家族、友人、職場……。仲良くすべきと言われる関係性の中でも、自分と合わない嫌いな人はどこにでもいるものです。『ヒトは「いじめ」をやめられない』『キレる!』を著書にもつ脳科学者の中野信子さんに、嫌いな人との付き合い方を教えてもらいます――。

※本稿は、中野信子『「嫌いっ!」の運用』(小学館新書)の一部を再編集したものです。

攻撃
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自分と合わない人は必ずいる

自分の信念を貫くためには、嫌うことも、嫌われることもやむを得ないのですが、そうと割り切れない人もいるでしょう。

やはり、他人とのトラブルは避けたいし、誰も嫌わず、誰にも嫌われず、誰も傷つけず、誰からも傷つけられず、できるだけ穏やかに過ごしたいと思っている人が多いのも事実ではないでしょうか。

とはいえ、どこの世界にも自分とは合わない人がいます。人を嫌うことは、好きになることと同じくらい自然な感情であり、どんなに努力をしても嫌われてしまうことはあるのです。

なぜ、誰かを嫌うことは辛く、ストレスを感じてしまうものなのでしょうか。

それは、嫌ってはいけないという先入観がある、もしくは、嫌ってはいけない関係性があるからでしょう。

もし、嫌ってしまう相手がライバル会社に所属しているなど、相手と自分の関係が、敵、味方に分けられる場合は、嫌うことに心理的な負担は少なくなるでしょう。世間的に非難されることをしてしまった人に嫌悪感をもつ場合も同様です。なぜならこの人を嫌ってもよいという大義名分を与えられるからです。

嫌いな人とどう付き合うかは自由

辛いのは、仲よくすべきと言われるような関係性の中で、「どうしても合わない」「どうしても嫌いだ」という感情が湧き上がってしまう場合です。理由はともあれ、仲よくあるべきとされるときに、嫌いなのだという感情がストレスとなるのです。

家族であったり、少人数のプロジェクトチームだったり、趣味のグループだったり。要するに「一緒に力を合わせるべき」「一緒に楽しむべき」ということが求められる関係の仲が最も悩ましいのです。

はっきり言いましょう。関係性はどうあれ、嫌いな人は嫌いなのです。どんなに頑張っても、嫌いになってしまうときは嫌いになってしまうのです。そして、嫌いな人との関係性をどうするかは、あなたの自由です。そして、嫌いの種類によってさまざまな選択肢があるのです。

だから、あなたの好きなように、適切に嫌えばよいのです。

嫌いと認め、なぜ嫌いか考察し、自分の人生にどう生かすのか考える、つまり、「嫌いを運用する」という選択肢をもつことが、賢く生きる知恵でもあるのです。

温暖化が進むと人は攻撃的になる

嫌いな人がいるときに、「あの人は嫌いだから見たくない、いなくなってほしい」と拒絶したり、相手の足を引っ張ることにエネルギーを注ぐ人と、「あの人には、絶対負けたくない。必ず勝ちたい」と言って、自分の力を高めることにエネルギーを注げる人と、どちらが賢く、どちらが自分をよりよい方向にもっていけるでしょうか。聞くまでもないかもしれませんね。

口論
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面白い研究があります。温暖化が進むと、人は攻撃的になるというものです。

もしその通りになると仮定すると、攻撃的な人や、攻撃されてストレスを感じる人が増えるだけでなく、「攻撃的な気持ちになってしまう自分を嫌いになってしまう人」も増えるでしょう。

つまり、嫌いな感情を上手に扱い、自分を傷つけず、他人も傷つけず、上手に困難な時代を渡り歩ける人と、そうでない人に分かれるのです。

先の研究がもし正しいなら温暖化で、ますます「嫌い」の運用が必要な時代になるかもしれません。

なぜ嫌いなのかを客観的に分析しよう

「嫌い」を使いこなせる人は、その感情を無駄にしない人です。無理に好きになろうとしても、人は嫌いなものは嫌いだと、条件反射で相手のことを拒絶してしまうものです。

だから、「ネチネチ嫌わない」、でも「あえて好きになろうとしない」というスタンスを取ればいいのです。

そして「嫌い」を認め、なぜ嫌いなのか、客観的に考え、嫌いな理由を分析してみましょう。

・高圧的な態度の上司が怖くて、会社に行くのが辛い。
・人を見下したような態度の取引先が本当に嫌だ。
・自分のほうが仕事の成績がよいのに、上司に気に入られている同僚が妬ましい。
・自分も怠けものだが、部下がダラダラしていると余計に苛立ちを覚える。

など、嫌いな理由が見えてくるでしょう。「嫌い」の理由が明確になれば、その感情をどう捉え、どう向き合えばよいのかもわかるはずです。

ここからは、嫌いなタイプの中でも非常に手ごわい、「攻撃的な人」に対してどう適切に嫌いながら対処するとよいのか、嫌うときの留意点も含め、考察していきたいと思います。

