待機教習生が出現
「若者のクルマ離れ」が、叫ばれて久しい昨今。ですが私が取材した「Z世代」(おもに10代後半~20代半ば)の若者たちは、このコロナ禍で「クルマがあれば、(他人との)接触を気にせず買い物に行けるから欲しい」や「やっぱり免許、取ることにしました!」などと口々に言いました。
とくに2020年は、いわゆる合宿免許が「GoToトラベル」の対象(10月末まで)とされたこともあり、自動車教習所で「教習まで何カ月待ち」という、待機児童ならぬ「待機教習生」が多く表出したとのこと〔出典:「くるまのニュース」(メディア・ヴァーグ/20年12月4日掲載記事)〕。
そんななか、コロナ禍の20年6月以降に、若者の間で「クルマ人気」が高まったのではと直感していた企業があります。その名も「KINTO(キント)」、19年1月に設立され、国内で自動車のサブスクリプション(以下・サブスク/定額制課金)サービスを展開する、トヨタ自動車(以下・トヨタ)のグループ企業です。
6月前後で若者の契約が2倍に
「実は、20年6月1日前後の申込者数の比較で、驚くべき傾向が見られたのです」と話すのは、KINTOのサービス展開に、構想段階(18年1月)から関わってきた同・マーケティング部部長、藁谷直樹さん。
彼が言う「驚くべき傾向」とは、KINTOにおける若い世代(18~29歳)の新規申込者数の伸び。5月末と6月1日を境に、前後5カ月間(1~5月、6~10月)で比較したところ、その数がなんと約2倍にも増えていたというのです。
このころ、契約年数のパターンを増やしたり(3年に5年、7年契約を追加)、人気の車種(ヤリスクロスほか)をラインナップに加えるなどの策は施したそうですが……、それだけが原因ではないだろうことが、その後の同社の調査で見えてきたといいます。
手軽さを実現するための工夫
実はサービス開始当初から、藁谷さんたちには「消費者、とくに「クルマ離れ」を指摘される若者たちが、クルマをもっと“簡単で手軽に”利用できる世の中にしたい」との熱い思いがありました。
もともと「KINTO」のネーミングは、理想の車を「筋斗雲」、すなわち『西遊記』の主人公・孫悟空が空を飛ぶ際に使う、架空の雲に例えたことに由来します。
筋斗雲は、孫悟空が「乗りたい」と思ったときにすぐ現れ、自由自在に目的地まで運んでくれる。同じように、「必要な時にすぐに現れ、思いのままに移動できる便利なツールとして、クルマを手軽に利用してほしい」との願いが、KINTOの名に込められているのです。
KINTOが、とくに若者を意識して打ち出したのが、「コミコミ月々定額払い」をはじめとした画期的なサービス。
すなわち、毎月数万円程度の一定額を支払えば、頭金ゼロで自動車税やメンテナンス費用、さらに任意保険料まで付いてくる(別途契約して支払わなくていい)というものです。
「まず若者の場合、初めてクルマを買うケースが圧倒的で、そうなると以前のクルマの『下取り』で得る原資が発生しない。また自動車保険の保険料も、一般には若い世代のほうが高額なので、初期段階でまとまった金額が必要になる。逆にこの部分を軽減できれば、クルマ離れにも一定程度、歯止めがかけられるだろうと考えました」
「買いやすさ」へのこだわり
金銭面だけではありません。KINTOがもう一つ、「若者のクルマ離れ」の一因と考えたのが、クルマの「買いにくさ」。
かつてのバブル世代の若者のように、男性の多くが「クルマ好き」だった時代は、ディーラーに行くだけで「あの新車に試乗できる!」など胸躍ったことでしょう。でも昔から最大の販路であるカーディーラー(販売店)には、そもそもクルマを持っていない人や若者は「行きづらい」と感じやすい。
「そのうえ、いまの若者は普段の買い物をECで済ませるケースが増えたので、『商談』がイメージしづらいようです。クルマ本体はこれだけ技術革新が進んだのに、売り方のほうは、実は昔とさほど変わらない形態で、KINTOでは買いやすさも魅力にしたいと考えました」
20代は75%がWEB経由の契約、納車まで店舗に行く必要なし
そこで取り入れたのが、ウェブのみで申込から契約段階までが完了するというシステム。すなわち、ウェブ上で「これ」と思うクルマの車種やオプション、販売店などを選び、利用規約に同意して必要事項を入力・送信すれば、あとは審査結果を待つのみ。
そこから先も通常、納車の連絡が来るまでは、販売店に出向く必要がありません。
20年12月現在、申込者全体の約6割が「ウェブ経由」だと藁谷さん。とくに20代では、なんとオンライン比率が約75%にも達するとのこと。
こうしたウェブで手続きの大半が行える点も、コロナ禍での大きな魅力でしょう。
日常的に利用したい移動手段、2位が自家用車
