人々の潜在的なニーズ(インサイト)を的確につかみとり、商品開発に生かす。アフターコロナの変化が激しく正解がない時代には、そうしたマーケティングセンスがますます重要になると桶谷功さんは言います。インサイトを生かしきれない日本企業の共通点とは――。
首をかしげる3人の女性
※写真はイメージです(写真=iStock.com/itakayuki)

マーケティング=販売や広告と捉える日本

こんにちは、桶谷功です。

今回は、日本企業のマーケティングの問題点についてお話ししたいと思います。

私は1990年代からグローバル企業でブランド戦略開発に携わってきました。そのとき核となったのが、「インサイト」という概念です。「インサイト(insight)」とは、「洞察」などと訳されますが、マーケティング用語では「人々の抱く潜在的なニーズ・欲求」のことを指します。

インサイトは消費者自身もまだ気づいていないニーズなので、発見するのは非常に難しいのですが、うまく掘り当てることができると世界的な大ヒット商品を生み出し、新たな市場すら創造できてしまう。欧米では80年代の後半からコミュニケーションにインサイトの概念を取り入れ、90年代に入るとマーケティングの根幹を成す概念として製品開発や事業戦略に生かしてきました。

私は日本企業にもっとインサイトの考え方を知ってほしいと2010年にその名も「インサイト」という会社を設立し、さまざまな日本企業で商品開発やブランド開発のコンサルティングを行ってきました。

それから10年たちますが、まだまだ日本企業はマーケティングを単なる販売や広告としかとらえていないため、インサイトを生かした商品開発ができていないのが実情です。しかし、人々の価値観や消費意識が大きく変化していく中、アフターコロナに生き残れる企業であるためには、インサイトを生かすことが何より求められるようになるでしょう。

日本でピント外れな商品が発売される理由

日本企業がインサイトを商品開発に生かせない理由はたくさんあると思いますが、ここでは次の2つを取り上げます。

1つめは組織のなかで喧々囂々けんけんごうごうの議論をする習慣がないこと。

2つめは、「売り上げ1.3倍」「売り上げ○○億円達成」というように、上から目標数字は降ってくるけれど、それをどうやって達成するかという戦略について、はっきり話し合わないことです。

まず、「喧々囂々の議論をしない」というのは、国民性もあるので仕方がないかもしれません。なにしろ日本人は意見の衝突を嫌います。たとえばおじさん技術者が若い女性向けの商品を開発しようとして、若い女子社員に「こういうの、女の子は好きでしょう」と意見を求めたとしましょう。意見を求められた女性社員は、「イマイチだな」と思っても、それを言うと角が立つので「そうですね~」と肯定してしまう。

またマーケティングでは「グループインタビュー」といって、ターゲットとなる消費者を集めて商品の感想を座談会形式で語ってもらったりしますが、これもさきほどと同じ理由で、「ああ、いいですねー」「ほしいかもー」というような、何となく肯定的な意見しか出てきません(このグループインタビューの問題については、次回、詳しく取り上げたいと思います)。かくしてピントはずれの商品が発売されてしまうというわけです。

また、日本企業では他部署の仕事内容に口を出すことをよしとしません。だからマーケティング部門が開発部門になにか提言すると、「領海侵犯」ととられてしまう。「フィードバックは何より貴重なもの」として、他からの意見や評価を積極的に生かす欧米企業とはそこが違うのです。

戦略は「人」「シーン」「目的」で考える

日本企業では、「今年は売り上げを去年の1.3倍にしなさい」といように、上から達成すべき目標だけが降ってくることが多いのではないでしょうか。しかし東南アジアなどの新興国ならまだしも、この人口減の日本で、100億円の売り上げを130億円にしようと思ったら、何らかの戦略が不可欠です。具体的には、「人」「シーン」「目的」のどれかを変えなくてはなりません。

たとえば食品であれば、
・いままで全然食べていなかった人が食べるようにする(「人」を変える)
・いままではおやつにしか食べていなかったけれど、夜も食べるようにする(「シーン」を変える)
・小腹を満たすためでなく、美容のために食べるようにする(「目的」を変える)
などです。そのようにしなければ目標を達成することは困難です。

そしてその目標達成の方法を決めるには、「このあたりにチャンスがあるんじゃないか」(例えば、いままで全然食べていなかったシニアに食べてもらえるチャンスがあるのでは)という仮説について議論されないと、そこにどれくらい可能性があるかを調べることもできません。

また、設定した目標を達成するための「課題の確認」をすることが不可欠です。ここで忘れてはならないのは、きちんと事実ベースで定量的な数字を見ながら、「人」と「シーン」と「目的」について話し合うことです。

失敗しても成功しても学びのない結果に

ありがちなのが、目標を達成するためのKPI(重要業績評価指標)がしっかり設定されず、たとえば商品のリニューアル自体が「目的」になっていたりすることです。

「どうしても何かリニューアルをしなくちゃいけないんで、ちょっとだけお茶を濃くしてみました。“濃くなって新登場“でいきましょう」

というように、ニュースをつくりたいがためのリニューアルをしてしまう。

KPIが設定されていないので、失敗しても誰も責任をとらないまま「なんかスベッたね」で終わり。成功してもそれはたまたまなので、再現できない。「なんとなく時代の雰囲気に合ってたのかな」で終わり。つまりスベッてもうまくいっても、自分たちでは理由がわからない。

目標とKPIの設定が大事なのは、商品のカテゴリーにもよりますが、イノベーションレベルとも関わってくるからです。経営陣に確認すると、「いや、そこまで根本的に見直したいわけじゃないんだよ」というスタンスの場合もあれば、「根本的に変えなくてはダメだ」ということもある。

また時間軸も確認しておく必要があります。「この秋にはお店に並べなくてはいけない」というケースもあれば、「いや、ここは長期的にじっくり研究開発しよう」というケースもあります。

経営層を巻き込んでKPIの設定を

目標とKPIの設定においては、できるだけ役員以上の意思決定者を巻き込むことが大事なのですが、私が役員と面談するときは、そこに現場の担当者や部長の方にも同席してもらっています。そこで常務が、「いや、僕は実はこういうブランドにしたいんだよ」という話をするのを聞いて、「そうだったんだ! 常務のこんな話、初めて聞いた」という社員が思いのほか多いのです。

つまり役員の考えていることが、下まで浸透していない。役員がメッセージを発していないのです。また、下は下で誰も尋ねない。「これだけしょっちゅう会議をしているなら、もっと思いの丈を話せばいいのに」と思います。

逆に、そういう思いがある上の方からすれば、下の人が何かアイデアを出してきても、「なんか違うんだよな、そういうことじゃないんだよな」と却下することになる。もったいない話です。

売り上げ目標を共有するだけでなく、どうやって達成するかというHowの部分についても、経営層を巻き込んで話しあうことが大事なのです。