ミクシィで働く姜 少眞(Kang Sojin)さんは、周囲に産休・育休をとる社員がほぼいなかった7年前に休みを取得し、職場復帰した。フルタイム復帰したいが、定時19時まで働くことは難しいと感じた姜さんが上司に交渉して手に入れた新たな働き方とは――?

経済危機で夢が揺らいだ学生時代、親の反対を押し切り日本へ

ミクシィ デザイン本部 制作室 Webデザイングループ/マネージャーの姜 少眞(Kang Sojin)さん
写真提供=ミクシィ
ミクシィ デザイン本部 制作室 Webデザイングループ/マネージャーの姜少眞(Kang Sojin)さん

ソウルで生まれ育った姜さんが日本への留学を思い立ったのは大学時代だった。

韓国では伝統あるミッション系の名門校、梨花女子大学校へ進学。ものづくりに憧れて、建築学科で設計を専攻した。だが、入学した年の末、韓国は経済危機に陥って建築業界も低迷する。自分の夢も揺らぐなか、興味を惹かれたのがWebの世界。大学3年のとき、1年休学してWebの勉強をした姜さんは新たな挑戦を心に決めた。

「中学、高校の頃から日本に興味がありました。韓国でも日本のアニメやゲームが有名で、私も『ファイナルファンタジー』や『新世紀エヴァンゲリオン』などが好きだったんです。グラフィックの3Dを作りたいと考え、日本で学ぼうと思いました」

親の反対を押し切って、卒業後に日本へ留学。日本語学校へ通いながら、学費と生活のためにアルバイトを始めた。韓国系の広告代理店でデザインを手がけ、やがて正社員として企画提案に携わる。その後、韓国でコミュニティサイトの運営をする企業の日本支社へ移り、ディレクション業務も経験した。

29歳、ミクシィに転職。結果が出ずつらい日々でも見つけたやりがい

姜 少眞(Kang Sojin)さん
写真提供=ミクシィ

Webの仕事はますます面白くなり、さらなるキャリアを目指して転職したのが「ミクシィ」。2007年、29歳のときだった。

「あの頃はSNSm『mixi』が盛んな時期で、この仕事で多くのユーザーに影響を与えたいという思いがありました。ただ外国人である自分がまさか入社できるとは思わなかったんです。ずっと韓国の企業で働いていたので、韓国人であることはメリットでもあったけれど、日本語はあまりうまくないし、バックボーンも違うので、もっとがんばらなきゃという焦りと緊張感がすごくありましたね」

ミクシィではmixiミュージックの配信型サービス「mixi Radio」の立ち上げを目指し、新しい市場を開拓する挑戦でもあった。ディレクターを任された姜さんはプロジェクトの進行を担い、デザイナーやエンジニアなどメンバーとのコミュニケーションが欠かせない。言葉のハンデも補うため、綿密な資料作りを心がけた。

当時はまだ日本の音楽業界でストリームサービスが認知されていなかったので、旧来の市場では立ちはだかる壁も多かった。著作権やレーベルなどとの交渉や契約は困難で、ユーザーが好むような音源取りも苦労した。

「リリースしてからもいろいろ改善を重ねたのですが、思うように結果につながらなくて辛い思いをしました。それでもメンバーに恵まれて、私もなにより仕事が好きだった。いちばん頑張った時期かもしれませんね」

待ち望んだ妊娠と極度の不安。子どもを抱きながら一緒に泣いた日々

終電帰りや土日に仕事をするのも当時は珍しくなかったという姜さん。そんな生活が一変したのは30代半ば。同じ韓国の男性と結婚して8年目に念願の子どもを授かったのだ。待ち望んだ妊娠だが、産休に入るときは不安でたまらなかったと振り返る。

「ミクシィもまだ若い会社だったので、産休・育休をとる人が周りにいなかったんです。だから、産休に入ったらどんな生活になるのか、本当に職場へ復帰できるのだろうか……と想像もつかないことばかりでした」

