変化に対応できなくなる“おじさん化現象”にいかに抗うか。性別や年齢を問わず、普遍的な課題です。ジャーナリストの白河桃子さんが提案するおじさんが変わるための秘策とは――。

※本稿は、白河桃子『働かないおじさんが御社をダメにする』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

ToDoリストを作る男性の手元
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変化への対応力が低いおじさんはどうしたらいいのか。ここではミドルシニア本人に対して、いくつかの提案をしたいと思います。

提案1:おじさんよ、旅にでよ、ワーケーションせよ

APU(立命館アジア太平洋大学)学長の出口治明さんと対談したとき、私は「どうしたら個人の生産性を高められるか?」という質問を出口さんにしたところ、出口さんはこう答えました。「労働時間を2時間×3〜4コマにして、ちゃんと休んで、『人・本・旅』の生活をすることです」と。

「人・本」とは、人に会い、本を読むこと。最後の「旅」は、現場に行くことです。おいしいパン屋さんができたら、行って、買って、食べて、初めておいしさが分かる。脳に刺激を与えなければ、アイデアなんか出てこない。「メシ・フロ・寝る」から「人・本・旅」へのシフトが必要だと、出口さんは力説しておられました。

ここに私がもう1つ付け加えるとしたら、「旅」にワーケーションを入れてもいいでしょう。コロナ下でのリモートワークは「過去の貯金」に依存したものと言われます。前にあったことがある人、すでに関係のできている人とはリモートでもうまくいきます。しかし「過去の貯金を超えて、新しい人とどう出会うか?」という問題が出てきます。そうしないとビジネスが広がらないからです。その解決のヒントが「ワーケーション」にはあります。

場所に縛られず、気分が上がる場所で働く

私もコロナになって初めてワーケーションを南紀白浜と豊岡市で体験しました。ワーケーション先進圏で、聖地とも言われる南紀白浜では、目の前は海という絶好のロケーションの中、ホテルでも街中の施設でもリモートで働く環境が整っています。さらに先進圏には、「地域の人」と交流するポイントも仕掛けられています。場所に縛られず、気分が上がる場所で仕事をし、さらに「新しい交流」から生まれるものがビジネスに還流される。テレワーク嫌いの人こそ、ぜひワーケーションをお勧めしたいです。

提案2:おじさんよ、自分をマネジメントするスキルを身につけよ

「ピーター・ドラッカーはこう言っています。『自分をマネージできない人間は、他人をマネージできない』。マネジャーがマネージしなくてはならない相手はまず、自分自身なんです」

これはドラッカー・スクールの准教授ジェレミー・ハンターさんとの対談で言われた印象的なセリフです。私はハンターさんの「トランジション」という講座を毎年リアル、またはリモートで受けています。

トランジションとは、自分の外側で起こる変化「チェンジ」と対比される、自分の内側(内面)で起こる変化のことです。変化が起きているプロセスのなかで、自分のアイデンティティーや価値観に向き合い、変化に適応しながら、自分自身の考え方や行動が変わっていくことを指します。

50代以上のキレやすい人は、自分をマネジメントするスキルを持とう

このトランジションというテーマは、ぜひ多くの「企業戦士」にこそ知ってほしいと思いました。特に50代以上で、キレやすい人、パワハラしやすい人は、自分をマネジメントするスキルを身につければ、リスクヘッジになります。ハンターさんは、「チームで成果を出す上で、感情や人間関係の質は、生産性に直に影響します」ともいっています。性格だから変えられないとあきらめるのではなく、「スキル」を学べばいいのです。

拳で欲求不満をあらわにするサラリーマン
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特にコロナ下で受けた2020年3月の西海岸からのセミナーは印象的でした。ハンターさんに「今世界はトランジションの中にある。自分自身もトランジションの時は苦しんでいたが、それが当たり前だ」と言ってもらったことで、私も心が楽になりました。「怖い」「不安」という気持ちを受け入れなさい、その感情を無視してしまうと、次のステップに進むことができないから。そう改めて教えていただいたようでした。

大きな変化の中、人間の心は落ち込んだり、高揚したり、浮き沈みを繰り返します。したがって、「トランジション」は大きな振れ幅があるのが当たり前です。その浮き沈みの中で徐々に自分の「レジリエンスゾーン(心が平安でいられる状態)」の幅を広げていく。それはスキルによってコントロールできるのです。

