大和証券が女性活躍を推進する理由とは
【木下】現在の日本企業では、女性活用を平等論や人権論と捉え、企業利益には結びつかないという考え方もいまだに根強いようです。この点についてはどうお考えでしょうか。
【中田】そうした考え方は正しいとは言えません。日本はもちろん海外の調査でも、役員や管理職の女性比率が高い企業は財務パフォーマンスにプラスの影響が出ていると示唆されています。当社では、以前から女性活躍やワークライフバランスの実現を経営戦略の一つとして位置づけ、積極的に取り組んできましたが、それは平等論や人権論からではなく、自社の持続的成長に欠かせないと考えたためです。
【木下】ひと昔前は、証券会社と言えば長時間労働、かつ男性社会というイメージがありました。御社も、2005年時点では女性管理職が全体の約2.5%しかいなかったそうですが、現在では約16%と激増しています。女性活用を一気に加速させたのはなぜでしょうか。
【中田】長時間労働については、私自身がまったくの無駄だと思っていたことから、ずっとなくすべきだと思い続けてきました。そして女性活躍については、優秀な女性が出産を機に退職してしまうケースが多く、非常にもったいないと感じていたことがきっかけになりました。そこで、15年ほど前に女性活躍推進チームを立ち上げて一気に改革を進めたのです。
そもそも証券業はバーチャルで行われる知的業務であり、そこには性別も年齢も関係ありません。社内で設けている新人賞では、昨年の受賞者5名のうち4名が女性でした。
「19時前退社」が思いがけない効果を発揮
【木下】2007年には、前会長の号令のもと「19時前退社」も導入されました。社内からは不可能だという声も上がったそうですが、どう浸透させていったのでしょうか。
【中田】一つには「強制力」を働かせたからです。当時人事担当役員だった私は、当時の社長から、19時以降も社員が残っている支店の支店長に「時間が守れないなら次の異動候補に入る」と注意するよう言われていました。こうした強制力がなければ、100年以上も続いてきた仕事のやり方を変えることはできなかったでしょう。
同時に、社員にはワークライフバランス推進の重要性を説明し、早く帰るためには日中の行動をどうすべきかよく考えてほしいと繰り返し伝え続けました。その結果、3年ほどで強制が「定着」に変わり、皆が腹落ちして本当に機能するようになりました。
【木下】定着によって思いがけない効果などはありましたか?
【中田】女性が働きやすくなるという副次的効果がありました。退社時間が前もってわかるため、お子さんの送迎などの予定が管理しやすくなったと。また、予定が自己管理できるという点は、男性を含めた他の社員にとっても意外な効果がありました。19時以降の時間を自己研鑽に充てる社員が増え、CFP資格の取得者が増加したのです。今では当社のCFP取得者は1000名を超え、金融業界でトップの人数を誇っています。
新しい制度を導入する時は、必ず反対や不安の声が上がるものです。でも、全体の7割が「いいね」と言ってくれたら、その制度は意義あるものだと思っていい。7割から始めて徐々に賛成者を増やしていけば、そのうち必ず定着するはずです。
【木下】賛成7割でOKだと思えば、導入にもチャレンジしやすいですね。女性の働きやすさについては、退社時間のほか育休や時短などの制度も整えていらっしゃいますが、これらの利用が長期になった場合、キャリアの中断につながるという声もあるようです。
女性の昇進意欲を高めるための打ち手は
【中田】出産や育児との両立を考えた時、女性は主に「休むとキャリアアップできなくなるのでは」「復帰して両立できるだろうか」という2つの不安を感じるのではと思います。そこで当社では、この不安を払拭すべく、2013年から育休中の社員も昇格対象とするようにしました。また、保育施設や学童の費用補助のほか、法人契約しているベビーシッター会社については利用料金の補助も行っています。
育休や時短制度は、必要な時に必要な制度を使ってキャリアを継続してもらうためにあります。当社では育休は3歳まで取得できるようにしていますが、これは決して長く休んでほしいということではなく、個々の事情に合った選択ができるようにという思いからです。今後も「社員の不安の払拭」を根本に据え、支援策をしっかり考えていきたいと思っています。
【木下】男性から「女性を優遇しすぎている」といった声は上がっていませんか?
