※本稿は、キャロライン・クリアド=ペレス(著)神崎朗子(翻訳)『存在しない女たち:男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。
教科書に女性科学者が登場すると女子の科学の成績が上がる
子どもたちは学校で優秀バイアスを植え付けられるというエビデンスがあるのだから、植え付けるのをやめるのはきわめて簡単なはずだ。実際、教科書に女性科学者たちの画像が掲載されている場合は、女子生徒の科学の成績がよくなることが、最近の研究で明らかになっている。だったら、女子生徒たちに「女性は優秀ではない」と思い込ませるのをやめるには、女性について不正確な事実を伝えるのをやめればいい。じつに簡単だ。
だがいったん植え付けられてしまった優秀バイアスを正すのは、きわめて難しい。優秀バイアスを植え付けられた子どもたちが大人になって働くようになると、それを助長する側になることも多い。通常の採用活動においても大きな弊害が生じるが、アルゴリズム主導の採用活動が増えていくと、問題はさらに悪化するはずだ。なぜなら、私たちが意思決定を任せようとしているコードそのものに、優秀バイアスが無意識のうちに組み込まれているのではないか、と疑うべき理由が十分にあるからだ。
なぜハッカー業界は「男ばかり」なのか
1984年、アメリカのテクノロジー・ジャーナリスト、スティーブン・レビーは、ベストセラー『ハッカーズ』(工学社)を上梓した。登場するヒーローたちはみな優秀で、ひたむきで、全員男性だった。セックスはほとんどしなかった。
「とにかくハックするんだ。ハッカーの掟に従って生きろ。女にうつつを抜かすのが、いかに効率が悪くて無駄なことかよく知ってるだろう。時間が無駄になるし、やたらとメモリを食うしな」と、レビーは語っている。
「女なんて、いまだにまったくわけがわからないよ」ハッカーのひとりはレビーに言った。「(デフォルトで男の)ハッカーが、あんなできそこないに我慢できるわけがない」
そんなふうにミソジニー[女性嫌悪、女性蔑視]を露わにしたくだりから2段落後、それにしてもなぜハッカー業界はほぼ「男ばかり」なのか、レビーはその理由を説明できずに戸惑っていた。
「残念なことに、超一流の女性ハッカーには会ったためしがない」。彼はこう書いている。「その理由は誰にもわからない」
さあ、どうしてかな、スティーブン。ここはひとつ当てずっぽうで考えてみようか。
ハッカー業界の露骨なミソジニー文化と、なぜか女性のハッカーがいない理由との明確な関連性を見出せないレビーは、ハッカーとしての生来の才能に恵まれているのは、男性と決まっているらしいと考えた。
現在、このコンピューターサイエンスの分野ほど優秀バイアスにとらわれている業界は、ほかに思いつかないほどだ。
プログラミングは男の仕事?
「プログラミングが大好きな女子はいないんでしょうか?」
アドバンスト・プレースメント[飛び級]のコンピューターサイエンスの授業を担当している教師たちを対象とする、カーネギー・メロン大学の夏期プログラムに参加した、ある高校教師が疑問を呈した。
「コンピューターが好きでたまらない男子なら、いくらでもいるんですがね」。彼は考えあぐねて言った。「うちの息子はほうっておけば、きっと一晩中プログラミングをしているでしょう、と何人もの親御さんが言っていました。でも、女子でそういうケースはありません」
それは本当なのかもしれない。だが、彼の仲間の女性教師が指摘したとおり、極端な行動に表れていないからといって、女子生徒がコンピューターサイエンスを好きではないとは言えないはずだ。実際、その女性教師は自分の学生時代を振り返って、「大学に入って最初の授業でプログラミングに夢中になった」と語った。でも徹夜はしなかったし、大部分の時間をプログラミングに費やすこともなかった。
世界初の電子計算機のプログラミングを行った女性たち
「徹夜をするというのは、それだけ没頭して夢中になっているしるしですが、未熟さの表れとも言えるでしょう。女子の場合、コンピューターやコンピューターサイエンスへの情熱はもっとちがうかたちで表れます。徹夜のような強迫的な行動を期待するというのは、典型的な若い男性の行動を期待しているんです。なかにはそういう女子もいますが、ほとんどはちがいます」