日本では誰も頼れる人がいなかったので、韓国へ里帰りした姜さんは2013年7月に出産。子育ては想像していたよりはるかに大変だった。生まれた男の子は昼夜ずっと泣いていて、病院へ駆けつけたことも幾度かあった。腹痛のためと診断されるが原因はわからず、泣いている間は実家の両親と交代で抱っこしているしかなかった。

産後7カ月で日本へ戻ると、日中は一人で育児に追われる。子どもは哺乳瓶でミルクを飲むことを嫌がり、離乳食も食べてくれない。エンジニアの夫は帰りが遅く、子どもと二人きりの毎日は息がつまるようだった。

「頭の中は子どものことでいっぱいで、自分もおかしくなるんじゃないかと不安になるときもありました。泣きやまない子を抱きながら、一緒に泣いてしまったり。夫も『親もとにいた方がいいよ』というので、またしばらく実家へ帰りました」

職場への復帰も厳しかった。育休中に保育園探しを始めたものの、周りにママ友がいなかった姜さんには保活の情報も入らず、夫と探し始めた頃にはどこも空きがなかった。

育休明けには間に合わず、ようやく仕事へ復帰できたのは2014年11月。1年半以上のブランクの間にスタッフも入れ替わり、職場はすっかり様変わりしていた。

フレックス勤務を活用し、フルタイム復帰。ロールモデル的存在に

社内ではスマホゲームアプリ「モンスターストライク」が大ヒットし、姜さんは韓国版モンストの運営チームに配属された。初めて携わる分野だけにとまどいは大きく、手探りで再スタートを切る。子育てと両立するためには働き方も見直した。

元々フルタイムでの復帰を希望していたものの、定時の10時から19時まで働くことは難しく、上司に相談してフレックス制度を活用。8時から17時までのフルタイム勤務で時間の使い方も工夫した。当時同社内でそのような働き方は珍しく、プレママ社員などから働き方の相談を受けるように。

「朝の2時間に集中して、前日のキャッチアップと今日解決しなければいけないことをリストアップする。10時になったらメンバーとコミュニケーションをとり、午前中にだいたい片付けます。子どものお迎えがあるので17時には退社して、それ以降の業務は他の人に引き継ぐようにしていました。それでも平日はふれあう時間が少ないので、週末はなるべく子どもに全集中すると決めていましたね」

復帰後一年目は、子どもが病気がちで、保育園からしきりに電話で呼ばれるため、会議中も携帯を手放せなかった。仕事も慣れない業務では頑張っても結果を出せず、落ち込むばかり。悩みながらも前へ進もうと懸命だった姜さんに、Webやグラフィック、映像を担当するクリエイティブグループから声がかかる。

自分の経験を活かせるディレクター職を任されることになったのだ。

苦い経験から学んだ、部下を諭すときに必要な配慮

2015年12月には組織「XFLAG ARTS」(現・デザイン本部)へ異動。姜さんは管理職に昇進し、マネジメントに携わる。課題はやはりメンバーとのコミュニケーションだった。チームでいかに仲間意識をもち、同じ目標に向かっていくか。姜さんには、今も苦くよみがえる出来事がある。

あるミーティングで一人のデザイナーが、他のデザイナーを見下すような発言をしたことで、発言を受けた側が泣いてしまったのだ。

「それまでは静観していたのですが、そこでピンと切れちゃって。本当はあとでその男性を呼んで個別に言うべきだったのに、私も我慢できなくて、その場でわっと責めてしまったのです。つい強い口調になってしまい、しくじったと反省して……」

