一生懸命に資料を作ってもプレゼンでうまく伝わらない、誰にも響いていない。こんな人はいないだろうか。世界的著名人を対象とした対談・インタビューを多数こなしてきたムーギー・キムさんが、長年のプレゼン経験を通じて体得した「優れたプレゼンの基本」を教えてくれます。

※本稿はムーギー・キム『世界トップエリートのコミュ力の基本』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

ビジネスウーマンが大学生に未来のプランをプレゼンしている
※写真はイメージです(写真=iStock.com/alvarez)

“的外れなプレゼン”をしない極意

「What does this mean for you?(私の話している内容は、あなたにどのような意味を持つでしょうか?)」――これは英語のプレゼンでよく聞くフレーズで、自分のプレゼン内容を聴衆の自分ごとに結び付ける、非常にパワフルな一言である。

どれだけ誠実に準備しても、相手の関心のあることを話さなければ、「刺さるプレゼン」にはならない。これだけ多くの情報があふれる今、少しでも興味のない話をすれば、たちまち耳と心をシャットダウンされてしまうのがオチだ。

プレゼンを聴いた受け手に「自分ごと」だと思ってもらうために第一に重要なのは、「相手のニーズを自分は理解している」ということを、先方に示すことだ。

特に忙しい人は的外れなプレゼンに時間を割きたくないので、真っ先に自分は的をわかっていて、そこに当たるような話をするのだという安心感を与えることが必要である。

先方の有力者との事前ミーティングも手

某大手グローバル企業の取締役会で、世界中の支社のCFO(最高財務責任者)が集う場でプレゼンを行うことになったときは、親交のあったその企業の有力者の一人と連絡を取り、入念にミーティングを重ねた。

そこで、経営陣が関心を持っているトピックはどんなことなのか、そこにどんな価値や課題を感じているのか、社内ではどんな議論が行われているかなどをヒアリングしたうえで準備をした。

そしてプレゼンの当日には、「皆さんがこのトピックについて関心があることはわかっています。私はこれから、そのために役立つ情報をお話ししますよ」ということを、冒頭で話した。最初にこう聞いたオーディエンスは、自分たちのニーズを把握してくれているんだなと安心し、前のめりで耳を傾けてくれる。

このときはグローバルオフィスの幹部が集まる取締役会でのプレゼンだったが、相手の関心事を把握して、付加価値がある情報を届けたいという配慮は、どのようなオーディエンスにも伝わるものである。

社内の重役ほど犯しがちな失敗とは

相手にプレゼンを聴いてもらうために第二に重要なのは、「そのプレゼンが相手にどう関係があるのか」を先に説明し、逐一プレゼンをそれに紐づけることだ。

以前、とある海外の巨大な投資会社の社長を某国の政府関係者に引き合わせた際、社長がその政府要人が聞きたいことを無視して、ひたすら自分の会社の魅力や投資戦略をとうとうと話し出したときは、紹介した身としてやきもきしたものである。

相手は完全に「それが私にとってどんな意味があるのだ?」と困惑しているのに、社内や投資家に対して話すピッチ内容を、初対面の政府要人にひたすらプレゼンしてしまっていたのだ。

そこで私は彼のメンツを保つ配慮をしながらも、合いの手でそれがその要人の政府での仕事にどう役立つかに絡めたコメントを加えて、なんとか間を取り持ったものである。この手の失敗は「社内で進言する人がいない重役」に結構多かったりする。

あらゆるプレゼンで重要なのは、相手がどんなことに関心があるかを理解し、それに関連づけたプレゼンを行うことなのだ。

オーディエンスの理解レベルに合わせる

プレゼンを聴いてもらうために第三に重要なのは、相手の理解レベルに合わせて話を調整することである。

私は大変光栄なことに、竹中平蔵教授の大学の授業に招かれ、さまざまな国々の留学生を相手に、英語で講義をすることがある。その場には日本人学生で英語が得意でない学生たちも参加するうえ、一人ひとりの英語力や経済・金融トピックの理解力も異なるので、話し手としての力量が問われる。

そんなとき、教室の後ろのほうにはたいてい、英語が苦手な人が座っているので、後方に歩いて行ったときは、日本語で逐次通訳しながら話すこともある。英語ができないからといって放置しないという姿勢と誠意を伝えるためだ。

また、内容も聴衆に合わせて調整する。私は、大学生向けの講演会では「自分だからこそ話せること」を意識して、投資銀行・公開株投資・PEファンドなど自分自身の経験に基づく一次情報としての教訓を話すようにしている。

