社会や時代の変化に対応できなくなったミドルシニアは、いつしか「働かないおじさん」となり、新型コロナによってさらなる危機に。ジャーナリストの白河桃子さんは、「働かないおじさん」とは、性別や年齢を問わず「変化を拒む人」の総称だと言い、働かないおじさんと、それをつくりだした日本の雇用慣行は、まさに今、岐路に立たされていると指摘。「おじさんの活躍推進」こそ、重要だと話す――。

※本稿は、白河桃子『働かないおじさんが御社をダメにする』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

公園でブランコに座る中年男性
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コロナで“昭和”が押し流された

コロナ禍で学んだのは、変化をいとわない人間こそ強い。
固定観念にとらわれていては危険な目に遭う。(中略)
「危機」の時代だからこそ、本当の居心地の良さを求めて「変化」が起きるのでしょうね。─オードリー・タン(※1)

新型コロナウイルス感染症の拡大を防ぐため緊急事態宣言が出される中、知り合いの編集者に「最近どうしているの?」と聞く機会がありました。その編集者は、「ほとんどテレワークになりました」と言います。とはいえ、その会社は「超昭和体質」でした。

「そうなんですか! 社内で働き方を変えることへの抵抗はなかったのですか?」と聞くと、「昭和はコロナで押し流されました!」と一言。まさに、昭和の働き方がコロナで否応なしに変わる「働き方のパラダイムシフト」が起きたのです。

事実、2020年3月時点ですでに170万人が「初テレワーク」を体験していたと言います(※2)。緊急事態宣言後に行われた内閣府の7都府県調査では、テレワーク経験は34.6%、東京23区に限っては55.5%でした(※3)

しかしそこで「押し流された」のは、昭和だけではありませんでした。「昭和の働き方」とともにあった生産性の低いミドルシニア・シニア社員、いわゆる「働かないおじさん」層も、ともに押し流されようとしているのです。

テレワークで存在感が消えた働かないおじさん

日本企業における「働かないおじさん」問題は、コロナ前からずっと言われてきたことです。私の友人で大手企業の子会社に勤めている友人がいます。彼の会社には、親会社から出向してきた「働かないおじさん」がたくさんいると言います。

給与体系は本社と同じなので、子会社のプロパーよりはもちろん高い。しかし、それに見合う仕事をしているかというと、「働かないならまだいい。変に存在感を出そうとして、決まったことにいきなり会議で口を出してかえって混乱させるんです」という始末。

そんな彼に、コロナ後に「働かないおじさん」たちがどうなったか聞きました。すると「まったく存在感がなくなりました!」というのです。彼らはオンラインが中心となった会議では発言せずに黙っているので、「いない人」として扱われているというのです。

[1]NHK教育テレビジョン「ズームバック×オチアイ 特別編 ~落合陽一、オードリー・タンに会う~」2020年
[2]パーソル総合研究所「新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査
[3]内閣府「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査

年齢を指定したリストラの嵐も

同じような話はいくらでもあります。テレワーク元年である2020年には、経営層も含めたミドルシニア・シニア社員の多くが、「仕事のリモート化」に苦労しました。「機械音痴でオンライン会議に入れないおじさん」「自分が使いこなせないからと言って、やっぱり会社で会議しようと提案するおじさん」など、枚挙にいとまがありません。

リモートで戸惑っているくらいならよいのですが、「年齢を指定したリストラの嵐」もきています。2018年にNECが45歳以上の社員を対象に3000人の「黒字リストラ」を発表するなど、コロナ前から大手企業もミドルシニア・シニア社員のリストラに着手していました。黒字でもリストラするのは、時代の変化に合わせて組織の新陳代謝を促し、「変わる力」を止めようとしてしまう人たちを切りたいからです。東京商工リサーチによると「2020年に早期・希望退職募集を開示した上場企業は93社にのぼった。募集社数は、リーマン・ショック直後の2009年(191社)に次ぐ高水準。前年の35社から2.6倍増と急増した」とあります。コロナ後は黒字ではなく「赤字リストラ」が5割以上ということです(※4)

