イオンを創った女は、理念をはっきりと言語化し、実行した
読書会は、東海さんの講演からスタート。課題図書、『イオンを創った女 評伝 小嶋千鶴子』とその続編『イオンを創った女の仕事学校 小嶋千鶴子の教え』をじっくり読み込んで参加された皆さんにむけ、本には書ききれなかったエピソードも交えながら、イオンの先進的な取り組みの裏にあった小嶋さんの人物像が語られました。
小嶋さんが家業の岡田屋呉服店を継ぎ、社長に就任したのは23歳のとき。10歳年の離れた岡田卓也さんを当主にすると決め、次々と会社の人事制度、基盤づくりを進めていきます。けれど、小嶋さん自身には「自分が女性である」という特別な意識も、「女性を引き上げよう」という意図もなかった、と東海さん。
「小嶋には、自分が女性だから女性を用いる、という考え方はないんです。はじめから、今でいうダイバーシティ。学歴も国籍も貧富も関係ない。経営者というのは非常に合理性がありますからね、女性がいいか、男性がいいかではなく、役に立てばどっちでもいいわけです。でも、女性のほうが勉強熱心な人が多いから、男性が追い越されていくんですよ」
トップの考え方が一番大事
男女の区別なく、能力のある人が活躍できる会社にする。そのために早くから登用試験制度、教育制度を整備します。
「『うちは勉強しなければ上にはいけない、給与もあがらない』と会社の方針を打ち出すことが大事なんです。理念としてダイバーシティ、能力主義であることをはっきりさせていました。そして、その理念を整理し、理念を担保するための制度をしっかり作る。さらには、制度を支える職場の風土を醸成する。そこには風土を支えるトップマネジメントがいる。理念、制度、風土、トップマネジメント、この4つがそろうことが非常に大切」
なかでも重要なのはトップの考え方である、と東海さんは指摘します。世間からの評価を上げるために数合わせで女性管理職をつくるようでは、もちろん成果はのぞめません。
「この人にどういう仕事を与え、どういう教育をし、どういうキャリアを歩ませていくか。きちっと見ていく人がおれば、会社は全然問題ないと思いますね」
男女の区別はない、でも配慮は必要
男女の区別はしないという小嶋さんが、女性のキャリアに関わる重要事項として挙げたのが、結婚、出産、育児というライフイベントでした。出産・育児ということがなければ、能力的にも業務の遂行においても、男女を区別する理由はまったくないとしていました。
「小嶋の考えは「仕事に人を」ではなく、「人に仕事を」です。そこで、育児が一段落した女性を『奥様社員』として採用することも始めました。彼女たちは、家族の健康に深く関わる食料品や、生活に密接している雑貨や家電を扱う中で、消費するだけの立場から、商品を見る目、社会を見る目を養い、さらには製造にまで関わることになったのです。彼女たちのなかには、その後、管理職になって活躍した人材もいます」
「小嶋は能力がある、意欲があるということを前提にしていますから。それはある意味では厳しいことですね。また、それぞれの人材の適正をみて、適材適所に配することも大切。区別でもなく、差別でもなく、配慮をしていく。それが上の人間の仕事であろうと思いますね」
講演では、ほかにもさまざまなエピソードが披露されました。真逆の性格であったという小嶋さんと岡田卓也さんにはさまれて、「両方から足を引っ張られた(笑)」苦労話など、情景が思い浮かぶようなやわらかな語り口に、参加者も前のめりに。
東海さんがつくったなごやかな空気のなか、グループディスカッション、そして東海さんへの質問タイムへとプログラムは進行します。
仕事一筋派、家庭派……多様な人材をどうモチベートするか
ディスカッション後の質問タイムは、次々に手が上がる盛り上がりぶり。いくつかの質問と、東海さんの回答を抜粋しお届けします。
——今、若い女性のキャリア志向は両極端になっているように感じます。キャリアを積み上げるために「結婚や出産はまだ先に」「結婚はしなくていい」と思っている人と、「結婚したら家庭に入りたい」という人。考えの異なる若手女性たちをどう育成していったらいいでしょうか?