興味を持った人はぜひハンターさんの著書『ドラッカー・スクールのセルフマネジメント教室』(プレジデント社)を読んでみてください。

提案3:おじさんよ、自分のキャリアを取り戻せ

多くの日本企業では「人事権」を持つ企業側が個人のキャリアを握っています。しかし、これからは「自分のキャリアを自分に取り戻す」キャリアオーナーシップが大事です。

白河桃子『働かないおじさんが御社をダメにする』(PHP新書)
白河桃子『働かないおじさんが御社をダメにする』(PHP新書)

先日、『プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本術』(日経BP)の著者で、法政大学キャリアデザイン学部教授の田中研之輔さんと対談する機会がありました。その時に「この本はコロナ前に40代の『キャリア迷子』な人たちに向けて書いたが、コロナ後はすべての人のための課題になった」と言っていました。

プロティアン・キャリアとは、ギリシャ神話に出てくる「思いのままに姿を変えられる神」プロテウスから取った言葉で、社会や職場の変化に応じて柔軟にキャリアを変えていく「変幻自在なキャリア」を意味する、と田中さんは述べています。

私がこの本をお勧めするのは「キャリア迷子」のための「羅針盤」や「地図」になるからです。「こうして転職した」という成功譚がいくらあっても、それはその人個人の物語です。成功した人の書いたビジネス本をいくら読んでも実は役に立たない。その人はあなたではないからです。しかし『プロティアン』では、自分の手にキャリアを取り戻すための「羅針盤」や「地図」が具体的に述べられています。

3つのキャリア資本

ここでは、そんな羅針盤の1つ「キャリア資本」をご紹介します。キャリア資本とは、以下の3つのことです。

1.ビジネス資本(知識・スキル)
2.社会関係資本(人的ネットワーク、コミニュティ)
3.経済資本(いわゆる経済力)

「ビジネス資本」と「社会関係資本」の蓄積は、結果的に「経済資本」に転換される可能性が高いと言います。私も自分のキャリアを分析すると「社会関係資本」(私の場合はNPO法人の若手経営者などとのつながり)から得た知識が、企業のSDGsのアドバイザーをするときなどに役立つことがわかりました。

さらにプロティアン・キャリアの良いところは、「生活」も含めてキャリアと定義しているところです。仕事だけにフォーカスしても、大きな資本は得られない。家族との関係、趣味や地域活動、様々なものが「資本」になるのです。

提案4:おじさんよ、有害なステレオタイプから自由になれ

「男らしさ」というステレオタイプには、有害なものもあります。何よりも男性自身を苦しめ、縛り、「枷」や「呪い」「偏見」のもとになっているものも多い。「男は競争して勝たなければならない」「男は一家を養わなければいけない」「弱みを見せてはいけない」という呪いのせいで、男性は強固な鎧を着たようになっている。脱ごうにも脱げない、硬い鎧です。変化を拒む鎧でもある。それは組織にとっても有害なのです。

こうした「男性性を競う文化」こそが企業不祥事、ハラスメント、有害なリーダーシップなどを産む「組織の機能不全の原因」とする研究があります(※1)。米国とカナダのさまざまな組織で働く数千人の従業員を対象にしたアンケート調査では、組織に悪い影響を与える4つの因子として、次のようなものが浮かび上がってきたとしています(括弧書きは白河が追加した事例)。

1.「弱みを見せてはならない」(スナックのママの前でしか弱音を吐けない男性)
2.「強さと強靭さ」(長時間労働を自慢してしまうメンタリティ)
3.「仕事最優先」(男が育休を取るなんてとんでもない、という価値観)
4.「弱肉強食」(「勝者総取り」という厳しいビジネス環境)

「男らしさ」を競い、「男らしさ」に異議を唱えると仲間外れになるので、必死に仲間のふりをする。そのためにハラスメントや女性差別的な発言もいとわない。しかしそれは企業にとって大きなマイナスであることが示唆されています。

男性性を証明し続けることは、本人が一番しんどい

これら4つの因子の値が高い企業や職場では、イノベーションに不可欠な「心理的安全」が失われる、内部の規範を重視することから、重大なコンプライアンス違反や、セクハラ、パワハラが起きやすい、離職率が高い、メンタル疾患が多いなど、誰にとっても辛い仕事環境になることが予想されます。何よりも組織の戦略やミッションが達成できません。ダイバーシティや女性活躍も、男性性の競い合いを終わらせないと実現できないのです。

そして何よりも辛いのは「男性性を証明し続けなければいけない」男性自身です。ある論文では「男らしさを繰り返し証明する必要性から、攻撃的に振る舞ったり、不当なリスクを負ったり、長時間働いたり、熾烈な競争に身を投じたり、女性(あるいは他の男性)にセクハラをしたりすることがある」とも述べています。トランプが政権交代時にあれほど往生際が悪かったのは、「男性性を証明」することがやめられないからではないか、と思いました。