仕事を辞めるための箱詰めをするストレスフルなサラリーマン
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岐路に立たされる働かないおじさんと日本の雇用慣行

私は経営層とも話す機会がありますが、本音のところ、多くの経営層が政府に対して「解雇要件をゆるくして自由に社員を辞めさせられるようにして欲しい」と望んでいます。日本は海外と違い、解雇に厳しい。年功序列のメンバーシップ型雇用で、会社が人事権を握る代わりに、簡単に「明日からクビ」というわけにはいかないのが日本の雇用であり、「働かないおじさん」問題を生み出す原因でもあります。

個人としても企業としても、「変化を拒む」ことは「生き残れないこと」を意味します。今までは騙し騙し、なんとか引っ張ってきたものの、コロナで変化のスピードが加速しました。個人としても企業としても「変化すること」が突き付けられています。その中で岐路に立たされているのが、働かないおじさん問題に代表される日本の雇用慣行なのです。

[4]東京商工リサーチ「2020年上場企業の早期・希望退職93社 リーマン・ショック以降で09年に次ぐ高水準」2021年1月21日

組織を蝕む同質性のリスク

ここまでおじさんおじさんと言ってきましたが、これは年齢や性別の問題ではなく、「変化に対応できない人」の総称でもあります。奇しくもコロナは、「テレワーク」「ニューノーマル」といった働き方や暮らし方に対応できるかどうかを通じて、「変化できる人」と「変化に対応できない人」を見分けるリトマス試験紙になりました。

今までも、ダイバーシティ推進、デジタル化、働き方改革など、様々な変化の波がやってきましたが、そのたびに日本の企業は小手先の対応にとどまり、なかなか根本的に変わらない。「みんなで渡れば怖くない」ではなく「みんなで渡らなければ怖くない」とばかりに変化を拒んできました。その中核にいる抵抗勢力、粘土層と呼ばれる人たちが「おじさん」なのです。

変化を拒む層は「同質性の塊」で、そのままでは様々なリスクをもたらします。同質性とは多様性の反対にあるもの。多様性がイノベーションの条件であることはよく知られていますが、私が講演で必ず言うのは「イノベーション以前の問題として、日本企業は同質性のリスクはとてつもなく大きい」ということです。

同質性が生み出す集団的浅慮の恐ろしさ

同質性の最大のリスクは「集団的浅慮」が起きることです。これは集団が個人の総和よりもレベルの低い意思決定をしてしまうことを意味し、社会心理学者のジャニス(1982)が提唱して以来、様々な研究やその防止策が研究され、論文になっています。ジャニスによると集団的浅慮の恐ろしい点は以下の8つです。

1.集団の実力の過大評価
2.不都合な悪い情報を入れない
3.内部からの批判や異議を許さない
4.他の集団をきちんと評価しない
5.疑問を持たないように「自己検閲」が働く
6.全員一致の幻想を持つ
7.逸脱する人を許さず、合意するように働きかける
8.集団内の規範を重視する

その結果、起きるのは企業の不祥事です。「データ改竄かいざん」「金融不正」などが良い例です。「バレないだろう」「このぐらい誰もがやっている」「今まで大丈夫だったんだから」と思ってしまうから不祥事が起きます。まさに「会社の常識は世間の非常識」です。スルガ銀行、東芝、アネハなど、いくらでも事例が思い浮かぶのではないでしょうか。

セクハラ、パワハラの原因にも

そして日本一の同質集団である政府が「いくら悪い情報が入ってきても、一度決めたことは後戻りできない」というリスクを持っていることが露呈したのがコロナへの対応です。「これはまずいですよ」と誰も言えなかったから、様々な混乱が起きました。また世間のモラルではなく、集団内の規範を重んじることは「セクハラ」「パワハラ」の原因にもなります。

白河桃子『働かないおじさんが御社をダメにする』(PHP新書)
白河桃子『働かないおじさんが御社をダメにする』(PHP新書)

