働き方や教育が大きく変わる
アフターコロナ、ウィズコロナ、という言葉を目にするようになってきました。私たちは、生活のあり方のみならず、働き方や教育のあり方が大きく変わるかもしれないという時に直面しています。自粛生活の継続を促され、可能な限りでの在宅リモートワーク、大学ではオンライン講義が始まり、子供たちも家で懸命に頑張っています。一方で、この生活を続けることへの苦しさも感じています。今の生活を続ける努力をあとどのくらいしなければいけないのか、今はまだ誰にもわかりません。
一方、コロナ禍でわれわれに必要とされている、自粛生活などをやり抜く力に関して、これまでにわかっていることもあります。
「Grit やり抜く力」を持つ人は約半数
果たして私たちは、この自粛生活をやり抜けるのか? と、多くの人が思っていることでしょう。このような状況下でもレジャーを求め、自粛継続ができない人が増えてくるのではないか、と不安を抱いている人も多いはずです。
近年注目を浴びている「Grit やり抜く力」は、すべての物事における成功に必要な因子と言われています。ところが実際は、ダイエット、禁煙、トレーニング、勉強などさまざまな目標に対して、約半数の人は最後までやり抜くことができず途中挫折してしまうことが、いくつもの研究から報告されています。つまり、目標達成まで努力を続ける「やり抜く力」をもっている人は約半数程度、というのです。コロナ禍の自粛生活については、“いつまで、どうなるまで現状を続けるのか?”という具体的なゴールの数値目標が明確ではない分、通常より、より難しい「やり抜く力」を求められていると言わざるを得ません。
自分の努力を正しく評価できるかという「メタ認知」が肝
やり抜くためのモチベーションになるのは、目標に対して、自分の努力の結果が見えてくることです。ダイエットなどで考えるととてもわかりやすいです。空腹を我慢して3日過ごしたとしましょう。この時、やり抜く力がそがれてしまうタイプの人が陥りがちなのは、「こんなに我慢したのに、これしか体重が減ってないなんて! もう無理!」という思考です。
この思考の原因は、自分の行動と結果を正しく予想するための「メタ認知」という能力が足りていないことだと考えられます。3日食べなくてすぐに体重計に反映される数字は、だいたいこのくらいだろう(たかが知れているし、場合によってはまだ全然数字には反映されない)、という予測がある程度できていれば、無駄にがっかりすることはありません。つまり、正しく予測ができずに、自分の努力の過大評価+大きな期待を持って、現実を見たときに、大きなショックを受けてしまうのです。これがまさにやり抜けなくなる第一歩になります。
努力を続ける時には、過大評価をせず客観的により正しく自分をみつめることが最も重要なことの一つだと言えます。そういった意味では、自粛の努力量と効果が目に見えてくる報道などがされることが、私たちの自粛生活を継続するキーになってくるのかもしれません。
オンライン講義をやり抜ける人は登録者の10%以下
自粛生活に伴い、テレワークやオンライン講義が普及していますが、従来あるオンライン教育では、通常の対面型の教育に比べて、学習に対するモチベーションの維持が難しく、履修修了者が大幅に減ってしまうことがわかっています。スタンフォードなど世界の名門大学や日本からも東大等が参画している大規模公開オンライン講座では、登録が簡単にできるため、という背景もありますが、講義シリーズを最後までやり抜ける人は10%以下しかいない、という研究報告もあるほどです。事実、オンライン環境では、集中力や作業量が減る人がいることも示されています。
実際、私たちの研究チームが行った研究でも、オンライン講義(一方的な講義内容の配信で、現在のコロナ対策下で多く行われているようなリアルタイムのオンライン講義とは異なるもの)では、
・講義内容(外国語学習)に対するモチベーションの高い人を集め、
・何をどのくらい学習するか配信する講義をもとに詳細に理解してもらっていた上に、
・実験という環境上、講義を受けることでお金をもらえたにもかかわらず、
約半数の人が、第4回までの講義を受けることなくやめてしまいました。
誰でもやり抜けるようになる、簡単な方法
従来のオンライン講義の特徴の一つとして、相互作用や仲間との場の共有をしたやりとりの欠如がありました。近年では、オンラインで講義を受講している仲間どうしでdiscussionをしたり、競争したりする(ゲーム性を持たせる)システムを搭載しているものもあり、これらは受講に対するモチベーションを上げることがわかってきています。
加えて、私たちの研究では、2つのグループを作成し、片方のグループでは、やるべき学習内容を少しずつに区切って小ゴールを設定し、その小ゴールの達成ごとに達成感を与えるようなプログラムを実施し、もう一つのグループでは、小ゴールなどはおかず、連続的に最後までやるような設定にした学習実験を行いました。
この2つのグループの学習内容は全く同じものです。ところが、講義を最後までやり抜ける人の率が、この2つのグループで大きく異なることが明らかになりました。全く同じ学習内容を提供しているのにもかかわらず、小ゴールを設定して、ゴール達成ごとに達成感を与えるような仕組みにしただけで、そのグループでは、大半の人が最後までやり抜いたのです。一方で、小ゴール設定をしていない通常の学習プログラムを行なったグループでは、約半数の人しかやり抜けませんでした。
脳を見れば「やり抜く力」は予測できる
やり抜く力のある人とない人、一体何が違うのでしょうか? 実は、脳構造が違う可能性が私たちの研究から示唆されました。目標達成まで努力を続けやり抜ける人は、やり抜けない人に比べて、大脳の前頭極の構造がより発達していたのです。この前頭極の構造情報を利用することで、私たちは、その人がやり抜ける人なのかどうか? を事前に高精度で予測するAIを作成することにも成功しています(特許取得)。この前頭極という場所は、前頭葉の中でも、人で最も発達している場所で、上述したようなメタ認知と関わっている他、将来を見越して今の行動を選択するような能力にも関わっている部位です。
「やり抜く力」が上がると脳構造も変わる
脳からやり抜く力が予測できてしまうなら、もうどうしようもない、と思う人もいるかもしれません。しかし、それは間違いです。脳は「可塑性」という変わる力を持っています。実際、私たちの研究でも、上述した、小ゴールを設定した学習プログラムを実施した時に最後までやり抜くことができるようになった人は、前頭極の構造も変化した(発達した)ことがわかったのです。
自粛生活についても、明確なゴール設定が行われ、それに向けて日々発表される感染者数やさまざまな数値が目に見えて減ってくれば、自分の努力が報われた気がし、モチベーションの維持につながります。自粛生活をやり抜いたときには、私たちの脳も、“やり抜ける人の脳”に変化しているのかもしれません。
ただし、脳からやり抜く力などの個人特性・能力を評価することは、レッテルはりなどにつなげても全く意味がありません。その人にあった形で能力を伸ばしていく方法を提供するための情報として利用していくべきものです。
・ Chihiro Hosoda et al, “Plastic frontal pole cortex structure related to individual persistence for goal achievement” Commun Biol. 2020 Apr 28;3(1):194. doi: 10.1038/s42003-020-0930-4.
・脳画像から「やり抜く力」を予測する手法を開発 - 目標の細分化が脳を変化させ達成を支援 -
・Daphne Koller et al, Retention and Intention in Massive Open Online Courses: In Depth, Educourse Review, 3 June 2013