フルフレックスやテレワークで働き方多様。キャリアビジョンを常に描かせ、育成する ―サントリーホールディングス―

多様な人材や価値観を生かし、より大きな価値を創出するダイバーシティ経営を推進しているサントリーホールディングス(HD)。近年は女性の活躍推進に力を注ぎ、現在10%前後である女性管理職比率を2025年に20%到達をめざしている。ダイバーシティに大きくかじを切った契機は、グローバル市場に船をこぎだしたこと。ヒューマンリソース本部人事部長の千大輔さんは、会社がダイバーシティへと大きく動きだしていくのを肌で感じてきた。

サントリーホールディングス ヒューマンリソース本部 人事部長 兼 ダイバーシティ推進室長 千 大輔さん

「以前から一般職と総合職などの区別がない会社ではありましたが、女性の転勤はまれで、結婚や出産での退職は当たり前な風土でした。しかし、09年に持ち株会社に移行し、海外に市場を広げていくにあたり本格的にダイバーシティを経営方針の核の1つに据えることになりました。当時、私がいた営業にも女性が増え始め、雰囲気が大きく変わったのを覚えています。

実際一緒に働いてみると、男性が必要以上に気を使いすぎたり、仕事を限定しすぎたりと“いらない配慮”があったのではないかと気づいたのです。それだけ女性たちの仕事ぶりは目覚ましく、自立的でセルフコントロールもタイムマネジメントも素晴らしかった。そうして現場でどんどん一緒に働いていくことで互いの理解も深まり、男女問わず働きやすくなっていきました」

キャリアパスを止めない柔軟な働き方を支援

11年にはダイバーシティ推進室も開設され、女性活躍に本格的に乗り出した。柔軟な育休復帰や働き方を可能にするため、保育園に入れない場合や、急な子どもの病気などにベビーシッター代を補助するなど手厚くサポート。短時間勤務や時差通勤の制度も小学校卒業まで利用できる。

テレワーク(在宅勤務)制度とフルフレックス制度が、育児や介護中でなくても利用できるようになり、会社でも柔軟な働き方に進んでいったことも大きかった。特にテレワークは10分単位で利用することができ、09年の導入初期は39人程度の利用だったのが、11年の震災を契機に大きく広がり、18年には5176人で、対象者の8割を超える社員が利用するまでになった。

「早く復帰して働きたい人、長めに育休を取りたい人、それぞれの希望に合わせた復職と復職後の支援の充実で、当事者の女性たちも仕事への意欲が高まったのを感じています。現在では育休後の復帰は100%。復帰後フルモードで働く人も徐々に増えています」

働き方の選択肢が増えたことで、フルタイム勤務で復帰をしても、フレックスや支援策活用でやっていけるということが女性社員自身にも浸透するようになったのだ。すると、その後のキャリアにも展望が持てるようになり、女性たちのモチベーションも自然と上がっていった。

「女性にとってのロールモデルをしっかりつくることが、女性活躍にはもっとも大切だと考えます。柔軟な働き方の導入や積極的な有給休暇の取得など、男女共にマネジャークラスに率先して良き姿を見せるよう実行してもらいました。また、さまざまなキャリアパスや大きなビジョンを描いてもらうためにも、多くの選択肢を若いうちから見せることが大事です」

イントラネットには男女問わずさまざまな年次の先輩や部署の社員インタビューを150人ほど掲載し、仕事の内容からやりがい、苦労、必要な研修までリアルな声を誰でも読めるようにした。

「さらに人事とは独立したキャリアサポート室も整備しました。入社4年目と10年目を対象にしたキャリアワークショップに加え、新入社員全員と部署異動した社員全員、そして希望者向けに個人面談を行って話を聞きます。これは、評価に関係ありません。キャリアカウンセリング資格保持者が個人に合わせたキャリアパスの相談にのってくれる時間として大いに活用されています」

女性も若手も自ら意思表示。早くから営業や転勤を経験

「これまでの日本企業では、ある程度の経験を積んでから地方や新規事業などを経験する順番が回ってきましたが、ライフイベントで忙しくなる時期と重なったり、下積みが長すぎて意欲が落ちてしまったりという問題がありました。そこで、これまでは男性が中心だった営業職や地方への転勤も、入社後早い時期に積極的に女性や若い世代も経験できるようにしたことで、ライフイベントと重なる前にある程度の経験を積めるようになりました。新規事業などは公募制にし、営業や大きな組織にも早くから異動可能です。現在では、営業拠点で女性の支店長も出ています」