若者に限らず、withコロナの時代に多くの人が感じたのは、「見ず知らずの第三者とは極力、接触したくない」との思い。逆に、知らない人たちとほぼまったく接することなく目的が果たせるサービスは、一様に伸びを見せました。
一例が、非接触のキャッシュレスサービスやテレワーク、そしてオンラインでの購買など。
さらに自動車の場合、クルマという商材そのものが「非接触」に貢献するツールでもある。20年1月、自動車のサブスク事業に参入したホンダも、当初の販売店は埼玉県の1店舗だけでしたが、利用者が増えたため同12月現在、30店舗以上に増やしたとのこと。
KINTOが20年11月に実施した調査結果も、人気をハッキリ裏付けています。
たとえば、「コロナ禍で、日常的に利用したい移動手段は?」との問い。これに対し、3位以下を大きく引き離した回答が、1位の「徒歩」(83%)、そしてほぼ同率で2位の「自家用車」(80%)でした。
クルマは、電車やバスなど公共交通機関と違い、同乗者以外の人とほぼ接することなく目的地まで行ける手段。その室内空間は、コロナ禍での「安心感」につながるはずです。
先の調査では、自家用車を持たない人たちが「今後自家用車を、とても(まあ)保有したい」と答えた割合も、3割を超えました。前回調査(6月)では、「購入を検討するようになった」が全体でも約15%にとどまっていたこともあり、KINTOでは11月調査の傾向を、「感染防止意識の高まりから、パーソナルな空間を確保した移動を求めて、自家用車の保有意識が強まっているとみられる」と分析しています(同調査リリースより)。
走りや高級感より居心地重視はバブル崩壊以降の傾向
まさに、藁谷さんがコロナ禍で「驚くべき傾向が見られた」と言っていた、20年5月前後での、若い世代の新規契約者数の伸び(約2倍)も、一因は「クルマ=パーソナルな安心空間」とのニュアンスにあった可能性があります。
ここで思い出すのは、20年に販売を終了した、日産自動車のトールワゴン「キューブ (cube)」。このクルマが02年秋にモデルチェンジを図った際、キャッチコピーに掲げたのが「Cube. My room.(キューブ マイルーム)」です。
当時私も、キューブの開発者に取材しました。彼らはその時代の若者(おもに現30代後半~40代半ば)がクルマに求めるのは「走りより室内空間(My room)」だと言い切りました。バブルがはじけ、他人から一目置かれる「高級そうなクルマ(外見)」より、自分にとって快適な「居心地がいいクルマ(内面・内装)」を選ぶ時代になった、とのことでした。
クルマを部屋として使う若者たち
近年、よく言われる「若者のクルマ離れ」は複数のデータからも明らか。そこでKINTO以外にも、手軽さや経済効率を軸に、クルマのサブスクサービスに乗り出す企業が相次いでいます。先のホンダが展開する「Honda マンスリーオーナー」や「NOREL」(IDOM CaaS Technology)などは、その一例です。
そんななかで、どうすれば競合との差異化が図れ、よりターゲットに響くコンセプトを打ち出せるのでしょうか。経営学者で「マネジメントの発明者」とも呼ばれるピーター・ドラッカーは、次のような名言を遺しています。
――「顧客を想像してはならない。顧客に直接聞かなければならない」
「事業の目的は、顧客を創造することである」――
そう、「想像」ではなく「傾聴」と「創造」こそが、顧客と事業を取り巻く重要なキーワード。実はKINTOの藁谷さんも、これを実践し始めているようです。
先日も、若者の実態を知ろうと、あるドライブインシアターに「視察」に行ったとのこと。若者向けのアパレルが参画する映画イベントで、「予想以上に若い世代が多い印象で、わナンバー(レンタカー)も目立った」そうです。
また、彼らは映画が始まる直前まで、まるで自宅にいるかのように、車内という安全空間で、自由に会話やトランプなどを楽しんでいた。改めて、クルマのさらなる存在意義を感じたと藁谷さんはいいます。
藁谷さんはまた、Z世代にとってのクルマを「自己拡張のツール」だと位置づけます。
「彼らは決して、守りに腐心しているわけではない。インタビュー調査でも、多くはクルマがあれば活動範囲が広がり、貴重な体験ができると気付いているように感じます」
所有までは踏み出せない
ただその冒険心は、持ち前の賢さ、すなわち「3年先のことは分からない」といった堅実性とのバランスにおいて発揮されるので、クルマの所有にまで踏み出せずにいる若者も多いようだ、とのこと。
そんな若者たちに、「KINTOを利用すれば、より安心・自由な発想でクルマを便利に使えますよ」とのメッセージを送りたいと、藁谷さん。その熱意の先には、豊田章男社長が命名した「筋斗雲(自由自在に操れるクルマ)」に象徴される、事業の向かうべき未来像が、しっかりと見えているようです。