※本稿は、佐々木常夫『9割の中間管理職はもういらない』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。
テクノロジーは労働時間を短縮しなかった
皆さんは「ブルシット・ジョブ」という言葉をご存知でしょうか。2020年9月に滞在先のイタリア・ヴェネツィアで急逝した、世界的に著名な文化人類学者デヴィッド・グレーバーが、その著書『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』(岩波書店)で論じたものです。
グレーバーは、人類と借金(負債)の歴史から貨幣の誕生について論じた『負債論 貨幣と暴力の5000年』(以文社)によって世界的に知られるようになりました。その彼が、現代ビジネス社会を論じた『ブルシット・ジョブ』は、2013年に『ストライキ!』というウェブマガジン内で発表された「ブルシット・ジョブ現象について」という自身の論文が好評を博したことから執筆された本です。
この論文では、1930年にジョン・メイナード・ケインズの「20世紀末までには、英米のような国々では、テクノロジーの進歩によって週15時間労働が達成されるだろう」という予測から問いかけが始まっています。
この予測がもちろん、大きく外れたことは周知のとおりです。週15時間になるどころか、皆さんは定時で帰ることはおろか、残業がない日なんて滅多にないような毎日を送っているのではないでしょうか。
それはグレーバーにとっても同様の疑問で、テクノロジーは、逆に私たちをよりいっそう働かせるために、活用されてきたのではないかと言っています。
管理部門が急激に膨張した
1910年と2000年の雇用を比較する報告をグレーバーは提示しています。それによれば、工業や農業の分野ではいわゆる「奉公人」と呼ばれるようなポジションの人は劇的に減少しました。しかし、そのぶん、専門職や管理職、事務職、販売営業職、サービス業は3倍になったのです。それは雇用総数の4分の1から4分の3にまで増加しました。
グレーバーはさらに、金融サービスやテレマーケティングといった新しい産業が創出され、企業法務や学校管理、健康管理、人材管理、広報といった部門がどんどん拡大していったことを指摘します。
つまり、テクノロジーの進展とともに生産に直接携わるような仕事は減ったけれども、「管理部門の膨張」が起きているのが、現代だというわけです。
グレーバーはそうした仕事の多くを、「ブルシット・ジョブ」と名づけました。それは、本来は不必要な仕事なのです。より効率化を進めれば、本来、そこまで増える必要がなかった仕事です。
イノベーティブな仕事が減少
別の例を挙げてみましょう。デヴィッド・グレーバーは『ブルシット・ジョブ』の前に、『官僚制のユートピア テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則』(以文社)という本を刊行しています。
これは『ブルシット・ジョブ』の姉妹本というべきもので、「自由競争の市場に基づいた資本主義の下であれば、もっとテクノロジーの進歩が加速していいはずなのに、思った以上に進んでいないのはなぜか?」という問いに基づいて書かれた書物です。
それは新自由主義が進めば進むほど、逆に規制が強まり(近年のコンプライアンス問題などを見るとわかりやすいかもしれません)、結果として純粋なテクノロジーの進展が抑止されているというものでした。
自由経済に基づいたグローバル化が進めば進むほど、特許など知的財産権を守るための制度作りが必要となり、手続きはより増え続けます。結果、書類作成(ペーパーワーク)が仕事の大半を占めて、イノベーティヴな仕事は減少していき、あたかも「官僚制」に代表されるような非効率な状態が、新自由主義下で広がっているのではないか、と言うのです。
無意味で不要不急な仕事が増殖
管理職という点から言えば、グレーバーは同じく『官僚制のユートピア』のなかで、やはり『ブルシット・ジョブ』と似たような指摘をしています。
「すなわち、ここ数十年、一見して無意味で不要不急の仕事――戦略ヴィジョン・コーディネーター、人的資源コンサルタント、リーガル・アナリストなどなどの『ブルシット・ジョブ』――が、これらの職に就いている人間ですら事業にはなんの貢献もしていないと日頃ひそかに考えているにもかかわらず、増殖しつづけている」というような現象が起きていると言うのです。