これらの要素に思い当たる節がある人は、ぜひ「男性性を競う文化」から脱出しましょう。最初の一歩は「男性ウケ」を考えずに行動することです。

[1]ジェニファー・L・バーダール、ピーター・グリック、マリアンヌ・クーパー「『男性性を競う文化』が組織に機能不全を招く」DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年12月14日

提案5:おじさんよ、我に返れ

今の世の中には、キャリアの棚卸しをうたう研修や本などが山ほどあります。しかし、「仕事」のことだけにフォーカスしても本当の「棚卸し」はできません。ある程度年齢を重ねた人は、プライベートも含めて「自分」を見つめ直すことが必要です。

かつて私は、サイゼリヤ人事とNLPインスティテュートのCEOである堀口紫さんが共同で設計した「コミュニケーション研修」を取材したことがありました。これは、サイゼリヤが大きくなる時期を担ってきた主戦力でもある40代の管理職を対象とした2泊3日の研修なのですが、私が印象的だったのは、研修後のシートに、多くの人が仕事ではなく家族のことを書いていたことでした。また「感情」を表現していたことも印象的でした。

「研修から帰宅後、妻に感謝の言葉を伝えたら、驚いていたが、ありがとうと言われた」
「急だったが両親に会おうと連絡した。今会わないと後悔することになりそうだから」
「ストッパーが取れて、自分の中から溢れ出すものがあった」

この3日間で彼らに何が起きたのでしょうか? 変革推進本部PMOの内村さやかさんにこの研修の狙いを聞いたところ、こんな答えが返ってきました。

このままでは、若い世代の離職の元凶になってしまう

「会社のステージが変わり、戦略を変えても、中間管理職層が動かないと戦略が機能しない。フラットな組織にしても、上意下達で動くことに慣れている。だから変わってもらわないといけない。そんな目的意識で始めた研修です」
「この研修の対象は、ボリューム採用層で入社20年ぐらいの人たちです。イケイケどんどんの急成長期を担った社員で、残業も多く店で寝泊りすることもあった世代です。ガッツと体力でその時代を潜り抜けてきた人たちが管理職になり、昭和的な体育会系のコミュニケーションから抜け出しにくい。職人気質で黙々と仕事をする。このままだと若い世代の離職の元凶になってしまうという危機感がありました」

また、研修を受けた社員の側に、この研修で気づいたことを話していただくと、次のようなコメントがあったそうです。

プライベートに立ち返らないと、おじさん化防止はできない

「最初、自分のことを20分話せと言われたが、3分で止まってしまった。でも研修の最終日には、20分では足りないほど話せるようになった」
「全員が協力しないと立てないワークで、不可能と思っていたのに立てるようになった。一人でできることは少しであることに気がついた」
「同じことをやっていても、みんな思いや気づきは違うことがわかった」
「人の話を聞けていなかったことがよくわかった」

座学だけでなく、体を動かすワークなど、様々なNLP(神経言語プログラミング)を応用したワークショップを用い、気づきを言語化し、夜は蠟燭のもとで車座になって語り合う。自分に深く向き合い、自己開示し、人との違いを知り、家族や仲間とのコミュニケーションやつながりの大事さを知る。規格化され、硬い鎧で身を守ってきた管理職たちが、鎧を脱ぎ、一人の人間に立ち返るまでを早回しで見ているような研修でした。

自分と家族の問題に深く向かい合うことは、多分仕事一筋でやってきた人には、どんな仕事よりも難しいかもしれません。しかし、プライベートまで立ち返らないと「おじさん化防止」はできないのです。

自分の感情と向き合い、家族と向き合う

コロナで飲食業界は厳しい状況ですが、内村さんは「研修がなかったら、このコロナをどう過ごしたんだろう? と思うと、心底やっておいてよかった! と思ってます。社員は自分の感情に向き合えるようになったことで、客観的に状況を捉えられるようになっていたと思います。先に研修で感情を耕しておいたことで、余裕時間が増えたなかで年齢なりの成長テーマをつくることもできています」と話しています。

コロナの緊急事態では、学校も休みで、家族と一緒に同じ場所で生活して働くことが増えました。軋轢も増え、内閣府調査では生活満足度は下がりましたが、下がっていない家庭は何が違ったのか? 男性の家事や育児への参加が増えたところは、生活満足度は下がらなかったのです。家族で「Netflix」を見るなど、新しい「絆」も生まれました。

読者の皆さんはぜひ、手遅れにならないうちに、「家族」という最大の資産と向き合ってください。