多様性の推進、同質性の排除はグローバルな潮流で、特にリーマン・ショックの反省から、米国の金融業界が同質性からの脱却を目指していることがよくわかります。

ゴールドマン・サックスは「取締役会が白人男性だけの企業のIPOは引き受けない」と発表し、自社のパートナーについても、その多様性を推進。2021年1月1日付で就任するパートナーについては、全体の47%を女性、黒人、アジア系、ヒスパニック系とすると表明しています(※5)。さらに2020年12月には「投資先の米国企業に対し、取締役会のダイバーシティ(多様性)強化を求める方針を示した。女性やマイノリティーの起用拡大を求める」という声明を出しています(※6)

会議室にいるのは銀髪の男性幹部ばかり

こんな欧米から見ると意思決定層は高齢の男性ばかりで、会社の平均年齢も「45歳以上」が多い日本企業は「同質性が高すぎる」「なんてリスキーなんだ」「この人たちに任せて大丈夫か」と不安に思われているのではないでしょうか。

これが「同質性のリスク」で、日本の大企業は特に「同じような経歴」「同じような働き方」「社内型スキルに特化した同じようなキャリア」「同じような属性(特に男性日本人正社員)」という特徴が挙げられます。アリババの創業者のジャック・マーも日本を尊敬する国と言いながらも、「残念なことがある。会議室に行くといるのは銀髪の男性幹部ばかりだ」と指摘しています(※7)

[5]ロイター通信「米ゴールドマン、新パートナーを発表 多様性強化」2020年11月13日
[6]ロイター通信「EXCLUSIVE-ゴールドマン、投資先企業に多様性強化を要請へ」2020年12月10日
[7]Business Insider Japan「アリババのジャック・マー会長『日本を尊敬。だが惜しいことが2つある』退任直前の助言」2019年8月30日

「おじさん」を「おじさん」にしたのは誰か

では企業側は、生産性の低い人材をリストラすれば生まれ変わって、儲かる企業になるのでしょうか。「リストラ対象」のミドルシニアを大量に抱え込んでいるレガシー企業は、すでに高齢化企業で、優秀な若い人たちには魅力的な就職先ではありません。首を切ったミドルシニアの代わりに優秀なエンジニアなど新規人材が中途で雇えるかと言えば、そういうわけではありません。むしろ「おじさん」を「おじさん」たらしめた人事制度や風土がある限り、せっかく入った人たちも「おじさんの再生産」になるかもしれません。

また、企業の「社会的役割」も注目される昨今、「リストラすればいい」というのは無責任なことだと私は思います。ミドルシニアを「おじさん」にしたのは「企業」と日本の構造そのものです。一斉に新卒でスタートを切って、競争する。そのうちだんだんと「第一選抜」「第二選抜」が行われ、同期と差が開いていく。競争から溢れた人たちは当然やる気がなくなります。早いうちに転職するという方法もありますが、日本企業は出世競争の勝負がつくのは入社22年後と長期間かかりますし、メンバーシップ型雇用です。年次が上がるにつれて、給与も上がっていく。そのカーブは昭和の頃は今より右肩上がりのカーブでした。今もゆるやかなカーブがあります。

会社にしがみつかざるをえないおじさんの事情

全員が課長になれる時代が終わり、課長になれなくても、部長になれなくても、このカーブのおかげでおじさんたちは会社に残ることを選択する。奥さんは転勤や子育てでとっくに会社を辞めて専業主婦かパート主婦になっている。妻子を養うシングルインカムのおじさんたちはますます会社にしがみつかざるを得ない。入社してから一度も履歴書を書いたことがない人が、「45歳以上」になっていきなり転職するのはかなりのハードルです。なぜなら日本企業で頑張れば頑張るほど、「社内に特化した人材」になってしまうからです。

「部長ならできます」

NPO法人ファザーリング・ジャパンの安藤哲也代表理事がこんな話をしてくれました。「NPOを手伝いたいという人が来るのですが、『何ができますか?』と聞くと、ちょっと考えて『部長ならできます』というのです」。笑い話ですが、怖い話です。これではNPOの方も困ってしまいます。