とりあえずミーティングは解散。一人で冷静になって考えてみると、いろんなことが間違っていたことに気づく。ちょっと時間をおいてから、家でも夫に相談してみた。

「夫も管理職なので、『こういうことがあったんだけど、私もまずかったよね。あなたならどうする?』と聞いたら、『何かあっても人が集まっている場所で一人を責めるようなことはすべきじゃない』とか、『感情的になっちゃだめだよね』といわれ、しっかりフォローすることが大切だと。ずっと心に残っていたら次の仕事もしづらいので解決しなければいけないとアドバイスをもらいました」

後日、姜さんは責めた相手と個別に話し、まずは「ごめんね」と詫びた。配慮が足りなかったことを反省したうえで、本当に伝えたかったことを話し、「仲間意識を持って、相手を尊重してコミュニケーションしてほしい」と諭す。さらに他のメンバーも集めて詫び、自分の思いを丁寧に話したのだ。その出来事をきっかけに、適切なタイミングや状況、場所にも配慮し、冷静に話すことを心がけるようになったという。

そもそも職場におけるコミュニケーションには誰しも悩むが、姜さんはさらに日本と韓国の違いも感じてきたことだろう。

「日本では良くも悪くもはっきり言わないところがありますね。最初はよくわからなくて、『これは良いの? 悪いの?』ととまどうことも多かったです。韓国はけっこうアメリカと似ていて、白黒はっきり言ってしまう。私もそうなりがちなところがあって反感を買ったりするので、なるべく柔らかく話すように心がけています。それでも伝えるべきことや改善してほしいところはきちんと説明する。厳しいことを言うのは辛いけれど、本人が気づかなければ成長につながらないですからね」

チームの結束を実感できた「XFLAG PARK 2019」

姜 少眞(Kang Sojin)さん
写真提供=ミクシィ

マネジメントのうえでも失敗の繰り返しと苦笑する姜さん。それでもチームの結束を実感できたのが、昨年幕張メッセで開催した「XFLAG PARK 2019」だ。毎年ユーザーに感謝をこめて楽しむ場を提供するイベントをやっており、昨年から姜さんのデザイングループで特設サイトを作成することになった。メンバーは従来のサイトを徹底的に分析し、新たなデザインを提案。その結果、数値は大きく改善され、メンバーもやりがいを感じられた。2日間のイベントには4万人が来場する盛況だった。

「うちの会社は創業から理念がずっと変わらない。それは家族や友達などのコミュニケーションをさらに豊かにするサービスを提供すること。私はそこがすごく好きですね」

子育てを経験したからこそある今のマネジメントスタイル

姜 少眞(Kang Sojin)さん
写真提供=ミクシィ

日本を訪れてから、まもなく20年目になる。Webの仕事に魅せられ、言葉や文化の壁にぶつかりながらも挑戦を重ねてきた。日本で家庭を築き、子育ての大変さも味わってきたが、今はそれが仕事にも結びついている。

「マネジメントと子育てはかなり似ていると思っています。子育てでいちばん難しかったのは、言葉が通じない相手とのやりとり、そして自分がコントロールできない状況であるということでした。仕事は大人相手だから言葉は通じるけれど、それぞれバックボーンは異なるから、自分とは考え方が違う人間であることを理解することが大切。子育てもマネジメントも相手に成長して欲しいから、行動を促すことも一緒ですよね」

子育てを通して、自分も柔らかくなったという姜さん。小学一年生の息子はやんちゃで活発な少年に成長した。ものづくりが好きなところはママ似らしく、子どもが考える遊びやゲームに付き合わされている。週末、子どもが寝てからのフリータイムは夫婦でゆっくり過ごせるようになった。

あるとき、夫から一緒に観ようと言われたのが、韓国のベストセラー小説を映画化した『82年生まれ、キム・ジヨン』。結婚、出産を機に仕事を辞め、育児と家事に追われる女性の複雑な心情を繊細に描いた映画だ。「めっちゃ、泣きました」と照れる姜さん、夫も涙ぐんでいた。育児の苦労もよみがえってきたが、あの日々を乗り越えたからこそ今は子育ても仕事も楽しんでいるという。