コンピューターサイエンスへの適性について、典型的な男性の行動を当てはめようとするのも妙な話だ。じつは、かつて女性たちは元祖「コンピューター」として、軍隊で複雑な計算を行っていた。その後、機械のコンピューターが登場して、女性たちに取って代わったのだ。
おもに男性がコンピューター関連の仕事をするようになったのは、それから何年も後のことだ。1946年に登場した世界初の電子計算機、ENIACのプログラミングを行ったのは6名の女性だった。
1940年代から50年代において、プログラミング業務を担当していたのは女性たちだったのだ。
女性は「生まれつき」プログラミング向き
1967年には『コスモポリタン』誌で「ザ・コンピューター・ガールズ」という特集記事が組まれ、プログラミング業務での女性の活躍を促した。
「夕食の準備と同じようなものです」。コンピューター技術者の先駆けであるグレース・ホッパーは語っている。
「まず献立を考え、すべての手順を考え、必要なものはすべてそろえておく。プログラミングには、忍耐力と細かいことに対処できる能力が必要です。女性は『生まれつき』コンピューター・プログラミングに向いているんです」
かつて、プログラミングは高い技術を必要としない事務仕事と考えられていた。だがちょうどそのころ、企業側もプログラミングの重要性に気づき始めた。タイピングやファイリングとはちがって、プログラミングには高度な問題解決能力が求められる。そして、客観的な現実よりも優秀バイアスが勝ったために(すでにプログラミングを行っていた女性たちには当然、スキルがあった)、業界のリーダーたちは男性を対象にトレーニングを開始した。やがて開発されたのが採用ツールで、これは客観的に見えながら、じつは女性に不利にできていた。
女性に不利な採用テストが「典型的なプログラマー像」をつくった
現在、大学で広く実施されている授業評価と同じように、採用時に実施されるこれらのテストは、「求職者のステレオタイプな性格分析しかできず、職務への適性については見えてこない」と批判の声が上がっていた。こうした採用ツールができたのは、データにおけるジェンダー・ギャップのせいなのか(探し求めている性格の特徴自体が男性偏重であることに気づいていない)、直接差別のせいなのかはわからないが、実際に男性に有利にできているのは否定しようがない。
「細かいニュアンスに欠け、特定の問題への対処能力」しか測れない多肢選択(マークシート)式の適性テストは、数学の雑学的知識ばかりを問うもので、当時の業界のリーダーたちでさえ、プログラミングとはあまり関係がないのではないかと思うようになっていた。そのようなテストでわかるのは、当時の男性たちが学校で習得した数学のスキルくらいだ。あとは、求職者がどれだけ人脈に恵まれているかもよくわかった。というのも、適性テストの回答は大学の友愛会やエルクス・ロッジ(アメリカを拠点とする友愛会)など、男性限定のネットワークで出回っていたからだ。
かくして、典型的なプログラマー像が形成されていった。
「典型的なプログラマー像」が生んだ採用の偏り
広く引用されている1967年のある論文では、「人びとに対する無関心」や、「人との密接な交流を要する活動」を毛嫌いすることなどが、「プログラマーに顕著な特徴」であると指摘している。その結果、企業はそういう人物を探し出し、そういう人たちが当時のトッププログラマーになった。典型的なプログラマー像は、自己充足的予言となったのだ。
となれば現在、採用プロセスへの導入が進んでいる秘密のアルゴリズムのおかげで、そうした密かな偏見がふたたび増長しているとしても、驚くべきことではない。
アメリカのデータサイエンティストで、『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』(インターシフト刊)の著者、キャシー・オニールは、『ガーディアン』紙の記事において次のように説明している。テクノロジー業界専門のオンラインプラットフォーム「ギルド(Gild)」(現在では投資ファンドのシタデルに買収され、傘下となった)を利用している企業は、求職者の「ソーシャル・データ」を綿密にチェックすることで、履歴書に書かれた以上の情報を入手していると説明した。
