転勤の内示を受ける人が増える時期が来た。最近では、転勤を断りたい人が増えている。優秀な社員の離職を防ぐため、画期的な制度を整備する企業も出てきている――。
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理不尽な転勤辞令、なぜ「問題なし」と言い切れるのか

人事異動の時期が近づいているが、中には遠方への「転勤」の辞令を受ける人もいるだろう。実は昨年の同じ時期に転勤をめぐる2つの騒動が大きく報道された。

化学メーカーのカネカの男性社員が3月末から4週間の育児休業を取得し、復帰直後に関西への転勤を命じられた。男性が時期の変更を求めたが、会社は応じず、退職に追い込まれたことが妻のSNSで明らかになり、大きな話題となった。

もう一つは、NEC子会社の50代の父子家庭の男性社員が、高齢の母親と病気の子どもを抱えていることなどを理由に転勤を拒否。4月中旬に懲戒解雇され、解雇無効を訴え、提訴したことも報じられた。ネット上では会社を非難する声が相次いだが、両社とも「会社の対応は適切で問題はなかった」と答えている。

なぜ問題はなかったと言い切ることができるのか。通常の人事異動と違い、夫ないし妻が転居を伴う転勤をすれば住居の問題や子どもの学校の問題など家族生活にも大きな影響を与える。一見、理不尽な対応のように思えるが、日本の判例では転勤について会社側に大きな裁量を認めているからだ。

転勤命令権が認められる4つの要件

使用者に転勤命令権を認める場合は、以下の要件をクリアすればよいことになっている(東亜ペイント事件、最高裁1986年7月14日判決)。

1.就業規則や雇用契約書(労働条件通知書等を含む)に転勤を命じる記載があること
2.転勤命令が、業務上の必要性があること
3.不当な動機・目的で転勤を命じることがないこと
4.労働者に重大な不利益がないこと

一般的な会社の就業規則には「会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所及び従事する業務の変更を命ずることができる」と記載されている(厚生労働省「モデル就業規則」)。雇用契約書に記載されていなくても就業規則に書いてあれば有効とされている。ただし勤務地が決められている「勤務地限定社員」の場合は、使用者は勤務地の範囲外へ転勤を命じる権限がなく、転勤させる場合は労働者の個別の合意が必要になる。

業務上の必要性については「労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など」広範囲に認めている。また、人選の正当性についても、この人でなければダメだというほどの必要性を要求しておらず、「企業の合理的運営に寄与する」程度も十分だ。「不当な動機・目的」とは、労働者に対する報復や退職強要などの目的で転勤を命じることだが、この場合は権利の濫用となり、無効になる。

“重大な不利益”が意味することとは

4の「重大な不利益」とは「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもの」としている。裁判では高齢の母と保育士の妻、2歳の子どもを抱えた30歳の男性社員が神戸から名古屋への転勤を拒否し、翌年、懲戒解雇されている。最高裁は「家庭生活上の不利益は、転勤に伴い通常甘受すべきもの」と、懲戒解雇の合理性を認めている。

一方、育児・介護休業法では「労働者の就業場所を変更しようとする場合には、労働者の育児や介護の状況に配慮しなければならない」(26条)という規定がある。その後の裁判所の判決では、精神病の妻や要介護の母の存在が「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」だとして、転勤が権利の濫用に当たると判断した事例もある。

日本企業が転勤に寛容な理由

いずれにしても日本では転勤に寛容だが、その背景には「職務の限定がない」日本的雇用システムが関係している。ノースキルの学生を新卒一括採用によって大量に採用し、入社後はジョブローテーションによってさまざまな職務を経験させるなど長期にわたって育成するが、それと配置転換や転勤は一対となっている。実際に転勤などの異動によって経験を積ませて昇進・昇格させる企業も多い。また、社員の側も「自身の成長につながるし、仕事の幅が広がる」と自ら転勤を望む人もいる。

職務を限定して採用する欧米のジョブ型雇用の社会では、職務がなくなれば解雇されるリスクがある一方、雇用契約で決まっている職務が変更されるような転勤の場合は本人の同意が必要となる。しかし、職務の限定がない日本の場合は、担当する職務がなくなっても職種転換によって雇用が保障される(終身雇用)。裁判所もそうした日本的慣習を尊重し、解雇を厳しく制限する一方、転勤命令に対しては、就業規則に書かれているだけで認めるという寛容さを示してきた経緯がある。

