女性総合職42.7%、女性管理職36.5%、女性役員相当級29.4%……。日本企業のデータと比べると、はるかに高い数字を誇るP&Gジャパンは、2016年に「ダイバーシティ&インクルージョン啓発プロジェクト」を立ち上げ、自社で構築した研修ノウハウを日本企業400社以上に無償提供してきました。今回取材したのはそのうちのひとつ、管理職向け「インクルージョンスキル」研修。さまざまな企業の人事部やダイバーシティ担当者を対象にした全4時間のプログラムで、P&Gが伝えていることとは――。

ダイバーシティ&インクルージョンはビジネス戦略

P&Gジャパン人事部の臼田美樹さん

「そもそもダイバーシティとは、組織の中に多様な違いがある状態。そのお互いの違いを認めて受け入れて、活かされるのがインクルージョンです。そのベースにあるのが“人材が最も大事な資源”という考えです。社員一人ひとりが十分にパフォーマンスを発揮できる環境を整えることができればビジネスにつながる。つまりダイバーシティ&インクルージョンは、ビジネスを伸ばすための経営戦略なのです」

そう話すのは、第1部の講師を担当する人事部の臼田美樹さん。まずはP&Gジャパンにおけるダイバーシティ&インクルージョンの考え方や変遷についてのレクチャーから始まりました。

「組織の中に多様な人材がいることで、いろいろな意見が出てきますし、その意見が活発に議論されることで製品の画期的なイノベーションが生まれます。またグローバルリーダーを育成することもできますし、キャンペーンなどでの炎上を避けることもできます」

そういった互いを活かし合う環境をつくるために必要なのが次の“3つの柱”です。

社員が全力を出せる組織をつくる3つの柱

①文化

ビジネス戦略として経営陣と社員をつなげるには、人事部門がダイバーシティ&インクルージョンを啓蒙し、文化を醸成することが大切。P&Gジャパンの文化の醸成の一例として“自分らしくあれる服装”というドレスコードがある。

②制度

社員一人ひとりが最も生産性の上がる働き方を実現するツールとして制度が整備されている必要がある。P&Gジャパンにも、フレックス・ワーク・アワーやワーク・フローム・ホームといった制度があるが、これらは社員が最大限に力を発揮するためのものという性質上、数値目標は設定していない。

③スキル

経営層、管理職、全社員それぞれに対して、ダイバーシティ&インクルージョンを実践するためのスキルを習得するトレーニングが必要。今回のプログラムは、まさに管理職向けのトレーニングにあたる。

インクルージョンには管理職が要になる

管理職としてどのようにダイバーシティ&インクルージョンを進めていくか、どういうアクションをとるか、第2部では、P&G営業部の纐纈(こうけつ)高弘さんが講師となってより実践的な内容へ。

第2部講師の纐纈高弘さん。ラグビーチームのダイバーシティについて話し合ってアイスブレーク。

「インクルージョンとは“受容”と“活用”ということ。相手を受け入れて、認めて、活かされているとインクルージョンを感じることができます。そのためには管理職が要になります」と投げかけ、自分自身がこれまで上司から認められた経験、認められなかった経験について、各テーブルでディスカッションをしました。

「プロジェクトマネージャーとして、プロジェクトの途中でクライアントを切るという大きな決断をしました。それを上司に話したときに、事情を全く聞かずにOKしてくれたんです。『お前はこれまで誰よりもお客様と会話して、お客様のビジネスを考えて、その上での決断だから、お前の考えた結論が会社としての結論だ』と言われて……。びっくりしましたが、認められたと感じました」

プロジェクトマネージャーとして上司から認められた経験を発表した女性には、ひときわ大きな拍手が送られました。

では自分が管理職としてインクルーシブな関係をつくっていくにはどうしたらいいのでしょうか。纐纈さんは“3つのアクション”を挙げます。

管理職に求められる3つのアクション

①双方向コミュニケーションをとる

部下とコミュニケーションをとることが大事であり、①方向づけ(業務の優先順位やキャリアプランに道筋を与える)、➁コーチング(プロジェクトを達成できるように手助けする)、➂フィードバック(進捗状況を見ながら話し合う)、④褒賞・認める(結果を出したら認めて褒める)という4つのプロセスは欠かせない。

➁無意識の偏見があると覚えておく

「育休明けの女性はあまり働けないだろう」「ベテランの人は何でも知っているだろう」など、人はそれぞれ無意識に偏見を持っていることを認識しておく。

➂自分の言動を常に意識する

部下は上司のことを思った以上によく見ているので、電話の応対や会議での発言など自分自身の言動を常に意識しておくこと。

まったくできていなかった! と反省する男性管理職

部下とインクルーシブな関係を築いてきたかを振り返るディスカッションでは、「全くインクルージョンできていなかった」と痛く反省する男性の姿も。

「自分が部下のときは上司の話を聞いていなかったのに、立場が変わった瞬間に部下は自分の話を聞いてくれるはずだと思い込んでいる。これは“部下は上司の言うことを聞くもの”という無自覚の偏見かもしれず、これを認知しておくことは大事だと感じました。自分だけで気づくのは難しいので、管理職同士でチームをつくり、指摘されるしくみをつくらないと、ここからは脱出できないだろうなと思います」

互いを深く知る「価値観チェックシート」とは

そんな悩める管理職のためにも、この3つのアクションをうまく進めるヒントが紹介されました。

①自分をよく知る

相手を知るためには、まずは自分の興味や強みなどを知り、さらにそれが周りに与える影響まで思いを致す。

➁相手を知る

部下の興味や強みを知る。さらに目的を持って積極的に話を聞き、共通理解があるかどうか、ともに確認することが大切。

➂3つのH

Head(頭で考えて起こりうる状況を準備しておく)、Heart(フィードバックの際は心で接する)、Hand(手を差し伸べて行動で示す)の3つのHを心がけておくこと。

そして、①と➁のお助けツールとして「価値観チェックシート」の活用をすすめます。

「“自分のチームや組織が成功する”“昇給する”など、仕事のモチベーションを示す20項目に対して、上司と部下それぞれが大事にしているもの、あるいは大事でないものをチェックします。そして、相手が大事にしているものはこれだろうなと予測して相手のものも書き込みます。このシートを元に一対一の会話を定期的に持つと非常に効果があります」

日本全体で取り組まないと意味がない

P&Gジャパンのこうした取り組みは、人事部と広報部を中心に、営業部や法務部、マーケティング部、生産部など各部署のトレーナーが集まって行われています。広報部の住友聡子さんは、「参加した企業の方は、ダイバーシティ&インクルージョンには文化や制度だけでなく、スキルが大事ということに驚かれます。管理職がスキルを持つことで、さらに加速させられることをお伝えすると、みなさん納得されますね」

すべて無償とはいえ、提供する側のP&Gジャパンのメリットも大きいと言います。

「多くの企業の方とお話しするなかで、われわれの中にも学びや気づきがたくさんあります。また喜んでいただくこと自体、『うちのことが役に立つことがあるんだ』と、社員にとっても大きな喜びになっています。でも、こういう取り組みは、うちだけでやっても意味がない。日本全体でやらないとダメなんだというのが、P&Gジャパンの社長の考え方なんです」