つまり、求職者たちがオンラインで残した足跡をたどるのだ。このデータは求職者たちを「社会資本」(ここでは、あるプログラマーがそのデジタル・コミュニティにとってどれほど不可欠な存在かを示すもの)によってランク付けするのに使用される。これは「ギットハブ(GitHub)」や「スタック・オーバーフロー(Stack Overflow)」などの開発プラットフォームにおいて、コードの共有や開発にどれだけ時間を費やしたかによって、測定することができる。だが、「ギルド」がふるいにかける膨大なデータから見えてくるのは、それだけではない。
ウェブでマンガを読むこともプラス要素に
たとえば、ギルドのデータによれば、ある日本のマンガのウェブサイトをよく見ているのは、「優れたプログラミング能力を示す有力な判断材料」となる。したがって、このサイトをよく見ているプログラマーは、高評価を獲得する。なかなか面白いが、オニールも指摘しているとおり、そういうことで高評価を与えるのは、ダイバーシティを重要視している人なら警戒すべき事態だと思うはずだ。女性たちは世界の無償労働の75%を担っており、マンガのことでオンラインチャットで盛り上がっている暇はないはずだ。さらにオニールは、「テクノロジー業界の例にもれず、もしそのマンガのサイトの訪問者も男性ばかりで、性差別的な発言が目立っているとすれば、テクノロジー業界の大勢の女性たちは、たぶんそんなものは見ないでしょう」と述べる。
もちろん、ギルドは女性を差別するアルゴリズムを意図的に開発したわけではない。彼らが目指したのは、人間の偏見を取り除くことだった。しかし、そうした偏見がどのように作用するかを認識していなければ、そして、データを収集したところで科学的根拠にもとづいた方法を構築しなければ、旧弊かつ不公平な体制を助長してしまうだけだ。女性の生活は男性の生活とは異なることを考慮しなかったことで、ギルドのプログラマーたちはそれとは気づかずに、女性に対する偏見の含まれたアルゴリズムを考案してしまったのだ。
「科学」を重視すれば採用の偏りはなくなる
テクノロジー業界が性別に区分されたデータをなぜそれほど恐れているのか、その理由は完全にはわかっていないが、実力主義の信奉と何らかの関係があるはずだ。実力主義を掲げてさえいれば「優秀な人材」を獲得できるなら、データに何の意味があるだろう?
いわゆる実力主義の企業や組織が、そんな主義を信奉するより科学を重視していれば、エビデンスにもとづいた解決策を利用していたはずだ。
データはちゃんと存在するのだから。
たとえば、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)による最近の研究では、雇用におけるクオータ制[一定数を女性に割り当てる制度]はよくある誤解とは正反対に、「不適任の女性の採用を助長することはなく、むしろ能力のない男性を除外する」のに役立っていることが明らかになった。
「女性採用」を意識しないと優秀な人材を見落とす実態
また企業や組織は、採用プロセスに関するデータを収集・分析すれば、自分たちの採用プロセスが実際にジェンダー・ニュートラルなものであるかどうかを検証できるはずだ。まさにそれを実行したマサチューセッツ工科大学(MIT)は、30年間以上ものデータを分析した結果、女性教員たちが「通常の学科ごとの採用プロセス」では不利な立場に置かれていることや、「従来の人事委員会の部門ごとの採用方式では、傑出した女性の候補者はおそらく見つからない」ことが明らかになった。
人事委員会が各学科長に対し、とくに優秀な女性の候補者たちの名前を挙げるよう、具体的な指示を出さないかぎり、学科長らは女性の名前を挙げないのだ。女性の候補者を見つけるために特別な努力が払われた結果、採用された女性たちの多くは、それほど強く推されなければ応募しようとは思わなかったはずだ。LSEの研究結果と一致するように、そのMITの研究では、女性を採用するために特別な努力が払われた際には、採用基準を下げるようなことはなかったことが明らかになった。「それどころか、採用された女性たちは、男性の候補者たちよりも優秀だったほどだ」。