なぜ反対派の声が幅を利かせているのか
選択的夫婦別姓の導入について期待が高まっていましたが、先日了承された第5次男女共同参画基本計画の改定案では「選択的夫婦別姓」の文言自体が削除されることが決定しました。
「選択的夫婦別氏制度の導入」という文言が消え、「夫婦の氏に関する具体的な制度のあり方」という曖昧な文言に置き換えられました。さらに「戸籍制度と一体となった夫婦同氏制度の歴史を踏まえ」という記述が新たに加わっており、「選択的夫婦別姓」は実質的に大幅な後退を迫られた形です。
自民党のなかでも「選択的夫婦別姓」に賛成する議員が増えていたにもかかわらず、なぜ日本ではこのように「選択的夫婦別姓」に反対する人の声が幅を利かせ続けているのでしょうか。今回は海外の状況とも比べながらその背景にあるものに迫りたいと思います。
「同じ苗字を名乗らないと、ニッポンの家族が死ぬ」と考える人々
選択的夫婦別姓に反対している人のなかには「家族が別の姓を名乗ると、日本の伝統的な家族が死ぬ」「家族の絆が壊れ、子供に悪影響が及ぶ」というように「日本の家族が壊れる」ことを懸念している人もいれば、「そもそも女性は好きな男のためになら苗字を変えたいはず」といったマッチョな考え方をする人もいます。
そこからは「日本の家制度を含む伝統的な家族像」を何が何でも変えたくない、という思いが読みとれます。「結婚している夫婦が別々の苗字を名乗る」のは確かに「日本の昔からの家制度」「伝統的なニッポンの家族」の考え方には合わないかもしれません。
しかし「選択的夫婦別姓」という言葉に「選択的」という言葉が入っていることからも分かるように、たとえ夫婦別姓が認められたとしても、伝統を好む夫婦は今までと同じように同じ苗字にすることができるわけです。「選択的夫婦別姓」が導入されたからといって、「同じ苗字を名乗ること」が阻止されるわけではありません。
「選択的夫婦別姓を認める」ということは、「伝統が好きな夫婦はそのまま同じ姓を名乗り、別々の姓を名乗りたい人にはその選択肢が認められる」という話でしかありません。
それなのに、この「選択的夫婦別姓」の話になると、常にどこからか「同じ苗字を名乗りたい女性もいる!(だから選択的夫婦別姓には反対)」という声が聞こえてきます。
今の日常が変わるわけではない
この話は、同性愛者の結婚に似ているところがあります。現在ニュージーランドでは同性婚が認められていますが、まだ同性同士の結婚が認められていなかった2013年にモーリス・ウィリアムソン議員(当時)は国会で「この(同性婚を認める)法案でやろうとしていることは、ただ愛し合う2人に結婚という形でその愛を認めてあげることだ。それだけだ」と演説しました。
続けて同氏は「今(同性婚を認める)法案に反対している人たちに約束する。明日も太陽は昇る」「十代の娘はやはり全て分かっているかのように言い返してくる。住宅ローンは増えない」と語り、「カエルがベッドから出てくることもない。世界は続いていく。だから大げさにしないでほしい」と結びました。
つまりは同性婚はあくまでも今まで結婚できなかった同性同士が結婚できるようになるという「変化」のみをもたらし、今の日常は良くも悪くもガラッと変わるわけではないのだから安心してください、というわけです。
選択肢が増え、幸福度が増すだけのこと
ニュージーランドではこの演説後に同性婚が認められました。でも当たり前ですが、これにより男性と女性の間の結婚が禁止されたわけではないのです。「選択的夫婦別姓」についても同じことがいえるのではないでしょうか。選択的夫婦別姓が認められれば、今までは自分の意思に反して配偶者の苗字を名乗らざるを得なかった女性は悩みが解消され幸せ度が増します。一方で「夫婦はやはり同じ苗字がよい」と考える人は今まで通り夫婦で同じ苗字を名乗れるわけですから、彼らだって引き続き幸せです。
「選択的夫婦別姓」を認めることで新たな選択肢を増やすことは、幸せな人が増えること。ただそれだけのことなのです。
夫が妻の氏を名乗るケースはたった4%
先ほど「選択的夫婦別姓が認められれば、今までは自分の意思に反して配偶者の苗字を名乗らざるを得なかった女性は悩みが解消され幸せ度が増す」と書きました。
これに対して、「今までだって、男性が女性の苗字を名乗る選択肢はあった。苗字の選択については元々男女平等だったので『女性が自分の意に反して夫の苗字を名乗っていた』と言うのはおかしいのではないか」という反論があろうかと思います。
