新型コロナウイルスの感染拡大が再び深刻になる中、買い物を控える消費者も増えています。三越伊勢丹では、デジタル技術を駆使して買い物の「悩み時間」と「買い回り時間」を抑えることに成功。多くの女性から予約が相次いでいると言います。7月半ばからスタートした最新の無料サービスとは――。

6割以上の人がスーパーの利用を減らしている

皆さんは、買い物に行くとき、新型コロナウイルスの感染状況を見て、「人混みが怖い!」と感じたことがありませんか?

今年5月、あるテクノロジー系企業が生活者約1万人に調査したところ、新型コロナによる緊急事態宣言後、買い回りを必要とする「総合スーパー」の利用頻度が「減った」とする人は6割超(64%)。その理由に「他者との接触を減らしたいから」の声が、8割以上(84%)にのぼりました(グランドデザイン調べ)。

買い回りを楽しむ店の代表といえば、「百貨店」ですよね。多くは広く優雅な造りで、私も大好きな空間ですが……、一方で、ある程度時間をかけるショッピング、それなりに混雑した店のイメージに、コロナ禍でつい足が遠のいた人もいるかもしれません。

たった5秒で全身のサイズを計測できるデジタル技術

そんななか三越伊勢丹は、いち早く「デジタル」での取り組みを強化し、いま女性を中心に人気を呼んでいます。一体、どんな試みにトライしているのでしょうか?

「7月15日、伊勢丹新宿店でスタートした『マッチパレット』によって、従来のお買い物にかかる『お悩みの時間』や『買い回りの時間』が短縮可能になりました」と話すのは、同MD統括部の濵本悦生さん。

マッチパレットの画面(画像提供=三越伊勢丹ホールディングス)
マッチパレットの画面(画像提供=三越伊勢丹ホールディングス)

マッチパレットとは、個々人の体型タイプと婦人服をマッチングするサービス。ワコールの3Dボディスキャン技術(3D smart&try)を、百貨店の婦人服で初めて活用しました。

同新宿店・3階に設置された計測ブースでは、全身のサイズをわずか5秒で計測できます。体型データを可視化したあとは、プロのスタイリスト(販売員)が、事前に回答したファッションの好みなどに沿って、一人ひとりにマッチしたスタイリングを提案してくれる仕組みです。

27種類の体型タイプのうち、あなたはどれ?

ビフォーコロナの百貨店は、買い回りが楽しかった一方で、「店ごとに試着しようとすると、脱ぎ着に時間がかかる」や、「ブランドの垣根を越えて、自分に合う洋服をアドバイスしてほしいのに」と感じていた人も多いはず。

画像提供=三越伊勢丹ホールディングス
画像提供=三越伊勢丹ホールディングス

ところが、マッチパレットでいったんサイズが可視化されれば、約50のブランドをまたいで、およそ1万種類もの洋服から、自分好みのスタイリング提案が可能に。計測結果は店頭のタブレットでじっくり見られるほか、その一部をプリントアウトして自宅に持ち帰ることもできます。

計測ポイントは、トップバストやウエスト、太ももなど全身18カ所。体の厚みやバスト~ウエスト、下半身の広がりなどを軸に、最終的に27種類の体型タイプに分類されます(今後変更・修正の可能性あり)。

果たして、自分はどの体型タイプなのか? 興味とともに「怖いもの見たさ」の感情も加わって、想像するだけでドキドキしますよね。

なぜ「ZOZO SUIT(スーツ)」は失敗したか

体型タイプの計測といえば、かつて「ZOZOTOWN」が提供していた「ZOZO SUIT(スーツ)」をイメージする人も多いでしょう。

17年11月のサービス開始当初、ZOZOTOWNには約100万人もの申込みが殺到し、大いに話題となりました。ですがその後、配送遅延や計測データに関する誤差の指摘が相次ぎ、結果的に18年度の大きな「赤字」要因となった。まだ記憶に新しいところです。

ですがそれ以前に、私が取材した女性たちからは「こんなデザインの(計測)スーツ、自宅でも恥ずかしくて着られない」や、「自分のサイズが誰に知られるか分からなくて、怖い」といった声が、本当に多くあがっていたのも事実。

そう、とくに女性にとって体型タイプの計測には、計測時の心地よさや「信頼関係」が大切なんですよね。

逆に言えば、百貨店ならではの信頼感や、約10人のスタイリストとの「顔が見える関係」こそが、三越伊勢丹の強みでしょう。

計測とアドバイスを無料で実施

コースは、30分コース(3Dボディスキャン計測+ワンポイントアドバイス)と、90分コース(3Dボディスキャン計測+コンサルティングサービス)の2種。

後者では体型タイプに基づき、スタイリストが「たとえばこのブランドの、このアイテムなどいかがでしょう?」など、具体的なアドバイスやスタイリング提案をしてくれる、とのこと。

