」ドライバーなのだ。標準から外れているということは、正面衝突の際に内臓損傷を負うリスクが高くなるということだ。短い脚をペダルへ伸ばすことで、ひざやヒップの角度も損傷を負いやすくなる。基本的に、すべてがまちがっているのだ。

交通事故で傷付いた車体
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さらに追突に関しても、女性のほうが負傷のリスクが高い。女性は首や上半身の筋肉が男性よりも少ないため、むち打ちに弱いのだが(最大で3倍も弱い)、車の設計のせいで、さらに負傷しやすくなる。

スウェーデンの研究では、いまの車の座席は固すぎて、衝突の際に女性の体を保護していないことが明らかになった。女性のほうが体重が軽いため、椅子の背もたれが機能せず、女性の体は男性よりも速いスピードで前方に投げ出されてしまうのだ。こんなことが起こってしまう理由は単純だ。

衝突テストは「男性前提」でしか行われていない

自動車の衝突安全テストに用いられるダミー人形は、「平均的な」男性の体格にもとづいているからだ。

衝突安全テストにダミーが初めて導入されたのは1950年代のことで、それから数十年のあいだ、約50パーセンタイル[100人中、下から数えて50位くらい。つまり平均的]の男性にもとづいていた。最も一般的なダミーは、身長177センチ、体重76キロ(どちらも平均的な女性をかなり上回っている)で、筋肉量比率や脊柱も男性にもとづいている。1980年代の初めには、研究者たちのあいだで、規制試験においては50パーセンタイルの女性ダミーを含むべきではないかという意見も出たが、その提案は無視された。アメリカの衝突安全テストで女性のダミーの使用がようやく始まったのは、2011年のことだ。ただし、これから見ていくとおり、そのダミーが「女性」と呼べるものかどうかは疑わしい。

妊婦においては有効なシートベルトさえ開発されていない

妊婦をめぐる状況はさらにひどい。妊婦のダミーは1996年から製造されているが、アメリカでもEUでも、政府は衝突安全テストにおける妊婦ダミーの使用を義務付けていない。それどころか、自動車事故は母体外傷による死産の原因の第1位であるにもかかわらず、妊婦に有効なシートベルトさえ開発されていないのだ。

キャロライン・クリアド=ペレス(著)神崎朗子(翻訳)『存在しない女たち:男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』(河出書房新社)
キャロライン・クリアド=ペレス(著)神崎朗子(翻訳)『存在しない女たち:男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』(河出書房新社)

2004年の研究は、妊婦も標準型シートベルトを装着すべきだと示唆しているが、妊娠後期の妊婦の62%には標準型シートベルトはフィットしない。また3点式シートベルト[腰の左右と片方の肩の3点を支えるもの]を妊婦が大きくなった腹部(妊娠子宮の膨らみ)を横切るかたちで装着した場合は、1996年の研究で明らかになったとおり、腹部の下の、腰骨のできるだけ低い位置でベルトを装着した場合にくらべて、力伝達が3〜4倍に上昇するため、「致命傷のリスクも上昇する」。

また標準型シートベルトは、妊婦以外の女性たちにもあまりよくない。女性は胸の隆起があるため、多くの場合は装着のしかたが「不適切」になり、負傷リスクが上昇する(だからこそ男性の縮小型ではなく、ちゃんとした女性のダミーを設計すべきなのだ)。さらに、妊娠によって変化するのは腹部だけではない。胸のサイズも変化するため、適切な装着はますます難しくなり、シートベルトの有効性は低減してしまう。この問題もやはり、女性のデータがあるにもかかわらず、無視され続けている典型的な例だ。必要なのは、完全なデータを使用して自動車を徹底的に再設計することだ。そのためにも、実際の女性の体格にもとづいてダミーを製作すればよいのだから、簡単な話だろう。

女性ダミーの導入により安全性の評価が急落

以上のようなデータ・ギャップはあるとはいえ、アメリカでは2011年に衝突安全テストに女性ダミーを導入したことによって、自動車の安全性の星評価が急落した。『ワシントン・ポスト』紙の記事によれば、ベス・ミリトーと夫は、4つ星の評価が決め手となって、2011年型のトヨタのシエナを購入した。ところが、思わぬ誤算があった。ミリトーは「家族で外出するときは」助手席に座ることが多いのだが、助手席の安全評価は2つ星だったのだ。前年モデルでは、助手席(男性ダミーでテストされた)は最高評価の5つ星だったが、助手席のダミーが女性ダミーに切り替わったことで、時速約56キロの正面衝突の場合、助手席の女性の死亡もしくは重症リスクが20〜40%になることが明らかになった。

