ある日、幸せに向けて、新しい生活を始めるために
ARUHI――この一風変わった会社名の由来は何なのか?
社名変更は2015年。同社は「SBIモーゲージ」という名称だったが、現会長兼社長の浜田宏さんが会長に就任した際、この社名を生み出した。
家を買う決意をする“ある日”は、多額の借金を背負う日だが、家族や自分の幸せと新生活へのスタート地点にもなる。その考えから“ある日”をARUHIとして社名にした。さらに融資だけでなく、顧客の暮らしのサポートをするのが同社のミッションである。「カタカナで書くとアルヒだから、最初はアヒルなどとからかわれましたが(笑)、世間に周知されるようになれば、ただの社名になるはずだと思ったのです」と浜田さん。
社名変更を皮切りに金融機関らしくない、大胆な改革が次々と行われた。それまでは残業が多く、期末になると社員一丸となって、顧客に借り換えを促す電話をかけるという状態……。離職率が高く、働きづらい会社だったようだ。
ワーク・ライフ・ブレンド
浜田さんがトップとなって以来、そんな社風を一新すべく“日本一働きやすい会社”、そして“働きがいのある会社”を目指した。18年からは仕事もプライベートも分けずに考える“ワーク・ライフ・ブレンド”というコンセプトを加えた。
たとえば1日1時間以上出勤すればOKという「スーパーフレックス制度」や週1回の在宅勤務制度を活用して、自分の裁量で柔軟に働く。オフィスにカフェをもうけて、そこでコーヒーを飲んだり、本を読んだり、夕方にはお酒を飲んでリフレッシュしてもいい。畳敷きのスペースで仕事をしたり、あおむけに寝転んでみたり。リラックスした気分でいると、ふと良いアイデアが降りてきたりもする。そんなときにメールなどで仲間とシェアすれば、仕事の生産性も上がる。このようにプライべートも仕事も、いい具合にブレンドさせるのが同社が目指す働き方の1つの方向性だ。
しかし大胆な改革は、保守的な社員からの反発が想像される。昭和型の企業だったARUHIでは「いかに自分の生産性を上げるか」という意識が低い社員との軋轢もあったのではないだろうか。半面、積極的で優秀な社員にとっては自身の能力を生かすチャンスでもある。同社ではもともと女性社員の割合が多く、その中でも有能な女性たちが頭角を現していった。
その1人が人事部シニアアソシエイトの大友麻衣さん(30代、入社12年目)。彼女が人事部で行ってきたここ数年の改革業務は、主に「スーパーフレックス制度や在宅勤務制度などの企画と実施。さらには育休中の社員の不安を取り除くようなフォローアップを考え、スムーズに復職できる対策」とのこと。同社では最長で3年間の育休を取得できるが、続けて出産すると育休が長くなる。そうなると会社への復職が不安になるという声があった。
「育休中に会社の動きが把握できないと不安につながるので、これを社内イントラで閲覧できるようにすることで改善しました。さらに18年には新しいオフィスへの引っ越しがあり、休んでいる間に自分の席がなくならないかと、ますます動揺する人もいたようです。そこで、育休者に向けて豪華なお弁当付きのオフィス見学ツアーを企画したのです」
見学ツアーと同時に、育児中の先輩社員を交えて、仕事と育児の両立への不安や疑問についてざっくばらんに話し合いをする場ももうけた。大友さん自身も2回の育休を経験したが、自分が置いてきぼりにされたような思いを抱えた経験がある。その経験が生きているのだろう。
「現在では産休・育休の制度は十分に整っています。今後は全社員がいかに長く快適に働けるかが重要になるので、社員の健康サポートや介護サポートに力を入れたいですね。具体的には、個々人の食事、生活リズム、睡眠の質の向上などを総合的に考えていきたいです。特に家庭を持つ女性は、睡眠が圧倒的に足りないと思います」と大友さん。
19年新しくヘルスケアルームが開設され、常駐のマッサージ師の施術を無料で受けることができる。まずは、これが健康管理の糸口になりそうだ。心身ともに健康であれば、おのずと仕事のパフォーマンスも上がるのだ。
ARUHIでは、外国人への融資の割合が全体の1割を占める。これはメガバンクの平均より高い割合。社員にもブラジル、韓国、中国などにルーツを持つ人材が数人在籍する。
得意の語学を生かして、外国人顧客への入り口に
業務コンプライアンス部業務統括グループアソシエイトの岡村クラリセさん(20代、入社4年目)は9歳で来日した日系ブラジル人。ポルトガル語、日本語、英語に堪能なトリリンガルの能力を生かし、入社後、日系ブラジル人へのプロモーション活動と商品企画の内勤を、並行して行っていた。
しかし、仕事を始めてわずか1カ月で妊娠がわかる。退職を覚悟しつつ上司に打ち明けると「元気な子どもを産んでまた戻ってくればいいよ」と言われ、産休・育休を認めてもらえた。「絶対クビだと思っていたのに……」と驚きとともに感謝の気持ちでいっぱいになったそうだ。その後、育休中から今後の仕事の進め方を模索。「自分の仕事は、銀行の手数料の計算、契約が何件あるかなどデスクワークが多いけれど、もっと効率化できたらいいのに」と考えたのだ。そこで復帰後、エクセルのVBA(プログラミング言語)の勉強をしたいと上司に相談すると、社外での研修の許可が出た。