社内に特化したスキルを「汎用性のあるスキル」(ポータブルスキル)に転換できる人はいいのですが、日々目の前の仕事に追われていると、転換することは意外と難しい。「社会人が大学院に行くと、自分の仕事で培ったスキルを、理論的に体系立てて整理することができる」と言います。

目の前の仕事を離れて学ぶことで「社内特化型スキル」が「ポータブルスキル」に転換できるわけです。そもそも日本企業で転職せずにやってきた人は機会を与えられないと、自分のキャリアやスキルを「整理して」「言語化する」ことが苦手です。

おじさん活躍推進が必要

日本型組織がみずから生み出した存在を悪者扱いするのは、あまりに無責任ではないでしょうか。

人的資源管理を専門とする中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)の佐藤博樹教授は、「会社が、仕事中心の規格化した人材を育てた。追い出すのではなく、キャリアを考える機会を与えるべき」と話していました。私も同感です。おじさんをおじさんにしたのは会社なのだから、企業が責任を取るべきではないでしょうか?

経営者の多くは、「おじさんたちを解雇したい」というのが本音だと述べました。政府の有識者会議でも、「解雇規制を緩和し、一定の金額を支払えば企業が労働者を解雇できる『金銭解雇』を合法化してほしい」という声が企業の経営者から必ず上がります。

変化についていけない男性の「メンズ・クライシス」

しかし、自分たちに使い勝手の良い「同質性」の人材を育てておいて、「いらなくなったら捨ててしまえ」というのは乱暴すぎます。特にミドル以上の世代は、妻は専業主婦かパート主婦という家庭が大多数ですから、一家の大黒柱が大量に解雇されたら日本の社会全体が不安定になるでしょう。リストラするにしても、心構えとキャリアの棚卸しぐらいはしてからにして欲しい。ミスマッチな仕事についた「不機嫌なおじさん」が社会に大量にばら撒かれても困ります。

京都産業大学教授の伊藤公雄さんは「労働の仕組みや家族の多様化」などの変化に、「ついていけない男性」たちが増加していることを指摘しています(※8)。「キレる中高年男性」問題などはまさにそれです。男女平等な社会ではすでに問題となっている「メンズ・クライシス(男性危機)」です。スウェーデンでは1986年から全国30カ所の「男性のための危機(メンズ・クライシス)センター」を作って男性からの相談に対処しています。それほど社会にとって大きな問題なのです。

おじさんには、まだまだ伸び代がある

お尻に火がついている当事者はもちろん、企業の経営者や人事には、「社内のミドルシニアを『変化に対応できる人材』にする方法」を真剣に考えていただきたいのです。

イノベーションを起こす会議を仕掛ける、ある専門家が言っていました。「企業に行くと、うちは年齢の高い男性ばかりで多様性がなくて、イノベーションが起きないんです、とよく言われます。でも本当はその人たち一人ひとりが個性を発揮できれば、多様なんですけどね」と。

日本型組織の中には確かに「同質性の高いおじさん」がたくさんいますが、本来は誰もが多様な一人の人間です。ただ、これまでメンバーシップ型雇用と昭和的風土にどっぷり浸かって「企業戦士」養成ギブスをはめられ、組織の行動規範に従うことを要求された結果、会社と自分が同化してしまっているのです。

ミドルシニア自身の行動や意識改革ももちろんですが、会社がおじさんたちの行動を変える仕組みや仕掛けを用意すれば、そこにはまだまだ伸び代があるはずです。

パナソニック代表取締役、専務執行役員で、社内カンパニーのパナソニックコネクティッドソリューションズの樋口泰行さんに取材したとき、「45歳以上の男性中心の組織は、改革が進みにくいのでは」という質問にこんな答えが返ってきました。

「物理的な年齢構成を変えられないなら、精神年齢を若く保つ。それが組織を活性化する唯一の解ではないでしょうか」。私はこの言葉に、日本企業再生のヒントがあると感じました。

[8]伊藤公雄「男女平等に『怯える男たち』をケア…男性危機センターの大切な役割」現代ビジネス 2019年4月4日