「結婚よりもキャリアをのばしたい人、家庭に入りたい人。大別すると2つだけど、実はもっと個別に違うと思いますよ。そのニーズを的確にとらえていかないと。最近は、どういう生き方をしようと自由な世の中になっていますね。二つに分けたり、色をつけたりせずに、個人個人に『どうしたいの?』と聞いてほしい。
それに、何といっても変わりますからね、人間は。仕事ひと筋だった人も、パッといい人に出会ったらそっちにいくかもしれない。人間は変わるという前提からいきますと、そのときそのときをきちんと見ていかないと判断を間違います。一人一人を見ることが大事ですね」
社員一人ひとりの過去・現在・未来を知る
——仕事への向き合い方も多様化するなか、一人一人のやる気を導き出すためには何をするべきでしょうか。ニーズが多様化するなか、制度として対応する難しさを感じています。
「人事にとって大事なことは、人を知ること。過去に何をしてきたか、今何をしているか、未来に何をしたいか。過去・現在・未来を承知しているということが、その人を承知するということです。ただ、なかなかそこまで余裕がなくて、今、成果が出せればいい、という社会になっています。僕らは『君は今までどういうことをやってきたんや? どういう失敗があった? これから何をしたい?』ということをつぶさに聞いてきました。要は人に関心がある、ということ。そうじゃないと。これから難しいんじゃないかな」
誰もが働きやすい会社風土をつくるポイントは?
——たとえば女性には難しい仕事がある。それを「区別でもなく、差別でもなく、配慮」とおっしゃいましたが、この3つの違いがまだストンと理解できていない部分があります。
「配慮という言葉は抽象的ですからね。小嶋はよく『人を見て法を説け』と言いました。同じテーマでも、人に合わせて言い方を変える。人事をやっていると、いちばんラクなのは一律の制度で全部を処すること。でもそれでは、クリエイティブな職能の人、営業の人と、それぞれに違う人材のニーズに対応することは難しいでしょう。『私はこっちのレールで行く、私はこの電車に乗る』ということができるように選択肢を整備していかないと。それが人を丁寧に扱う、ということ」
——小嶋さんはトップとして企業の風土をつくってきました。トップ層ではないメンバーにも、企業の風土はつくれますか? できるとすれば、何に注意すればよいでしょうか?
「企業風土って、一言でいえば上に立つ人の管理行動なんです。言葉じゃなくて行動。だから、どう行動するか、です。自分が何もせずに、部下だけを動かす。部下の手柄を自分のものにする。何か言ったら処罰の対象になる。そういうことではダメです。大きな会社で問題が起きるときって、みんなそうですよね。知っているけれど、見ざる聞かざる。子どもだって、親の言うことより、親の行動を真似しますよね。それと同じです」
「問題あるか?」の質問の意図
——著書のなかで、小嶋さんはよく「問題あるか?」と聞く、という話がありました。問題の本質を引き出すのは難しく、尋ねられても「何も問題ありません」と答える現場が多いと思います。小嶋さんはどういうコミュニケーションで引き出していったのでしょうか?
「小嶋が言う問題って、必ずしもプロブレムのことではない。『あんた、困ってることあらへんか?』という幅広いものなんです。たとえば予算の未達を問題ととらえる人もいれば、家族の病気で看病に時間を割きたいと困っている人もいる。たとえば小嶋は、親の介護で早く帰りたいという人がいれば、必ず私に言ってきましたよ。『あの子な、実家のお母さんが病気だからなんとかしたって』と。聞くだけじゃなく、ちゃんと行動しますから。そしたら、私も『今すぐはできないけど、実家近くへの転勤、半年待ってな』と。そういうことが信頼につながります。岡田さんも同じで、よく『どや?』って言っていましたね。どや? って言われても難しいけれど(笑)、二人とも聞き上手ですよ」
最後の砦は能力よりも、責任感
——東海さんは、なぜ小嶋さんといっしょに仕事をしたいと思われたのですか? 会社員生活で大事にされてきたことは?
「一言でいえば本物やな、と思いました。何しろ欲がない。出世欲、金銭欲がないから怖いものなし。パッとものを言うし、人が嫌がることも言うし、叱るときはめちゃくちゃ叱る。小嶋も岡田も、私をよく知っている。その安心感が強いですね。そんな“本物の人”を知ってしまうと、自分のことだけを考えて人を大事にしない社長がいると、許せませんね。もうあかんのですわ。この野郎! となってしまう。
ただ、それが幸せだったかというと、また別ですよ(笑)。会社員生活は、紆余曲折、艱難辛苦。楽しいことのほうが少ないけれど、責任感だけはありました。能力があっても、責任感がなければダメです。小嶋にも『最後の砦は責任感やな』と言われたことがあります。
あるとき小嶋に『それは僕の仕事とちゃう』と言ったら、猛烈に怒りましてね。『君なんかな、まったく能力ないんやからな、若いときから知ってる。でも責任感は人一倍ある。その強みを自分で捨てるんやな!』と。責任感で大切なのは幅と深さですね。自分の仕事は一体どういう責任を負うべきなのか、ということ。いちばんあかんのは、無関心で無責任。ぜひ責任感をもって頑張ってください。あんまり張り切りすぎなくてもいいですけどね」