いずれも事前予約(空きがあれば当日店頭にて可)が必要ですが、驚くのはどちらも「無料」であること。予約開始(7月1日~)からわずか20日の時点で、150人以上の女性が利用または申込済みだというので、人気の高さが伺えます(7月20日現在)。

「お忙しい方も多いはずですが、約35%の方が90分コースをご利用(希望)されます。また、90分コースのご利用者がその後、伊勢丹新宿店で婦人服を購入なさる割合(決定率)は、約75%に及びます」と濵本さん。

無料のサービスに優秀なスタイリストが時間を取られるのは、一見すると「痛手」に見えるかもしれません。ですが、その後の75%という決定率は、かなりの高確率。

「しかも、客観的な計測データや体型タイプをベースにしたコンサルティング(またはアドバイス)を受けたお客さまの多くは、心から納得して私どものアイテムを買ってくださる。ここがとても重要なのです」

ダイエットのモチベーションにも

また、スタイリストによるアドバイスやコンサルティングが、「新たな自分の発見やモチベーションにつながった」とする喜びの声も聞かれる、とのこと。

たとえば、「自分はパンツしか似合わない」と思い込んでいた女性が、「きっとお似合いです」とスカートを薦められ、意外なアイテムと「出逢う」ケースや、「次の来店時にまた計測(3Dスキャン)してもらいたいから、1カ月頑張ってダイエットして、また来ます」と意欲を見せる女性など。

確かに、自分の体型が正確に可視化されるなら、ダイエットにも身が入るというもの。百貨店にとっても、また(サイズ違いの)新たなアイテムを買ってくれる可能性も高いので、互いにWIN WINの関係性が築けるでしょう。

ランドセル販売では、ZoomとLINEで接客

コロナ禍における同社の試みで、5月、ひと足先にトライアルでスタートを切っていたのが、LINEおよびZoomを活用したサポートサービス。第1弾の対象として選んだ商材は「ランドセル」でした(~8月4日。8月11日からは伊勢丹新宿店6階にて実施予定)。

(左)ランドセルを求める顧客とのLINEでのやりとり。画像提供=三越伊勢丹ホールディングス/(右)Zoomでのオンライン接客の様子。画像提供=三越伊勢丹ホールディングス
(左)ランドセルを求める顧客とのLINEでのやりとり。画像提供=三越伊勢丹ホールディングス/(右)Zoomでのオンライン接客の様子。画像提供=三越伊勢丹ホールディングス

前者では、LINE WORKSのチャット機能を使用。「2020年(21年4月の新入生向け)は、どんな色のランドセルがお薦めですか?」といった顧客のさまざまな質問に、担当者がワントゥワンで(テキストで)回答します。

他方、後者で使用するのは、Zoomのオンライン会議システム。画面を見ながら、「水色系のランドセルを、ほかにも見せてくれませんか?」など、販売員に対する具体的な商品相談ができます。こちらは公式LINE上での事前予約が必要ですが、予約確認の際、見てみたいポイントなどの事前ヒヤリングを済ませているため、「ご利用時間の40分間で、ひと通りの接客が可能です」と新宿子供営業部の杉澤元一さん。

ところで、画期的なサービス導入の第1弾が、なぜ「ランドセル」だったのでしょう。

「ラン活」シーズン直前に緊急事態宣言

実は4~5年前まで、ランドセル商戦のピークは「夏休み」とされていました。ですが「ラン活(ランドセルの購買活動)」のキーワードが飛び交うようになったこの1~2年は、ゴールデンウイーク前後が一つの山場に。つまり本来ならかき入れ時であるはずの5~6月を目前に、まさに緊急事態宣言が発令されてしまったのです。

「しかもランドセルは、お子さまも含めた二世代、三世代でご一緒に選ばれるケースがほとんど。接客時間も長くなる傾向にあり、コロナ禍での来店に不安を感じる方も多いだろうと予測しました」(杉澤さん)

オンライン接客での成約率は約5割

LINEやZoomを介した顧客とのやり取りは、通常の店頭販売とは「ツボ」が大きく違うようにも思いますが……、杉澤さんいわく「スタートしてみて、基本はリアルの接客とほとんど同じだと実感しました」とのこと。