『ワシントン・ポスト』によれば、このクラスの自動車における平均死亡率は15%である。

米国道路安全保険協会の2015年報告書では、「自動車設計の改善により死亡率低下」という見出しが躍っている。喜ばしいことだ。新しい法律の効果だろうか? それはありえないだろう。報告書には、まぎれもなくつぎの一文が存在する。「ほかにも乗車人員がいたかどうかは不明のため、死亡率はドライバーのみの死亡率である」

これはデータにおける甚だしいジェンダー・ギャップだ。

女性ダミー導入の意味がない“死亡率”

男女が一緒に車に乗るときは、男性が運転することが多い。したがって、運転席以外のデータを収集しないのは、女性のデータを収集しないのと同じことだ。

すべてが腹立たしいほど皮肉なのは、男性は運転席、女性は助手席というのが当たり前になりすぎて、衝突安全テストでは運転席には男性ダミー、助手席には女性ダミーを設置するのがいまだに一般的であることだ。したがって、運転者の死亡率しか含まれていない統計データには、衝突安全テストに女性ダミーを導入した効果はまったく表れていない。結論として、あの見出しはもっと正確にこう書くべきだろう。

「自動車設計の改善によって、男性が座ることが多い運転席における死亡率は低下したが、女性が座ることが多い助手席における死亡率については不明である。ただし、自動車事故における死亡率は、女性のほうが17%高いことはすでに明らかになっている」

歯切れがやや悪くなるのは否めないが。

運転者以外のデータは回収されていない実態

傷害防止および安全促進の研究を行うセーフティ・リット(SafetyLit)財団のデータベースの責任者、デイヴィッド・ローレンス博士に話を聞いたところ、彼は私に言った。

「アメリカのほとんどの州では、警察の事故報告書は研究材料としては使いものになりません」

運転者以外に関するデータは、ほとんど収集されていないのだ。警察の事故報告書は、書面で「データ入力のため契約会社に渡される」ことが多い。

「データの品質チェックはめったに行われませんが、実際に行われたケースでは不備が指摘されています。たとえばルイジアナ州では、1980年代の自動車事故の場合、車に乗っていた人たちの大半は1950年1月1日生まれの男性。事故車のほぼすべては1960年型でした」

もちろん、そんなはずはない。デフォルト設定のままだったのだ。

ローレンスの話では、この問題は「ほかにも多くの州で」明らかになっている。にもかかわらずデータが改善されていないのは、「データ入力の慣行を変えていないから。アメリカ政府は各州に対し、警察の事故報告書を米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)に提供するよう要請しているが、データの品質についての基準も、粗悪なデータを送った場合の罰則も示していない」のだ。

“女性”のデータも取り入れたものづくりを

アストリッド・リンダーは衝突安全テスト用の女性ダミーの開発に取り組んでいる。女性の体格を正確に表現した初めてのダミーとなる予定だ。現段階ではまだ試作品だが、彼女はすでにEUに対し、衝突安全テストにおいて人体測定学的に正確な女性のダミーを使用することを、法律で規定するよう要求している。厳密に言えば、これは実際に法律ですでに規定されている、とリンダーは主張する。法的拘束力のある欧州連合機能条約(TFEU)の第8条には、こう記されている。

「欧州連合はすべての活動において、不平等を撤廃し、男女間の平等を促進することを目指すものとする」

自動車事故の重傷リスクが女性のほうが47%も高いことは、これまで看過されてきた不平等の最たるものだ。

ある意味では、なぜとっくの昔に衝突安全テストにおいて適切な女性ダミーが開発され、その使用が法的に義務付けられなかったのか、理解しがたいものがある。だがいっぽうで、これまで見てきたとおり、設計と計画において、女性や女性の体格がことごとく無視されてきたことを考えれば、まったく驚くには値しない。

スマートフォンの開発から医療技術や調理用ストーブまで、さまざまなツール(モノであれ、金融ツールであれ)が女性のニーズをまったく考慮せずに開発された結果、女性たちに大きな被害を与えている。さらにそのような被害によって、女性の生活には甚大な影響が表れている女性たちは貧困や病気に苦しめられ、自動車事故では命を落としかねない。設計者たちは、すべての人の役に立つ商品をつくっていると信じているかもしれない。だが現実には、おもに男性向けの商品をつくっているのだ。もういいかげん、女性のことも考えて設計をすべきである。