その例として、グレーバーはフランスのマルセイユ近郊にある製茶工場で起こったことを紹介しています。
利益が上がるほど、スーツを着た人間が増える
経験豊富な工場の労働者たちは、ティーバッグをパッケージする作業をより効率的に行うために、巨大機械の効率性改善に取り組んでいました。その結果、生産高は向上して、利潤も上昇したそうです。
しかし、そうして得た余剰金を、工場の経営者たちはどのように活用したのか。
生産性が向上したことの報酬として、労働者の賃金を上げたのか。また、1人あたりの労働時間を減らすようにしたのか。ケインズの予測に基づくなら、そうすべきなのです。けれども、そうはしなかった。
経営者たちが行ったのは、中間管理職を設けて、新たに雇用しただけでした。
その工場には、もともと2人の管理職がいただけでした。それで回っており、十分な利潤を上げることにも成功したのです。しかし、利益が上がれば上がるほど、スーツを着た人間が増えていったそうです。
管理職がなければ必要なかった仕事が誕生
やがて、こうした管理職の人間は、数十名に膨れ上がり、彼らは、労働者を監視するために工場を歩き回って、評価基準を作ったり、計画書や報告書を作ったりと書類仕事に従事しました。
こうした仕事は、管理職がなければ本来はやる必要もなかった仕事です。結果、こうした管理職の人間たちが出したアイディアは、工場を海外に移転させることでした。グレーバーはその工場を案内してくれた人物の感想として、「なぜそうなったか。たぶんプランをひねりださないと自分たちの存在理由がなくなるからだろう」という推測を紹介しています。
まさに、管理職が「クソどうでもいい仕事(ブルシット・ジョブ)」であるその一例、と言えるかもしれません。
不必要な仕事が生れるメカニズム
デヴィッド・グレーバーの『ブルシット・ジョブ』や『官僚制のユートピア』を読んで、私は「パーキンソンの法則」という理論を思い出しました。
この法則はイギリスの歴史学者・政治学者シリル・ノースコート・パーキンソンが1950年代に提唱したもので、イギリスの官僚制に関する調査に基づくものです。
当時、すでに世界に覇権を拡大したイギリス帝国は解体に向かっていたにもかかわらず、植民地省の役人はどんどん増えていました。このような事例から、パーキンソンは「役人は部下が増えることを望み、相互に仕事を作りあう」と述べています。結果、本来は不必要な仕事を生み出すことによって、役人が増え続けていたのです。
言わばグレーバーは、これが役人だけではなく、民間の企業においても起きていると述べているわけです。
9割の中間管理職は必要ない
あなたの周囲には、なんのためになるのかわからない報告書を要求してばかりで、時間をとってばかりいる上司がいませんか?
あるいは、会議をすることだけが仕事のような人もいるのではありませんか?
不必要な管理職ほど、不必要な仕事を一日中続けて、それを部下にも強要します。結果、本当に必要な仕事が後回しになっていく。
私は、少々誇張もあるかもしれませんが、9割の中間管理職は必要ないと思っています。だとしたら、残りの1割の管理職とはなにか。必要な管理職とはどんな人たちを指すのか。
それは、上から見ても下から見てもこの人にはやっぱりいてもらわないと困るという、そういう管理職こそ、本当に必要な1割の管理職なのです。
コロナ時代、必要な1割の管理職がより明確になる
密閉、密集、密接という3密を避けるために、各企業は次第に、社屋に出社するのではなく、自宅でのテレワークを推奨するようにシフトしています。私はコロナ時代、あるいはアフター・コロナ時代において、よりいっそう必要になってくる管理職というのは、テレワークになっても情報をきちんと流して、コミュニケーションを取れるような存在だと思います。
つまり、部下のモチベーションを上げ、エンゲージメント(個人と組織が一体となり、双方の成長に貢献しあう関係)を高めてくれるような管理職です。
部下が困っていたら相談しやすい管理職、あるいは困っていなくても的確なアドバイスができるというような、人間を育てることができる管理職です。
結論から先に言えば、私は管理職にとって、自分の仕事をやり遂げることのほかに、部下をなるべく成長させることも仕事だと考えています。部下が仕事をしやすい環境を整えてあげられるような存在です。
こうしたことができる管理職か否かは、今後、テレワークが進展することによって、より明確化されていくでしょう。