※本稿は、佐々木常夫『9割の中間管理職はもういらない』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。
必要な中間管理職とは
これまで9割のいらない中間管理職について述べてきましたが、今度は逆に残りの1割の必要な中間管理職についてお話ししたいと思います。
私の経験上、やはり必要で使える中間管理職とは、部下のエンゲージメントを高めることができる人物だといえます。
個人と組織が一体となり、双方の成長に貢献し合えるような関係をエンゲージメントと呼びますが、それを高めることは、個人にも組織にも貢献できることなのです。
そして、これは、実際に現場の部下たちと直接触れ合うと同時に、組織を運営するさらに上の管理職とも接している中間管理職だからこそできる仕事だと、私は考えています。
管理職に必要な3つのスキル
エンゲージメント力を高めるために中間管理職に求められるのは、私はリーダーシップ力だと思います。ここでいうリーダーシップとは、人の行く道、行く末、目標を決めて、そこへ人々を導けるような人、つまり組織を先導できるような人のことを指します。
それではリーダーシップ力がある人というのは、どんなスキルを持っているような人を言うのか。
ひとつは「クリティカル・シンキング」、問題の本質を正しく把握できること。問題の本質とは、なにも部下とか上司とか、取引先のことだけでなく、自分の仕事の本質も正しく理解できる、自他を分析的・批評的に見ることができるスキルを持っていることです。
ふたつ目は「クリエィティブ・シンキング」を持っていることです。これは、問題の本質を見極めたうえで、問題解決のためのアイディアを出せるスキルを指します。
そして、最後に最も重要なのが、コラボレーションのスキル、コミュニケーションのスキルがあることです。
週に1回は「1on1(ワン・オン・ワン)」を実践する
コラボレーション力とは、言い換えれば、コミュニケーション力と呼んでもよいかもしれません。人と人を掛け合わせる、コラボレートすることで、組織の力を何倍にも高めることができるような人物のことです。
そのためにはなにをすればよいのかというと、これはエンゲージメントを高めるためにも重要なのですが、最低、週1回は部下と1対1でミーティングをする時間を持つことだと思います。
これは「1on1(ワン・オン・ワン)」という考え方・方法で、グーグル社で人事戦略を担当したピョートル・フェリークス・グジバチ氏が提唱したものです(『世界最高のチーム グーグル流「最少の人数」で「最大の成果」を生み出す方法』朝日新聞出版より)。
グーグル社では、マネージャーとチームメンバーとの1対1のミーティングである「ワン・オン・ワン」を義務化し、個人面談でのコーチングを実施していました。
そして、よい「ワン・オン・ワン」ができないマネージャーは、たとえどんなにチームの成果が上がったとしても、そのマネージャー自身の評価は下がる仕組みになっているのだそうです。
中間管理職の仕事とは、基本的にはそれに尽きるのではないかと、私は思っています。部下の時間を邪魔せず、かつ部下がなにを考えているのか常に明確にし、自分が指示をあれこれ出すのではなく、まず相手の話を聞く。そして、適切なアドバイスは最後にする。
これが、上司と部下、組織全体のエンゲージメント力を上げるのに寄与する中間管理職の働き方のひとつです。
グーグルで復活した中間管理職
先に挙げたグーグル社のグジバチ氏は、もともと、グーグル社では中間管理職に当たるマネージャーを廃止していたのだと語っています(「iX 」HP内記事「Googleの『最高の上司』がチームの生産性を高めるためにしていること」2017年5月30日より)。しかし、2009年に行った「Project Oxygen(プロジェクト・オキシジェン)」の調査の結果、「その人がいたほうが組織全体のパフォーマンスが高まる上司像」というものが導き出されたことで、マネージャー職を復活させることにしたそうです。それは、およそ次のようなものだったと述べています。
①専門知識を持った良いコーチである
②チームを勢いづけ、マイクロマネジメントをしない