「試行錯誤の末、今まで2~3日かかってやっていた業務が、わずか10分でできるようになったんです。もともとブラジル人は残業をしたがらないし、なるべく楽をしたい気質なので(笑)、その合理的精神が生きているのかもしれません」
3歳の子どもを育てつつ、通勤に往復3時間かかる彼女にとって効率化はマスト。個人情報を取り扱う業務が多いので、在宅勤務をすることは難しいのだ。このような部署は、まだまだ柔軟な働き方へのハードルが高いと言わざるをえない。
周囲を巻き込んで、公私をうまく両立させる
一方、多くのママさん社員が約1年間の育休を取るのに対し、わずか5カ月の育休で復帰したのが今井聡美さん(30代、入社12年目)だ。彼女はマーケティング本部プロダクトマーケティング部副部長で、さまざまな住宅ローンの商品を拡充させている。部の実質的なトップとして20代の女性から50代の男性部下を統率する。しかも、今井さんの女性部下は、アグレッシブな“肉食女子”ばかり。上司の今井さんに対しても物おじせずに発言し、かつやるべきことをきっちりやるという。そんな肉食女子グループの長らしく、“自分の人生のベースは仕事”と言い切る。
「小学校3年生と4歳の子どもがいるので、もう少し自由な時間があればいいと思うこともありますが、公私ともに、不満はほとんどありません。私の仕事に子どもたちが合わせて付いてきてくれている感じなので、まさに“ワーク・ライフ・ブレンド”ですね」
今井さんは“デキる女性”の典型的なタイプに見えるが、もちろん仕事で悩むこともある。「商品を“一人前”にするためには、時間も手間もかかります。今も、担当している商品の売り上げがなかなか伸びていないのが悩み。でも息子たちと一緒に過ごしていると仕事の悩みから解放されるので、それほどストレスはありません」とメンタルもタフだ。
そんな多忙な今井さんを救ってくれたのが、オフィスのど真ん中にあるカフェとヘルスケアルーム。それまではついついお菓子だけでランチを済ませていたが、「カフェで提供されるサラダが美味しくて、定番メニューにしています。健康的だし、ほかの社員とおしゃべりもできて気分転換になります」。
当初は「金融機関なのに、オフィスの真ん中にカフェがあるなんておかしい」という否定的な意見もあったそうだが、今ではカフェはなくてはならない存在となっている。
AIの活用で、柔軟な働き方を目指す
審査と融資実行の速さもARUHIの特徴だが「ARUHIダイレクト」という、ウェブからの申込窓口を立ち上げたのが、オペレーション本部業務部ダイレクトグループグループ長の中小路恵さん(30代、入社10年目)。10人の部下は、年齢の幅が広く最高齢は70代。みな知識と経験がしっかりとあるので、リーダーとしての苦労はあまりないという。しかしウェブから申し込んでも、実際の審査には多くの書類が必要な状態がもどかしくもある。そもそも住宅ローンの申請が煩雑なので、ウェブで申し込みをしたとしても、その後対面で説明を受けたいという人が多いのが現状だ。
もっと自由で柔軟な働き方ができるようになる
オペレーション業務は、スーパーフレックスの活用や在宅勤務が難しい。またフリーアドレスで仕事ができず、他部署と交流することが比較的少ないので、ほかの社員とコミュニケーションを取りづらい。業務部とそれ以外の部署との働き方の乖離が課題と言えそうだ。しかし「今後AI(人工知能)が人間よりも速く正確に処理してくれるようになると、私の部署ももっと自由で柔軟な働き方ができるようになると思います」と中小路さんは期待する。
そこで、普段顔を合わせない社員同士のコミュニケーションを促すために、毎年クリスマスパーティーや設立記念パーティーなどを行い、社員の士気を鼓舞しているのが冒頭の浜田会長兼社長。30歳でアメリカに渡り、金融とは無縁のシリコンバレーの企業に身を置いた経験が、改革を推進する情熱の源だ。
「働きやすい会社とは、決して安穏と働けばいいということではありません。たとえば単に残業時間を減らす目的のために、もっと働きたい人たちの意欲をそぐようなことがあってはならない。わが社でも解決すべき問題はまだまだあります。いいと思われることは何事もスピーディーに実行して、ダメならダメでやめればいいだけです」ときっぱり。
定期的に社員と一緒にディナーを取る会も主催。食事中に有意義な人事施策案が出た際には3秒で採用したこともあるそう。今後は幹部社員の海外留学制度や、1カ月の長期休暇制度なども計画中だ。
「大事なのは、みなが自分の生き方を大切にして、将来に夢と希望を持つこと。その結果、ARUHIがいい会社だと思ってもらえればいいのです」
まだ成長途中の若い会社だからこそ、社員も顧客も一緒に成長していけるし、幸せな人生とは何かを共に追求できる。そのためには、まずは社員が生き生きと働ける会社であることが大前提なのだ。