チューリッヒ保険会社では、新型コロナウイルス感染症拡大防止による政府の緊急事態宣言発令を受けて、発令翌日の4月8日からコールセンターを含む全部門の在宅勤務を進め、95%の社員が在宅勤務に移行。なぜこれほど迅速に移行措置が実現できたのだろうか。在宅勤務で見えてきた課題とは。CEOの西浦正親氏に聞いた。

コールセンターの在宅勤務は2013年から構想を開始

【白河】コールセンターの在宅勤務への移行にあたり、重要なポイントはどんなところでしたか。

チューリッヒ保険会社CEO 西浦正親さん
チューリッヒ保険会社CEO 西浦正親さん(写真=チューリッヒ保険会社提供)

【西浦】コールセンターは個人情報を扱う仕事ですから、お客様、スタッフ、両方の個人情報が守られることが非常に重要なポイントとなります。顧客情報はすべてサーバー上に集約される仮想デスクトップ技術をはじめ、お客様とのやりとりがスタッフ側に残らない音声基盤システム、お客様とスタッフ双方の電話番号を保護するコールルーティングなど、在宅勤務でもオフィスと同様のセキュリティレベルを保つことに配慮しました。

【白河】御社では、前々から危機対応について考えていらっしゃったのでしょうか。

【西浦】そうですね。当社では2010年代初頭から事業継続計画(BCP)の一環として、在宅勤務に取り組んでまいりました。コールセンターについては、2013年より構想を開始し、2019年の台風15号および19号の発生時にプロジェクトチームを中心に在宅勤務を実践し、その後も検証を重ねてまいりました。しかし、全員が実装したのは今回が初めてです。こういったことがなければ、これだけ極端に舵を切ることは、正直できませんでした。

オフィスで“模擬在宅ワーク”トレー二ングを実施

【白河】本当に早かったですね。なぜ緊急事態宣言直後に、こんなにスムーズに移行できたのでしょうか。

【西浦】当社では緊急事態宣言に先立つ2月ごろから、全社員がリモートできるよう準備をしてまいりました。まずはラップトップやWi-Fiルーターなどを手配し、社員に貸し出せるようにしました。また2月下旬には、オフィス内に模擬的に在宅勤務環境を設けてトレーニングを実施しました。その他、電話対応の執務環境を整えるためにモニターや机、椅子といった備品を購入する社員に対しては、負担を軽減できるよう定額の補助金をだす取組みも行いました。

【白河】かなり前から緊急対応はされてきたので、今回の危機にも間に合ったし、トレーニングを実施する余裕すらあったということですね。在宅ではずっと座っていると椅子がつらいといった支障もありますから、そういった点に対する配慮も助かりますね。本社がスイスだから、社員の人権を守る、社員の安全を確保するという意識が強いのでしょうか。

【西浦】そうですね。まずは社員の安全と健康を守ることが大切だというのは、舵を切った第一の理由です。二番目は、やはり地域社員の一員として感染拡大防止に協力しなければならない。ただ、どうしても出社しなければできない業務もありますので、出社した社員に対しては、特別手当を支給し、昼食の手配や通勤時のタクシー利用も推奨しました。マイカーで通勤する社員には駐車場代を負担しました。

【白河】それは素晴らしいですね。出社に手当てがあるところはそんなにありませんよね。

空いているスーパーバイザーを可視化する実験中

【白河】今回の在宅勤務で、さまざまな知見がたまったと思いますが、よかったこと、悪かったこと、また見えてきた課題を教えてください。

【西浦】もちろん、何もかもうまくいったわけではありません。もともとコールセンターには、困りごとをすぐに相談できるスーパーバイザーがいますが、在宅勤務ではスーパーバイザーがすぐにコミュニケーションをとれる距離にいませんから、お客様への回答をお待たせすることがありました。また在宅だと一日じゅう一人で仕事をしていますから、孤独感も生まれやすい。そういったメンタルケアの必要性も感じました。