社内の公募制度も、新規商品開発から海外グループ企業への1年間の研修まで幅広い機会が提供されている。応募には上司の許可は必要なく、本人の判断で行える。新しいことにチャレンジしていく女性や若手が会社に新しい風を吹かせ、良い循環をもたらしている。

「ほかにも、海外グループ会社の女性管理職(部長以上)のネットワークづくり、外部への学びにも積極的な参加を促しています。大事なのは、キャリアパスを止めさせないこと。特に女性はライフイベントが多く起こりうるからこそ、可能性を諦めないで進める支援が重要ですね」

5年後の幸せを求め転職。管理職として大きな節目に

営業担当部長として主にeコマースを担当する明石知恵さんが、サントリーに転職したのは14年。前社は外資系企業で、2人の子どもを出産して復帰後に昇進。営業の管理職としてバリバリ活躍していた。しかし、初めての管理職、経験のないeコマース担当、そして管理職になったことで英語での社内プレゼンや業務が増えてプレッシャーがのしかかり、幼い子どもたちと過ごす時間もないまま昼夜も休日も仕事に走り回る日々になっていた。

「仕事は好きだし、社内の後輩女性たちの手本でありたいという責任感もありましたが、そんな生活に疑問を感じていました。転職は非常に悩みましたが、5年後に幸せでいたいと考えて思い切りました」

ちょうど女性の営業職を募集していたサントリーに縁があり、入社。転職して2年経験を積んだ後に、再びマネジャーに昇進した。過去の経験から抵抗がなかったといえば嘘になる。そんなとき、異業種の営業女性が集まって働き方を考える「エイジョカレッジ」に参加し、ほかの女性たちの仕事への意識を聞けたことが大きな転機となった。

いろんな女性管理職像があっていい

「男性と同じようなレベルでのやり方やリソース(時間)で進めなければいけないと思い込んでいたのです。自分で自分の管理職としてのハードルを上げてしまっていたことに初めて気づきました。男性と同じようにではなく、『女性としてありのままで働ける人がこれからは必要なのだ。いろんな女性管理職像があっていいのだ』と気持ちが整理でき、肩の荷が下りた気がしました」

サントリー酒類 広域営業本部 営業担当部長 明石知恵さん

さらに彼女に確信を与えたのは、当時の男性上司たちのあり方だった。

「普段は仕事を任せてくれて口を細かく出すことはないのですが、大事なときにはちゃんと寄り添い、味方になってくれました。私が知らない分野の業務に困っているときに本や考え方、人を紹介してくれる人もいました。管理職とはいえ、常に気張る必要はなく、最後にきちんといる人になればいいのだと思えました」

そこから明石さんの意識は大きく変わった。子育てと仕事の二足のわらじを履くことをポジティブに捉えられるようになった。完璧はめざさず、やることよりもやらないことを決める。週末は部下にメールや連絡をしない、メンバーがいないところで悪く言わない、アドバイスでは自分の価値観を押し付けない、メンバーが困っているときには、たとえ解決してあげられなくても逃げない。自分の中に最低限のルールを決めたら気が楽になった。

エイジョカレッジを契機に、社内でも女性たちのキャリアデザインを考えるワークショップに参画。回を重ねるうちに女性たち自身にキャリアパスへのバイアス(先入観)があることに気づいた。無理だと諦めずに、新しい業務ややりたいことに挑戦できるよう背中を押してあげる機会を提供している。

「多様な選択肢があっていい。私たちの世代はちょうどその過渡期で、後輩たちにバトンを渡す役割だと思っています。これからきっとどんどん可能性は広がっていく。だからこそ、後輩の女性たちにもライフを自分で選ぶように、キャリアも自分でデザインしてもらいたいですね」

テレワーク(在宅勤務)制度
2007年から育児や介護中の人を対象に、試験的に一部の部署を対象に導入開始。08年からは事由制限を撤廃。10年8月からは制度を拡充。現在では、週の半分以上の時間で出社すればよく、10分単位で利用可能。セキュリティ確保ができれば、自宅外での利用もOK。
時短勤務者減への取り組み
保育園入園ができない場合、最長7カ月まではシッター代を会社が一定額補助。復帰後も、フルフレックスタイム制の採用で時短勤務者は大きく減った。子どもの急病時や急な残業などにはシッター代を会社が一定額補助。看護や行事参加には年5日の休暇が取得できる。
早期地方勤務で経験蓄積
男性や年次を積んだ社員が多かった地方転勤も、男女関係なく入社後早い段階で経験させる方針に転換。結婚や出産などのライフイベントが訪れる年代になる前に地方や営業の経験を積むことで、その後の選択肢も増え、止まらないキャリアパスを可能にした。