【中田】当初はあったと思います。表立っては声を上げなくても、内輪の飲み会などで「女性ばかり優遇されるからやってられない」と愚痴をこぼす男性社員はいたかもしれません。しかし、女性には出産というライフイベントがあり得ますし、今の日本では育児負担もまだ女性のほうが大きくなりがちです。その意味で、私は女性に対しては男性より「優遇」ではなく「配慮」が必要だと考えています。
一方で、能力には「個人差」はあっても「男女差」はありません。「男性のほうが能力が高いのに女性を優遇している」と感じる社員がいるとしたら、それはアンコンシャスバイアスそのもの。私から見ればそういう人は大抵仕事もできない人ですが(笑)、会社としても策を打って、おかしなバイアスは早急に解消しなくてはならないと思います。
また女性からも、「同僚が育休をとって子どもがいない私にシワ寄せがきている」といった不満が出ることもあるでしょう。これについては、育休をとる人、穴埋めをする人、その上司や同僚全員が互いを思いやる姿勢が必要だと思います。皆が性別や立場を超えて配慮し合い、大変な時はカバーし合う、そうしたカルチャーを醸成していきたいですね。
【木下】次に女性の意識改革について伺います。大手企業では、いくら育休などの制度を整えても「女性自身が昇進したがらない」と悩んでいるところも少なくないようです。女性の昇進意欲を高めるには何が必要なのでしょうか。
【中田】女性活躍という目的を果たすには、やはり制度を作るだけではダメで、ある程度の強制力と具体的な数値目標が必要でしょう。管理職における女性比率や男性の育休取得率などで具体的な数値を示し、会社全体がそこを目指しているのだということを、全社員にしっかり伝えなくてはなりません。
ただし、数値目標は現実的なものにする必要があります。当社は、役員に占める女性割合30%を目指す「30%club Japan」に参画していますが、すべての企業がそうあるべきだとは考えていません。業態や男女構成が違えば数値目標も違って当たり前。もともと女性が少ない企業なら、いきなり女性役員比率30%を目指すよりも、今いる女性社員への研修の回数などできる部分から数値目標を決めていくべきです。
そして取り組みを始めたら、焦らずに続けることが大事。たとえ達成が20年先だとしても、今始めなければ20年後も同じ状態のままです。そこを肝に銘じて、できる限り早いうちに最初の一歩を踏み出してほしいと思います。
男性育休「1週間以上」を強力に推進
【木下】数値を示して目標を「見える化」することが大事なのですね。御社では、女性活躍に関してどんな数値目標を設定されていますか?
【中田】2020年度までの目標として、女性管理職比率15%以上、新卒採用における女性採用比率を安定的に50%、研修受講者に占める女性比率50%、年休取得率70%以上、男性の育休取得率100%を掲げています。特に男性の育休取得推進には力を入れており、2017年からは3年連続で取得率100%を達成しました。さらに、今年度からは「原則1週間以上の取得」を推進しています。
男性の家庭参画は、女性のさらなる活躍支援に必須です。当社にはほかにも「妊婦エスコート休暇」や「キッズセレモニー休暇」などがありますが、休暇はわかりやすい名前をつけると意外ととりやすくなるんですよ。上司が「何で休むんだ」と言えなくなるので(笑)。
【木下】それは他社でも導入できそうですね。さらに、ダイバーシティ政策全般としてはどんな取り組みをされているのでしょうか。
【中田】当社は、女性だけでなく誰もが能力を発揮できる仕組みづくりを目指しています。若手社員向けには奨学金返済サポート制度、ベテラン社員向けにはスキルアップ研修や、実績などによって55歳以降の処遇を優遇する「ライセンス認定制度」、介護休職の延長などを実施しています。さらに、高齢の営業員に対する雇用上限年齢廃止、障がいのある社員の採用機会拡大や包括的支援などにも取り組んでいます。
【木下】近年は、ダイバーシティ経営が、特に海外からの投資の指標にもなっています。日本企業も、女性活躍を含めたダイバーシティ政策に積極的に取り組んでいかなければなりませんね。
【中田】いずれ、女性役員が何%いるかが議決権に影響する時代が来るでしょう。女性活躍やダイバーシティ、ワークライフバランスの実現は企業の成長に欠かせないものであり、すべての企業が今すぐ取り組みを始めるべきです。
私が人事担当役員だった頃は、女性活躍への取り組みには向かい風が吹いていました。しかし、今はこれまでにないほどの追い風が吹いている時代。人事・ダイバーシティ担当の皆さんはぜひこの追い風に乗って、自信と信念、勇気を持って改革を進めていただきたいと思います。