【白河】クレームなど難易度の高いことがあった場合、在宅スタッフはどうやってスーパーバイザーに助けを求めるのでしょうか。

【西浦】現状はスーパーバイザーに電話を転送したり、チャットでやりとりしたりしながら、対応しています。ただ、スーパーバイザーが1人に対して、スタッフが5、6人いますので、そうなると、どのスーパーバイザーが空いているのか、確認が取りづらく、ストレスを感じるケースも見受けられました。そこで、空いているスーパーバイザーを可視化できるシステムを導入して、テストしているところです。

【白河】メンタルのサポートはどのようにされていますか。

【西浦】朝礼の際に業務連絡だけでなく、カジュアルな話をしたり、オンラインコーヒーブレークを取り入れて、みんなで一息ついたりと、いろいろ工夫しています。

【白河】確かに会社のみんなが、ざっくばらんに話せる時間というのは大切ですよね。

思い切って営業時間を3時間短縮、過去最高の契約数に

【白河】コールセンターは、24時間ですよね。

【西浦】当社のコールセンターは事故の受付は、もちろん24時間365日ですが、通常の見積もりや契約の継続は、9時から17時までです。今までは20時まででしたが、在宅勤務に切り替えてからは17時までとさせていただいております。やはり20時までだと家庭によっては夕食の時間などに重なってきますからね。

【白河】社員の働き方において、配慮されているということですね。そういう面も行き届いていらっしゃいますね。

【西浦】実はもともと営業時間は17時に短縮しようと考えていたんです。そうすることで、スタッフもシフトが組みやすくなり、その分、負担も軽減されるだろうと。ただ営業時間が3時間短くなると、それだけ売り上げも下がってしまうという恐れもあり、なかなか踏み切れませんでした。しかし、こういった状況になりましたので、思い切って17時に変えることができたわけです。

【白河】逆に実験できたということですね。実際に営業への影響はいかがですか。

【西浦】おかげさまで4月の新規契約の契約数は、過去最高の数字となり、それほど大きな影響は出ていないと考えております。

【白河】それは素晴らしいですね。それだけの生産性の高さを上げられた要因は何でしょうか。

【西浦】自動車保険ですので、こういった状況でもお車をお持ちの方は、満期が近づけば新たに加入したり、契約を更新したりしなければいけません。営業時間を短縮したとはいえ、在宅勤務に移行したことでほぼ平時と変わらないスタッフ数でお客様のお問い合わせに答えることができたのがひとつの要因と考えております。

【白河】しっかり在宅勤務に切り替えたことで、営業チャンスを逃さなかったということですね。

【西浦】また、これまでの経験からいいますと、お客様の在宅時間が長ければ長いほど、当社にかかる電話は多くなります。たとえば土日でも天気が良くて外出日和だと電話は少ないですが、雨が降って家にいらっしゃると電話が増えるんです。今回も自粛で家にいらっしゃるので、電話をしてみようというモチベーションになったのかもしれませんね。

6月からは出社率20%で試験運用

【白河】緊急事態宣言が明けて、どちらの企業も次の働き方はどうしようか迷っていらっしゃいますが、御社はどのようにされるのでしょうか。

【西浦】6月1日からは管理部門は引き続き在宅してもらい、コールセンターは一部出社する試験運用をしています。出社率は20%を目安にしています。そうすると、社員同士の接触もかなり抑えられて、ソーシャルディスタンスをとることができます。状況に応じて運用は柔軟に変えていく予定ですが、まずはこの形ですすめています。

【白河】社員のみなさんの声はいかがですか。在宅したいという声が多いのか、それとも早く出社したいという声が多いのか……。

【西浦】アンケートをとりましたら、今後も在宅を続けたいという社員は非常に多かったですね。ただ、長い間在宅していたので、とりあえず少しは出社したいという社員もいました。

【白河】わかります。ですから、ずっと毎日在宅をしたいわけではなく、働き方の選択肢を広げたいということですよね。

【西浦】そうですね。今回、2カ月間運用して在宅でも可能なことが確認できましたので、働き方のひとつとして取り入れることを検討したいと考えています。

 また今後の運営や働き方について、プロジェクトチームを立ち上げてスタディを行っています。今回は出社対応をした捺印などの業務も含めて、すべての業務のリモート運営を可能にして、緊急時にはいつでも在宅勤務率100%を実現できる態勢づくりに取り組みたいと思います。