そして、その教訓を、学生さんの関心事項である「自分のキャリアや人生にどう関係があるのか」に紐づけることで、ほかの金融・経済専門家との差別化を図っているのだ。

プレゼンをするときは必ず、相手やステークホルダーにとっての「自分ごと」に結びつけよう。そして内容や情報のレベル感は、その目的や相手によって調整し、誠意を見せることが重要なのである。

なぜ真面目な秀才タイプはヤバいプレゼンをしがちなのか

プレゼンは、単に情報を伝えるためのものではない。情報を伝えるためだけであれば、文書や動画を渡したほうが効率的である。これに対し、プレゼンだからこそ実現できる価値は、双方向形式にして信頼感を醸成することだ。

ムーギー・キム『世界トップエリートのコミュ力の基本』(PHP研究所)
ムーギー・キム『世界トップエリートのコミュ力の基本』(PHP研究所)

プレゼンで信頼感を得る形式として第一に大切なのは、言われ尽くしているポイントではあるが、間違っても資料の棒読みをしないことだ。

私自身、新卒投資銀行時代に驚いたことがある。某政府系銀行から転職してきた官僚的な本部長が、部下たちが徹夜も辞せずに仕上げた渾身のプレゼン資料を、ただひたすら念仏のようにブツブツ読み続けていたのだ。

顔は手元の資料に向けたまま、顧客のほうを見ようともしない。身振り手振りも一切なく、抑揚のない退屈な声でボソボソと続く棒読みプレゼンにより、それまでの部下たちの努力は完全に水泡に帰していた。どれほど素晴らしい渾身のプレゼン資料を準備しても、それを読み上げる上司の単調な朗読で、すべてが台無しになってしまうのだ。

こういう壊滅的なプレゼンをするのは、真面目な秀才タイプに多い。自分はどれほどつまらないプレゼンでも真面目に聞いて学べてしまうので、自分のプレゼンのヤバさに気づけないのだ。

またダラダラと資料を読むとどうしても、文字を追うことに集中してしまうし、聴衆の反応をうかがう余裕もなくなる。

結果的に自分以外は皆寝ているか、スマホを見ているか、ひどいときはすでに全員帰ってしまっていることに、気づかないのだ。

資料は全力で用意して、全然使わない

プレゼン形式で第二に重要なのは、プレゼン資料は全力で作るのだが、プレゼン資料には頼らないことである。某PEファンドの私が尊敬するボスのプレゼンには、相手のハートと信頼を獲得する神通力が宿っていた。彼は顧客としっかりアイコンタクトを取り、ジェスチャーを交えながら、落ち着いた声のトーンで情熱的に語りかける。

しかもそのボスは、資料は用意するものの、いざ顧客の前でのプレゼンとなると、ページを一枚たりともめくりはしなかった。資料を作成する段階では、細かな指示を出し、部下に何度も修正をさせるにもかかわらずだ。

あるとき、私は「これだけ練った資料を、どうしていつも使わないんですか」「どうせ使わないなら、用意するだけ無駄じゃないですか」と聞いてみた。するとそのボスには、「ムーギー、何を言ってるんだ」とたしなめられた。

「最初のプレゼンで資料を使わないのは基本なんだ。プレゼンは相手の目を見ながら、魂同士でやり合い、信頼を結ぶためのものだ」「資料は不測の事態に備えて一応は持っておくが、あくまで緊急用なんだ」と。それを聞いた私は、「なるほど」と感心したものだ。

重要なのは「資料に頼らない練習」

私もプレゼンや講演のときには資料はほとんど用意せず、事前にストーリーラインと重要な3つのポイントだけを頭に入れておく。これは、実は私が面倒臭がりだからだが、この副産物としてプレゼンが上手くなるのだ。

というのも、資料に頼れないので、内容を覚えるしかなく、するとより深く内容を理解するようになるし、プレゼンの重点やメリハリもつかめるようになるからだ。

もちろん人によって脳の個性が違うので、結局は自身に合うアプローチを選ぶのが重要だ。しかし総じて何かをやらないと決めると、それを補うべく脳は他の機能を強化するというのは、よく知られた脳科学の事実である。

逆になまじ資料に頼りすぎると、冒頭の本部長のように、ひたすら読むことに終始してしまう。これではもとから弱いプレゼン能力が、ますます退化の一途をたどってしまうだろう。

考えてみれば、昔の人は資料もマイクもなしに、大勢を説得したはずだ。毎日過酷なトレーニングをして素手で戦い、観客を沸かせる格闘家のように、全力で資料を用意しても決して棒読みしたりせず、話の骨子を覚えたうえでプレゼンに挑もう。