ダイバーシティに理解がない取引先をどうするか
私はよく、働く女性たちから、社内外の人間関係、キャリアの構築の仕方、リーダーとしてのあり方などのさまざまな悩みを相談されます。最近受けた相談の中で気になったものの一つが、「ダイバーシティに理解のない取引先にどう対応したらいいか」というものです。
自分の会社の中でダイバーシティが浸透していない場合は、上司や同僚、人事部に働きかけるなどの対応が考えられますが、取引先や顧客企業など、他社とのやりとりの中で差別的な対応をされる場合は簡単ではありません。取引先ですから、こちらのやり方も主張しにくい。かなり難しい状況だと思います。
ダイバーシティについての理解や施策は徐々に浸透してきてはいますが、まだまだ企業によってその度合いには大きな差があります。ですから、こうした状況はたくさん起こっていると思います。ただこれからは、セクハラや差別的な発言・行動があるなど、自社のダイバーシティの方針に反する行為がある取引先には、会社として抗議したり、時には取引を打ち切るといった厳しい対応を取ることも考えなければいけないでしょう。
「女性役員がいない企業との取引はしない」
ゴールドマン・サックスのCEOは今年(2020年)1月のダボス会議(世界経済フォーラムの年次総会)で、「女性など、多様な取締役メンバーがいない企業については、そのIPO(新規株式公開)の主幹事を引き受けない」と宣言して大きな反響を呼びました。おそらくこうした方針を打ち出したのは、ウォール街の投資銀行の中でも初めてでしょう。ゴールドマン・サックスにとって、企業が上場する際の主幹事業務は、コアビジネスの一つです。この方針は、アメリカと欧州を対象としたもので、アジアは対象から外れていますが、海外でも日本でも大きな話題になりました。
これは、自社の価値観を押し付けようとして言っているわけではなく、経済合理性に基づいています。「リーダー層に多様性がある企業は、多様性がない企業に比べて長期的なパフォーマンスが良い、株価のリターンが高い」といった調査結果はたくさん出ています。特に最近はESG(環境、社会、ガバナンス)投資も増えていますし、より多様性のある企業にお金が流れる風潮があります。この流れは止まらないと思います。
「多様性のない企業とのビジネスはしません」となると、確かに短期的にはビジネス機会を失うこともあるかもしれません。しかし、長期的には、短期的なロスを上回るリターンを得られると確信していますし、こうした方針を表明することで、多様性の価値を理解していない企業も変わっていくのではないでしょうか。
ただこれは、実際に取引先の対応をしている女性個人では、なかなか決められない対応かもしれません。経営層がこれから本気で考えていくべきことです。もし、自分がダイバーシティの理解がない取引先を担当している場合は、上記の通り、長期的には自社のためになるということも踏まえ、会社として厳しい対応をとってもらえるよう、チームや上司に相談してみてほしいですね。
“Don’t try to be a man.”「男性になろうとしないで」
男性が多い企業や業界にいると、無意識のうちに、周りの男性たちと同じような働き方をしなくてはいけないと思い込んでしまうことがあります。私も、若手の女性のメンターをしていると、よくそうした質問を受けます。特に金融業界は競争が激しいですし、ある意味男性のようなアグレッシブさがないと評価されないところもあります。
ただ、こういう時、私がよく言うのは、“Don’t try to be a man.”「男性になろうとしないで」。そもそも男性になろうとしても無理なこと。それに、すでに男性が多いところに、もう1人男性を増やす必要はないと思いませんか? 全員が男性になっても困るじゃないですか。
私は30年くらいこの業界にいますが、日本の外では、お客さまである投資家の、女性の割合がものすごく増えています。顧客側が多様になっているのに、それを提供する企業が多様でなければ釣り合いません。出てくるのが全員男性だと、やはり「多様性がないな」と、いい評価はされないように思うのです。ビジネスチャンスを失うリスクになってしまいます。
評価の尺度がフェアな仕事を選ぶ
できれば、働き方やふるまいを男性に合わせて評価してもらうのではなく、ジェンダーに関係なく透明性の高い評価をしてくれる業種や会社を選ぶ方がよいと思います。仕事の評価の尺度がフェア(公正)で明確であることは、特に女性には重要だと思います。
例えば私が就いているアナリストという職業は、比較的評価の透明性が高い仕事です。定期的に顧客から評価されますし、それがアナリスト全員に共有されます。私が長くこの仕事を続けられている理由の一つは、ここにあるように思います。
