「男性の育休」厚労省原案の中身
11月12日。一向に進まない男性の育休取得を促進する厚生労働省の原案が明らかになった。もちろん育休取得は女性に限らず、男性にも認められた権利だ。育児・介護休業法は「事業主は、労働者からの育児休業の申出があったときは、育児休業申出を拒むことができない」と規定している。
それでも女性の83%が育休を取るのに対し、男性の取得率は7.48%(2019年度「雇用均等基本調査」)にすぎない。政府は2020年までに男性の育休取得率13%の目標を掲げていたが、達成は不可能に近く、2025年度30%の目標もほど遠い状況にある。
今回、政府が目をつけたのは子どもが生まれた直後の父親の約1カ月の「産休」の取得だ。厚労省の原案の具体的な内容は以下の通りだ。
②事業主への申出期限も現行の1カ月前を短縮し、2週間前とする
③現行の育休は災害発生時などの緊急事態を除いて就労が認められないが、あらかじめ予定された仕事をすることは可能とする
④休業を取得しやすくするために、職場環境の整備を事業主に義務づける。具体的方法として、研修、相談窓口設置など
⑤事業主に個別労働者への周知を義務づける。具体的には、取得の働きかけ・意向確認、面談での制度説明、書面等による情報提供など。とくに育休取得を強力に促すために取得の働きかけ・意向確認は必須とする。
2週間前に申し出れば、出生後の約1カ月について分割取得を認め、かつ仕事もできるようにすることで取得を促す。また、これまで努力義務だった個別労働者への周知を事業主に義務づけ、上司が部下に取得を働きかけることで、より取得しやすくするのが骨子だ。政府は原案の議論を経て、育児・介護休業法改正案を来年の通常国会に提出する予定だ。
男性国家公務員の平均予定日数は43日
じつは民間企業に先立って国家公務員の男性に育休取得を促す取り組みが、今年(2020年)の4月から始まっている。中身は合計1カ月以上、なるべく1年以内かつ出生後8週間以内にまとめて取得することを上司が勧める。面談で取得希望を把握し、取得計画書を作成するが、計画の作成などは上司の人事評価に反映される。
内閣人事局によると今年(2020年)4~6月に子どもが生まれた男性職員3035人のうち、85%が1カ月以上の育休を予定しているが、平均予定日数は43日という。もちろん国家公務員の取り組みを先に実施したのは、民間企業の男性の取得を促す狙いがある。
はたして法改正によって男性の育休取得は進むのか。育休を取りたい男性は少なくない。エン・ジャパンの「男性育休実態調査」(35歳以上、2019年9月10日発表)によると、「もしこれから子どもが生まれるとしたら、育休を取得したいと思うか」との質問に「積極的に取得したい」41%、「できれば取得したい」45%で取得希望者が86%もいる。取得希望期間でも「1カ月~3カ月」が22%と最も多い。
男性の取得に無理解な職場が多い
にもかかわらず男性の育休取得を阻んでいるものは何か。労働組合の中央組織である連合が同居している子どもがいる25~49歳の男性有職者の調査をしている(「男性の家事・育児参加に関する実態調査2019」2019年10月8日発表)。それによると、育児休業を取得しなかった理由として最も多かったのは「仕事の代替要員がいない」(47.3%)。次いで「収入が減る(所得保障が少ない)」(36.6%)、「男性が取得できる雰囲気が職場にない」(32.2%)、「仕事にブランクができる」(13.9%)と答えた人のほか「男性が取得するものではないと思う」と、保守的な男性も11.3%もいた(複数回答)。
また、実際に「取得したかったが、取得できなかった」人が30.2%もいた。その理由は「仕事の代替要員がいない」(63.6%)が最も多いが、「男性が取得できる雰囲気が職場にない」(46.4%)が2番目に多かった。つまり、取得したくても育休取得に無理解な職場が多いということだ。法律では男女に関係なく育児休業を取得できるのに、依然として男性の取得に無理解な管理職が存在する。
「育休といえば女性」が抜けきらない50代男性社員たち