③部下が健康で過ごし、成果を挙げることに関心を払う
④生産的かつ成果主義である
⑤チームの良き聞き手であり、コミュニケーションを活発に取る
⑥部下のキャリア形成を手助けする
⑦明確なビジョンと戦略を持つ
⑧チームにアドバイスできる技術的な専門知識を持つ
どれもこれもたいへん素晴らしい上司像だと思います。まとめるなら、グーグル社における最高の上司とは、自分自身が仕事に没頭して成果を出すようなプレイング・マネージャーではなくて、部下のパフォーマンスを最大化させ、組織(チーム)として成果を上げられるような場所作りができるような人、ということになるでしょう。
私が考える、必要とされる1割の中間管理職もそのような人物だと言えます。
リモートワーク中も雑談を
「ワン・オン・ワン」に関連してグーグル社で重視しているのは、個人とチームの「OKR」です。これは、「Objective&Key Result」、つまり目標と結果のことです。それはチーム全体の一律した目標と成果ではなく、あくまでもひとりひとりの個人に向けて設定するものです。
目標と目標達成のための具体的指標、また目標管理を、たとえば四半期ごとに組織と個人とのOKRを設定し、仕事の意味やプロセスを明確にしていくことを重視する。
そして、そのためには、上司は彼個人の信念、価値観をきちんと把握しておくことが重要です。だから、グーグル社では質の高い雑談を実践しているのだと言います。
新型コロナウイルスによってリモートワークや在宅勤務が増えると、どうしても雑談の機会が失われてしまいます。しかし、エンゲージメントを上げるために、部下との信頼関係をきちんと作るには、グーグル社で実践するような質の高い雑談が重要になってくるのではないでしょうか。
リモートであってもあえて、雑談をすることが大事だと思います。
「中間経営職」としての中間管理職
このようにみてくると、私は今後、生き残っていく1割の中間管理職は、やはりよりクリエイティブに、新しい価値を生み出すようなタイプでなければいけないと考えます。
それはつまり、旧来の中間管理職という役職から、はみ出た存在にならなければいけないと思うのです。
これは、まさに経営者的な視点を持った「中間経営職」です。常にひとつ上の視点から組織と個人、ビジネスを見て、考えることができる。委託された権限の範囲内で、適時的確に判断して、決断ができる。
かつての中間管理職というのは、なかには「組織のなかで出世しようと思ったら、できるだけなにもしないことである」なんて言った人もいるらしいですが、まるで真逆だったのです。
つまり、適時的確に決断をしないことが推奨されていた。決断するとどうしても責任が問われますし、意見が異なれば反発も起こるので、なるべく和をもって乱さないようにしていた。それが今までの中間管理職が生き残るコツだったのですが、これからはそうはいきません。旧来のままであれば、やはりそれは9割のいらない中間管理職だと思うのです。
全人格をかけて部下と向き合う
実際にこのエンゲージメント力を高めようとしたら、それは本当に大変な仕事です。ある意味でそれは全人格的な勝負になります。スキルも大事ですが、その組織をどう思っているのか、今後どうしていきたいのかというような志がなければ続きません。
部下を育てたい、組織を活性化させる戦力となってもらいたい、成果を出してもらいたい。しかし、相手も人間ですから、やはり中間管理職に就く人間の人間力、すなわち人格が試されているわけです。
これまで取り上げてきた文化人類学者デヴィッド・グレーバーは、その主著である『負債論』のなかで、「基盤的コミュニズム」という新しい概念を作って紹介しています。
これは、従来の資本主義に対立するようなコミュニズム(共産主義)と違って、資本主義内でも人間の活動や生活を支えるために常に発動しているような「助け合い」だと言います。
たとえば、賃金労働をしている場合、仕事に充てられている時間はその人が仕事をするための時間です。しかし、あなたがエンジニアだとして、ドライバーを忘れてしまったなら、同僚が持っているものを「貸して」と言うこともあるでしょう。本来なら同僚は、自分の仕事のために、その時間を使わなければならないはずですので、貸す必要も、工具箱から出してわざわざ手渡してあげる必要もないのです。自分の仕事とは別のことに時間を使ってしまうわけですから。