転勤を拒否したい人が2割も

実際に転勤のある企業も多い。「正社員(総合職)のほとんどが転勤の可能性がある」と答えた企業が33.7%、「正社員(総合職)でも転勤をする者の範囲は限られている」が27.5%。計61.2%の企業に転勤がある(労働政策研究・研修機構調査、2017年)。

しかし、その一方で近年では転勤を嫌がる人も増えている。エン・ジャパンの「転勤に関する意識調査」(1万539人回答、2019年10月24日)によると、「転勤は退職のきっかけになる」と回答した人が31%、「ややなる」が33%。計64%に上る。ただし、実際に転勤を理由に退職した人は5%にとどまる。

そして「今後、転勤の辞令が出た場合、どう対処しますか」という質問に対して「承諾する」が13%、「条件付きで承諾する」が50%であるが、「条件に関係なく拒否する」と回答した人が19%も存在する。世代別では30代が21%と最も多い。男女別では男性が16%、女性が23%に達している。

2割の人が転勤を拒絶しているのだ。回答者が勤務地限定社員であれば、個別の同意が必要なので転勤を拒否できるが、そうでない人は拒否すれば解雇のリスクもある。

転勤を拒否したい理由3つ

それでもなお転勤を拒否する理由とは何だろうか。条件に関係なく転勤を拒否すると回答した人の理由のトップ3は「配偶者も仕事をしているから」(34%)、「子育てがしづらいから」(34%)、「親の世話・介護がしづらいから」(33%)となっている。

世代別では30代が「配偶者も仕事をしているから」(43%)、「子育てがしづらいから」(46%)が理由の半分を占めている。「親の世話・介護がしづらいから」は40代以上が41%と突出している。男女別では男性が「親の世話・介護がしづらいから」(40%)、女性は「子育てがしづらいから」(37%)が理由のトップを占めている。

昔は専業主婦世帯が多く、子育てを妻に依存する夫も多かったが、今では専業主婦世帯は606万世帯に減少し、共働き世帯が1219万世帯と増えている(2018年)。男女を含めて転勤が子育ての大きな障害になっていることがわかる。加えて親世代の高齢化が男性社員の転勤の障害になってきている現実を浮き彫りにしている。

“転勤退職”を防ぐ先進的な取り組み

企業側も安易に就業規則を振りかざして転勤を命じれば、優秀な社員の退職リスクをもたらすことになる。近年では転勤による退職を防止するための施策を講じる企業も登場している。

勤務エリアを限定した勤務地限定社員制度の導入も徐々に進んでいる。また、育児・介護や配偶者の転勤などの理由で退職した人を対象に復職を可能にするジョブ・リターン制度を導入する企業も少なくない。例えば帝人は、退職時の事業所に再雇用登録を行うと、10年以内であれば復職可能な制度を導入している。また、同社は社員の配偶者が海外転勤や海外留学で海外に6カ月以上滞在する場合に、同行する社員に最長3年間の休職を可能とする「配偶者海外転勤同行休職制度」も導入している。

2回まで免除する制度も登場

画期的な取り組みもある。SOMPOひまわり生命では、出産、育児、介護、本人または家族の病気などで転居を伴う転勤が一時的にできない場合、免除する「転居転勤免除制度」を導入している。使用回数の上限は2回(40歳以上の社員は1回)。免除期間は1回の申請につき2年間である。制度を利用したことによって賃金が削減されることなく、申請前の水準を継続する。そのほか同社には介護や家族の傷病などの利用で現在の勤務地だと退職せざるを得ない場合に、希望する勤務地での就労を認める「希望勤務地制度」もある。

社員が転勤を嫌がる理由の一つに、家族の事情も考慮されず、突然、いつ戻ってこられるかもわからない形で命じられることだ。同社の転居転勤免除制度はそうした大変さを和らげるための仕組みでもある。

共働き世帯の増加によって、社員にとって転勤は昔以上に生活の困難さを伴う。有無も言わさず一方的に転勤を命じるやり方を続けていると、社員の離職を促すことになりかねない。

前述したようにエン・ジャパンの調査では20%の人が「条件に関係なく拒否する」と言っている。今年(20年)の転勤辞令を受ける人の中には、離職に踏み切る人も出てくるかもしれない。あるいは就業規則違反で解雇した場合、解雇不当で提訴する人が出てくるかもしれない。冒頭に紹介した昨年と同じ現象が起きる可能性もある。