扱う商材や顧客のデジタル環境・経験などによって多少の違いはあるものの、接客時に重要なのは「お客さまに寄り添う姿勢」だといいます。

たとえば「背負ったときの重さが知りたい」という顧客に、「○キログラム」との数字だけでなく、「500ミリリットルのペットボトルで、×本分ぐらいです」など、身近な分かりやすいモノに例えて伝えるようにするなど。

伊勢丹新宿店が販売するランドセルは、中心価格帯が6万~8万円台と決して安くはありません。オンラインでの接客後、「店舗でもう一度見てみたい」と来店する顧客もいるそうですが、最終的な制約率は約5割と、こちらもかなりの高確率だそうです(7月20日現在)。

素早くデジタル化に対応できた理由

緊急事態宣言後、これほど早くLINEやZoomによる接客が可能だったのは、ひとえに3年以上前から、オンラインとオフラインの垣根を低くする「シームレス」な接客や販売、すなわち「DX(デジタル・トランスフォーメーション/デジタルによる変革)」に向けて、真剣に取り組んできたからでしょう。

YourFIT365 での計測。画像提供=三越伊勢丹ホールディングス
YourFIT365 での計測。画像提供=三越伊勢丹ホールディングス

先の「マッチパレット」も、前段は2019年8月から婦人靴で、20年3月からは紳士靴でもスタートした、足形の3D計測および靴の自動レコメンドシステム(「YourFIT365(ユアフィット365)」)。

このも、YourFIT365の場合、店頭でシューカウンセラーによるフィッティングサービスを受けられるほか、店頭での足形3D計測後、スマホの専用アプリ(三越伊勢丹アプリ)にデータ連携すると、計測結果を基にオンラインで「足に合う靴」がレコメンドされたり、ECサイトでショッピングできたりする(一部商品を除く)など、やはりシームレスなショッピングが可能です。

顧客の行動や思考を時系列で可視化

「もっとも3~4年前まで、まだオンラインは『店頭(リアルの場)』を活性化させるための手段だという捉え方が、社内でも主流でした」とMD統括部・升森一宏さん。

ですが実際に走り出してみて、昨今の顧客が、いかに事前に他社も含めた商品をリサーチしてから店頭やECサイトにやって来るかが、よく分かったとのこと。

それを気づかせた一つのきっかけが、「カスタマージャーニーマップ」(図表1)の作成だったと升森さん。顧客の行動や思考、感情などの動きを「旅するように」時系列で可視化することにより、リアル・バーチャルも含めたどのような場(店頭やマスメディア、SNSほか)で、どんなタイミングに、どのような情報を伝えるべきかを洗い出すものです。

加藤希尊『はじめてのカスタマージャーニーマップワークショップ』(MarkeZine BOOKS)より。

“接客”は予約前から始まっている

カスタマージャーニーに早くから着目してきたのが、ホテルや旅行代理店、航空業界だと言われます。とくにANAをはじめとした航空各社は近年、ネットを介した予約や割引がすっかり一般的になりました。

これにより、従来は「リアルの場(搭乗手続き~搭乗時)で、顧客をどうもてなすか」が課題とされたのが、いまでは予約前の情報収集も含めた「前段階」から、搭乗後にメール等でどう顧客をフォローし、SNSでどう呟いてもらうかといった「後段階」まで、長期間にわたって顧客と向き合うことが重要に。

また、リアルだけでなくバーチャルでの情報提供や販売方法、アフターフォローも含めて考える必要が生じたため、社内で複数の部署が議論を交わし、徹底的に現状を洗い出すことが大切になってきたのです。

中国では、「ライブコマース」がトレンド

三越伊勢丹でも、複数の関係者が集まって顧客の現状を議論しながら、時間をかけてカスタマージャーニーマップを作成したと升森さん。すると、「いまのお客さまは、こんなに早いタイミングで、他の店舗やインターネット、SNSからこれほど情報を得ているのか」など、多くの気づきがあったそうです。

一般に百貨店は、リアルの店舗を非常に大切にする業界と言われます。ですが、すでに顧客はリアルとバーチャルを自由に行き来するようになってきたほか、若い世代は「動画」に慣れた世代。ショッピング情報も、ユーチューブやインスタグラムなどの動画から得る若者が増えています。

またEC先進国の中国では、いまや「ライブ動画&オンラインショッピング」の「ライブコマース」が花盛り。百貨店も含めた多くの業態が、「淘宝(タオバオ)」などで盛んにライブコマースに取り組み、市場規模は約6兆4000億円にものぼるとも言われるほどです(19年 iiMedia Research)。

今回、新型コロナという大きな波を機に、日本の百貨店がどんなニューノーマルを打ち出していけるのか。その1つのヒントは、先進的な三越伊勢丹の取り組みにありそうです。