しかし、往々にして、人はドライバーを貸しますし、わざわざ手渡します。資本主義は、こうした基本的な人間の助け合い、つまり「基盤的コミュニズム」に支えられて回っているのです。そこには、人間同士のやりとりがあります。このことを、グレーバーは「人間の経済」と呼びました。
私は中間管理職においても、同じことが言えるのではないかと思います。部下ときちんと人間的に向き合い、全人格をかけてやりとりすること。それがこれまで述べてきたように、エンゲージメント力を高め、組織のパフォーマンスを最大化し、成果を上げることに繫がるのではないかと思います。
つまり、グレーバーが言う「人間の経済」とは、全人格の勝負なのではないでしょうか。
ブルシット・ジョブとシット・ジョブ
デヴィッド・グレーバーは『ブルシット・ジョブ』のなかで、不必要な仕事にもかかわらず、なぜか給料が高い「ブルシット・ジョブ」と、社会や生活を成り立たせるためには欠かせない仕事であるにもかかわらず、なぜか給料が低い「シット・ジョブ」を明確に分けています。
新型コロナウイルスの流行によって、経済活動の停止が余儀なくされたなかで、社会にとって必要不可欠な仕事のことを、「エッセンシャル・ワーカー」という言葉で言及されるようになりました。
このエッセンシャル・ワーカーは、主に医療や福祉、農業、小売業・販売業、通信から公共交通機関など、社会生活を支える仕事に従事している人々のことを指します。
医療や福祉の分野では、医師や看護師、介護職員といった人たちは、私たちの生命や健康の維持には欠かせない存在です。また私たちは、スーパーやコンビニで生活必需品を購入しますが、そのためにはそこで働く販売員、パートやアルバイトの方々の存在が欠かせません。
また、仕事や学校、病院に行くためには、公共交通機関が動いていなければ、通勤・通学・通院もできません。電車やバスを安全に運行するために、多くの運転手の方や駅員の方が日夜働いているわけです。
このようなエッセンシャル・ワーカーの方々のおかげで、私たちの日常は滞りなく流れているのです。しかし、介護業界を見てもわかるとおり、そうした必要不可欠な仕事に従事する職は、総じて、賃金が安いことが問題とされてきました。
つまり、デヴィッド・グレーバーはこのようなエッセンシャル・ワーカーのことを、必要不可欠な仕事をしているにもかかわらず給料の安い「シット・ジョブ」と名づけたのです。
新型コロナウイルスは、不必要な仕事もあぶり出した
新型コロナウイルスは、このようにシット・ジョブとしてのエッセンシャル・ワーカーの存在を明るみにしました。他方でそうした必要不可欠な仕事があるということは、反対にそうでない仕事、不必要な仕事が存在するということも同時に明るみに出したということにならないでしょうか。
それがつまり、ブルシット・ジョブであり、これまで語ってきたような、9割のいらない中間管理職のことなのです。
新型コロナは、日本の雇用形態を大きく変える一大事件
新型コロナウイルスの流行により、テレワークや在宅での仕事が一般的になってくると、そもそも中間管理職とはどんなものなのか、本当に必要なのか、という疑問が必ず出てくると思います。そうすると、これまで述べてきたような、中間管理職の実態、不必要な中間管理職のリアルというものを、多くの人が理解するようになるのではないでしょうか。
こんなに無能で役立たずなのに、給料は人一倍もらっているような集団が、山ほどいた。それにようやく気がついたとき、次にどうすべきかというと、不必要な中間管理職と企業の経営の問題を今後どうしていくべきかが大きな課題になるはずです。これまでの日本企業の雇用制度、すなわち毎年、新卒の新入社員を採用し、終身雇用で年功序列化していく旧来のシステムでは、ただ不必要な中間管理職を増やすだけです。
中間管理職の9割がほぼ不必要だとわかってくると、こうした雇用形態の全てを抜本的に改革していかなければならなくなる。その意味では、新型コロナウイルスなどをきっかけにして明らかになった事実は、極めて重大な、一大事件だと私は考えています。