これに関しておもしろいエピソードがある。あるサービス業の人事部長が管理職研修で3年前に「育児・介護休業法の改正」の説明をしたときのことだ。
「人事としては新しい改正内容を事務的に淡々と説明し、男女に関係なく取得できることは周知のはずなので、あえて女性や男性という言葉を使わなかったが、最後に『男性の部下が育休取得を申請してきても遅滞なく人事部に連絡してください』と言ったら、会場の一部がどよめいた。よく見ると、50代管理職が集まる一角だけがキョトンとした顔をしている。じつは育児休業は女性社員だけの規定だと思っていたようだ。育休といえば女性が取るものだと考えている50代社員が多いのには驚いた」
その管理職がたとえ男性が取得できるとわかったとしても、快く取得を認めるとは限らない。前出の連合調査の「取得したかったが、取得できなかった」人の理由には、「取得すると昇進・昇給に悪影響が出る」(12.1%)、「取得すると異動になる」(5.7%)、「上司に取得したら不利益を被ると言われた」(5.4%)、「上司に取得しない方がいいと言われた」(4.6%)といったパタハラに該当する行為で取得を諦めている。
嫌味、仕事を任せない……横行するパタハラの現実
パタハラとはパタニティハラスメントのことで「男性はこうあるべきだという先入観により、上司・同僚が男性の育児休業など子育てを疎外する言動などの嫌がらせのこと。マタニティハラスメントと同様に事業主はパタハラを防止する措置を義務づけられている。
しかし、実際にパタハラは横行している。育児休業取得後のパタハラとして「復帰したら嫌みを言われた」(15.3%)、「責任ある仕事を任せられなくなった」(8.3%)、「昇進・昇給できなかった」(6.9%)のほか「低い人事評価を受けた」「復帰したら新人のような扱いをされた」と、答えていることでもわかる。
男性の育休取得に無理解な職場が多く、パタハラも少なくない中で法改正によって「1カ月程度の取得」は可能なのか。建設関連会社の人事部長は「1カ月程度が限度」と語る。
「1カ月程度であれば、仕事の締めや月次決算の伝票処理など細かい作業は上司が他のメンバーに仕事を割り振ることでカバーできるだろう。当社でも男性で育休を取ったのは最高でも1カ月だが、それが2~3カ月になると、さすがに抜けた穴を埋めるのは難しい。頭を抱える上司も出てくるかもしれない」
最大のネックは昇進・昇格への影響
もちろんそんなことを気にすることなく女性と同じように法定の1年間、会社によってはそれ以上の期間の育休を取得することができる。
しかし、長期の育休の最大のネックとなるのが、連合の調査にもあった「取得すると昇進・昇給に悪影響が出る」可能性があることだ。取得したことで昇進・昇給させないのはパタハラに当たる。ただし、現実は昇進・昇格に微妙な影響を与える。前出の建設関連会社の人事部長はこう語る。
「本当は取得したいけど、取らない人の半数は昇進の評価に影響を与えることを気にしているからだ。当社では40歳までに課長にならないと、その後の昇進が難しいのが実状。30代は重要な仕事を任され、しかも3~4つも仕事を抱えながらライバルと競争している。重要なプロジェクトのメンバーを降りて『育休を取ります』と言えば、ダメだとは言えないが『あ、そう。それでいいのね』となって、結果的に課長のポストをライバルに奪われてしまうことになりかねない。これは差別ではなく、あくまでも昇進候補者の実績を踏まえたものです、と上司に言われれば人事部も文句は言えない」
改正原案が手ぬるいと言える理由3つ
実際に大手企業の中には課長職に昇進する上限年齢を40歳前後に定めているところもある。仕事も波に乗り、昇進が目の前に迫っている30代にとっては「キャリア断絶」を心配し、育休を取ることを躊躇せざるをえないかもしれない。
その点では育児・介護休業法の改正原案は手ぬるいかもしれない。育休申請を拒んだ上司はパタハラ行為として懲戒案件の対象とするべきだろう。また、国家公務員と同じように育休取得に熱心なイクボス上司の人事評価を高くすることも必要だ。さらに昇進年齢の上限を撤廃し、たとえ20代や50代であっても年齢に関係なく、実力があれば昇進することが可能な制度の柔軟化を図るべきだろう。