民法上「男性も女性の姓を名乗ることができる」のはその通りです。しかし、「民法」と「現実の日本社会」の間には大きな隔たりがあります。というのも厚生労働省によると実際には夫の氏を名乗る女性は96%であり、夫が妻の氏を名乗るのはたったの4%なのです。
男性に都合のよい解釈をすれば、これは「旦那の苗字を名乗りたかった女性が96%もいる」ということになるのでしょう。しかし女性が夫の氏を名乗る背景には、夫、夫婦の親族、職場などが「妻が夫の氏を名乗るのが当然」と考えているため「そうせざるを得なかった」場合が少なくないのです。そういったことから「結婚後の苗字の変更に伴う身分証明書等の書類の手続き」が女性にばかり強いられているという現状があります。
日本人同士で結婚した夫婦に対する差別ではないか
選択的夫婦別姓を認めないというのは、実は「日本人同士で結婚した夫婦」に対する差別だという見方もできます。というのも、日本では日本人同士が結婚した場合、夫婦別姓は認められていませんが、日本人が外国人と結婚した場合には夫婦別姓が認められているからです。外国人男性と結婚した日本人女性は、夫の外国の苗字にすることもできれば、結婚後も旧姓のままにし、別姓にすることが法律で認められています。
この矛盾点については多くの専門家が指摘しています。夫婦別姓訴訟の原告側の弁護人であった野口敏彦弁護士は2019年11月13日に行われた日本外国特派員協会の記者会見で、国際結婚をした夫婦に夫婦別姓が認められている理由について「天皇がトップで、その下に家があって、男性が戸主という『日本人なら家制度で管理されて当たり前』だという考えが日本に根付いている。外国人は家制度の一員だとはみなされていないため、別姓が認められているのではないか」と話しました。
現代に照らし合わせて家族というものを考えたとき、「外国人と結婚する人には認められている権利が、日本人と結婚する人には認められていない」というのはおかしな話だと思いませんか。
ドイツでは同じ苗字を名乗りたい場合にのみ苗字を変える
筆者の出身のドイツでも法律が変わったのは「ごく最近」です。2012年までは結婚後に何も手続きをしなければ妻は自動的に夫の苗字になり、旧姓を諦めなければなりませんでした。
夫が妻の苗字を名乗りたい場合、結婚前に役所で妻側の苗字を名乗りたい理由を述べた上で申請をしなければいけませんでした。これは男女平等だといえる制度ではありませんでした。
しかしドイツでは民法が改正され、2013年からは「結婚」というものが人の苗字に影響を及ばさなくなりました。現在は基本的には双方が独身の頃の苗字を名乗り続け(夫婦別姓)、「夫婦が同じ苗字を名乗りたい場合にのみ、どちらの苗字にするか選択をする」形となっているのです。尚、これは男女に限らず同性の夫婦に関しても同じです。
夫婦別姓である場合、親は子供が生まれてから一カ月以内に「子供が両親のどちらの苗字を名乗るのか」を決めなくてはなりません。きょうだいで別々の苗字を名乗ることは認められていないため、一番最初に生まれてきた子の苗字と同じ苗字を妹や弟も名乗ることになります。
「メルケル」は現夫ではなく元夫の苗字
日本のような「家」の考え方がないドイツでは、離婚後も元夫の姓を名乗り続け再婚後も元夫の姓のままという女性もおり、ドイツのメルケル首相がそれに該当します。「メルケル」は元夫の姓で、現在の夫の姓とは異なります。
筆者の知人には「ドイツにはあまりないエキゾチックな苗字がいい」という理由から、日本人の妻と離婚後も日本語の苗字を名乗り続けているドイツ人男性もいます。
前述通り2013年以降は夫婦別姓が基本となっているドイツですが、夫婦が「互いに同じ苗字にしよう」と決める場合も、「苗字の響きやイメージ」を基準に「どちらを名乗るか」を決めることが珍しくありません。「ドイツによくある苗字」であるならば、人違いなどを防ぐために、「よりレアな苗字のほう」が選ばれる傾向にあります。「男性の苗字を選ぶのが当たり前」という時代ではなくなってきているのです。
夫婦が同じ姓を名乗ることを「一つの選択肢」とせず、強制しているのは世界で日本だけです。「選択的夫婦別姓」ではその名の通り、選択肢が増える「だけ」です。それ以上でもそれ以下でもありません。世界がひっくり返るわけでもなんでもありません。選択的夫婦別姓の反対派にはそのことを肝に銘じてほしいものです。