自分を攻撃してくる人

ここでは、パワハラ、セクハラといった直接的な危害を与える人だけでなく、陰で悪口を言ったり、人の弱みに付け込んだり、自分を見下す態度を取る、不安感をあおるような態度を取るなど、自分が嫌がる行為をする人も含めて、「自分を攻撃する人」と捉えてみます。

中野信子『「嫌いっ!」の運用』(小学館新書)
中野信子『「嫌いっ!」の運用』(小学館新書)

自分が嫌な行為をしてくる人を嫌いになるのは当然なことです。

「直感」は無視してよいものではありません。「嫌い」という「直感」を覚えたら、できるだけその人の近くにいる頻度を下げるほうがよいと思います。

しかし、どうしても自分が嫌がることをしてくる相手と接する頻度を下げられない場合は、いかに自分への攻撃を減らすことができるのか、自分が抱えるストレスをいかに減少できるのか、ということがポイントになるでしょう。

例えば職場が一緒であるなど、距離の近い人となんとかうまくやっていくには、ちょっとした小技が物を言うこともあります。

なぜ攻撃してくるのかを分析

まず、なぜその人は、自分が嫌がる行為をするのか考えます。

相手が自分を攻撃することに対し、何らかの大義名分をもっているとしたら、その内容について、どうすればよくなるのか、直接相手にアドバイスを求めるという方法があります。

例えば、「仕事が遅い、無能だと言って、文句を言う」「態度が反抗的だ(もしくは消極的だ)と決めつけて叱責する」「男にこびへつらう態度が気に入らないと難癖をつける」など、何か理由をつけて攻撃してくる場合には、直接その相手に「どうしたらよくなるでしょう」と相談してみるのです。

直接アドバイスを求めるなんて、かなり難しい解決策に思えるかもしれません。しかし、これは脳科学的にも有効な方法です。

人間は誰しも「自分は正しい」と思いたい欲求をもっています。脳には、自分の行動を監視する回路があり、自分の言動が正しくないと判断すると、不快を感じるようになっています。

それなのに、人間はときに正しくない行動を取ってしまうことがあります。このとき、自分の正しくない行動に対して、脳は正当化しようと働き、自分は正しいと思い込もうとするのです。

攻撃性を封じる「アドバイスください」作戦

いじめについても、「いじめられる原因は相手にある」と思い込んでいるので、「馬鹿だ」「ゴミだ」など、単なる人格攻撃をしているにもかかわらず、「自分は正しいことをしている。相手は攻撃されてしかるべきだ」と自分を正当化し、その結果、脳からはドーパミンが出て、不快感ではなく、快感を覚えるようになるのです。

ですから、自分を攻撃する相手も「自分が正しい」、もしくは「攻撃される原因は相手にある」と思っている可能性が高いため、「あなたの言っていることは単なる人格否定であり、間違っている」と言ったところで、聞く耳をもってくれないかもしれません。

そこで、アドバイスを求めるのです。

アドバイスを求められた相手は、自分のアドバイスが役に立ち、相手に感謝されることを期待します。

脳には、誰かから感謝されたり、褒められたりといった「社会的報酬」が得られると、ドーパミンが大量に分泌し、快感を覚えるという性質があります。そして、この社会的報酬による快感は、性欲、食欲などさまざまな快感の中でも非常に強いことがわかっています。

ですから、アドバイスをし、感謝をされ、「自分のアドバイスが役に立った。自分は正しいことをした」という快感を味わわせると、それ以上の攻撃を続ける目的がなくなるのです。

褒めて心理的に依存させる手も

攻撃してくる相手が自分に頼らざるを得ない状況をつくってしまうという方法もあります。

自分に頼らざるを得ない状況とは、相手が頼らざるを得ないような高度なスキルや、広い人脈をもつということももちろん有効ですが、「心理的に頼らせる」という方法もあります。

そもそも他人を攻撃する人というのは、大方の場合、自己評価が低いのです。ですから、とにかくその人を褒めて、その人のいいところも悪いところも認める姿勢を見せるのです。

自己評価が低い人は、自分を認めてくれる人を好み、依存する傾向があるので、とにかく褒めまくることで、相手に「自分をわかってくれる人」と印象づけるのです。これを継続することで、「自分をわかってくれる人はこの人しかいない」と感じさせ、心理的に依存させるという方法があります。

これはホストの人などが、自分の好みでもない女性を、褒めて、いわゆる太客(お金をたくさん使ってくれるお客)にしてしまう方法にも通じます。

とはいえ、嫌いな相手に対して実行するにはなかなかストレスフルですし、本当にそこまでして付き合わなければいけない人なのかということを一考してから取り組んだほうがよいとは思いますが、一つの方法として知っておくのは有効でしょう。