もちろん、成果を客観的に評価しにくい仕事もありますし、評価の透明性の高さの測り方は一様ではありません。しかし、性別や国籍、LGBTなどの性的マイノリティーかどうかなど、理不尽な要素が入りにくい評価制度があるかどうかは、しっかり見た方がいいでしょう。
管理職は、誰にとっても最初は大変
私もそうでしたが、これまでプレーヤーとしてやってきたのに、突然マネジャーの役割を担うのは簡単なことではありません。今までは自分のことだけやっていればよかったのが、いきなり他の人のパフォーマンスも見なくてはならなくなる。自分の思うようにコントロールがききませんから、最初のうちは誰でもマネジメントに苦労します。
私の失敗例を一つお話ししましょう。私が日本の共同調査部長になったときのことです。ある若い女性社員が、私の部下にあたる男性上司に対する不満を私に訴えてきました。それを聞いた私は、直接その男性に「こういうクレームがあったから直しなさい」と伝えました。しかしこれが、ちょっとしたトラブルにつながってしまいました。私の犯した間違いは、女性社員の話しか聞かずに判断してしまったところにあります。両サイドの話を聞いて、事実関係を確認したうえで判断すべきだったのです。
リーダーとしてのふるまい方は、誰かが手取り足取り教えてくれるわけではありません。時にはこうして失敗しながら、自分で一つひとつ学んでいくしかないのです。
“トーンセッティング”の重要性も、日常の仕事の中から学びました。メンバー全員が「ここで働くのは楽しい」「自分は成長できている」と思えるような、明るい雰囲気づくりに、リーダーが果たす役割はとても大きいのです。前日の夜に悲しい出来事があったとしても、どんなに疲れていても、翌朝オフィスに入るときは「おはようございます!」と元気よく言うようにしています。リーダーが暗いと、組織内の雰囲気も暗くなってしまうからです。
昇進の機会は逃さないで
女性は男性に比べて、昇進を躊躇する傾向があります。これは日本に限った話ではなく、世界中どこも同じのようです。私も経営トップの方から、「女性活用を進めたいのに、肝心の女性が昇進したがらない」と相談されることがよくあります。声をかけても、「自信がないから」と辞退することが多いというのです。
例えば、あるポストに就くために必要なスキルが10あるとします。男性の場合は「私は10のうち大事な3つのスキルでトップクラスの実力があるので昇進させてください」とアピールするのに対し、女性は7つスキルを備えていても「私は3つのスキルがまだ備わっていないので、昇進にはふさわしくありません」と答えてしまう人が多い。
さきほど、“Don’t try to be a man.”と言いましたが、ここではちょっと、男性っぽくなってみてほしいと思います。自信を持ってチャレンジしてほしいのです。
管理職になると新しい世界が開ける
また、管理職になることに対して「責任が増えて、残業時間が増えるだけ」といったネガティブなイメージを持っている女性も少なくありません。でも実は、給料が上がる以上に良いことがたくさんあることも、知ってほしいと思います。
まず、決定権を持っている人との距離が近くなります。組織の方向性や戦略に関わることができる範囲が広がります。
例えば当社では、2008年から「10,000 Women」(1万人の女性)という、新興国の女性起業家を対象とした教育支援プログラムを行っています。このプログラムが始まるとき、私はパートナーのポジションにあり、マネジメント層に近かったので、いろいろと相談を受けました。
既に「ウーマノミクス」のリポートも書いていましたから、プログラムに対して「女性が力をつけてビジネスや社会に参加すれば、さまざまな経済効果につながる」というインプットができました。女性のエンパワーメント、特に新興国の女性を支援したいという気持ちはずっと持っていたのですが、決定権を持つ経営層の近くにいたからこそ深く関わることができたのです。
それに、決定権を持つ人たちから学ぶことも、本当に大きいです。さまざまなインスピレーションをもらえますし、学ぶ機会も増える。別世界が開くということを知っておいてほしいですね。
もちろん管理職は、楽しいことばかりではなく、大変なこともたくさんあります。しかし人間は新しいことに挑戦して初めて、今まで使わなかった筋肉を使うようになります。運動と同じで、「きつくてイヤだな」と思うことや、筋肉痛になったりすることもあります。でも、その痛みを超えると新しい筋肉がついている。できることが大きく広がります。振り返ってみると、そうした筋肉痛は成長のあかしなんです。