ジェンダーに関する様々な問題について議論してきた一橋大学社会学部・佐藤文香ゼミ。『ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた』は、29にのぼる問いへの答えをHOP・STEP・JUMPの三段構成で解説。今回は、その中の一つ「管理職の女性を30%にするって、女性だけを優遇する逆差別じゃない?」についての議論を紹介します。

※本稿は佐藤文香・監修『ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた』(明石書店)の一部を再編集したものです。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/metamorworks)

逆差別ではないか? への答え

[HOP]

逆差別ではありません。不平等な状態が先にあり、202030(※)のようなポジティブ・アクションはそれを是正するための特別措置として位置づけられているのです。

※1 社会のあらゆる分野において、2020年までに指導的地位に占める女性の割合を少なくとも30%程度にするという政府目標のこと。

[STEP]

ポジティブ・アクションとは、現在、社会的・構造的な差別により不利益を被っている人にたいし、実質的な機会の均等を実現することを目的とした暫定的な特別措置を指します。

図表1のように、「EQUALITY(形式的平等)」と「EQUITY(実質的平等)」の2種類は区別して考えることができ、ポジティブ・アクションは、右の「EQUITY」の考え方を採用しています。さまざまな年齢の3人が野球観戦をしていますが、背の高さは異なっていますね。左の「EQUALITY」では、全員に同じ高さの踏み台が与えられており、その結果、右側の人は試合を見ることができていません。一方、右の「EQUITY」では、それぞれの条件にあわせた高さの踏み台が与えられており、全員が同様に試合を見ることができています。身長という個人の属性によって野球観戦の機会を妨げられることなく、身長の異なる3人が同じように観戦の機会を楽しめるようにそれぞれに台が準備されているというわけです。ポジティブ・アクションとは、「EQUITY」を実現するための装置であり、もともとの不平等な機会を是正し、差別の解消を図るものなのです。

ある実験が示す男女不平等の現実

しかし、男女は本当に不平等な状態にあるのでしょうか。残念ながらそうであるといわざるをえません。例として、2012年のアメリカの実験を紹介しましょう。まったく同じ履歴書の名前のみをJohn(男性名)かJennifer(女性名)かに変え、多数の大学のラボマネジャーに応募するという実験です。同じ履歴書であるにもかかわらず、男性名の方が高い評価を受け、年収も男性名の方が4000ドル高く提示されるという結果になりました。この実験は、女性というだけで機会が制限されることを端的に示しています。

さらに、家事・育児・介護などの仕事との両立にあたって負担となるケア役割の女性への偏り、また配属部署や任される仕事内容の男女差、その結果として技能形成や昇進にも男女での偏りがあると指摘されています。

202030は、このように男女で不均等に配置された条件を埋めるための暫定的な措置であり、逆差別とはいえません。「男性が不利になるのでは」との意見もありますが、これまで男女で異なっていたスタート地点をそろえたり、片方にのみ多く置かれていた障害物を取り除いたりすることで、両者が対等に参加できるようにするための取り組みととらえるのが適切でしょう。

なぜ30%をめざすのか

不平等を是正する手段は他にもありますが、ポジティブ・アクションには独自の特長があります。まず、即効性がある点。次に、不平等を生みだす環境そのものを変えていける点です。202030では、女性管理職が増えることで企業の男性中心主義的な体質自体が変わり、女性も働きやすい環境が整うことが期待されています。もちろん、女性が少々増えただけでは環境を変えるほどの影響力になりません。202030がめざす「30%」とは、影響力が確保される最低限の割合であるといわれています。ポジティブ・アクションはすぐに効果があらわれるだけでなく、不平等の根本的解決にもつながっていく施策であるといえるでしょう。

202030によって女性管理職が増えることは、企業活動の妨げになるでしょうか。経済産業省の調査では、女性管理職比率が高い企業に利益率が高い傾向がみられました。この結果の分析は慎重に行わなければなりませんが、少なくとも女性の登用が生産性を低下させるわけではない、ということはいえそうです。

他の国々でも取り組みは進んでいます。ノルウェー政府は、2002年に大企業の取締役会の一定数を女性とすることを義務づけるクォータ制を導入しました。政府からの依頼で長年調査を行ってきた企業多様性センターのマリット・ホエルは、導入によってビジネス面での問題は起こっていないと述べ、「女性が働くことや、男性も仕事と家庭を両立させることが当たり前になった。出生率もトップクラスになった」と結果を評価しています。このように、すでにポジティブ・アクションが実践されている国も多くあります。

202030の問題点とは

[JUMP]

ステップでは、202030の正当性を論じましたが、もちろんこの政策には問題点もあります。家事や育児などの負担が女性にわりふられたまま働くように要請すると、女性が二重の負担を背負うことになって大変になるというのは、安倍政権の女性活躍政策についてよくなされる批判です。いきなり女性管理職を30%にするといわれても「間に合わない」という声もあります(『朝日新聞』2015.2.22)。

佐藤文香監修/一橋大学社会学部佐藤文香ゼミ生一同著『ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた』(明石書店)

もうひとつの問題点は「ポジティブ・アクションは憲法14条に定められた『平等原則』に反するのではないか」という議論に決着がついていないという点です。「平等原則」とは前述の「EQUALITY(形式的平等)」のことであり、「EQUITY(実質的平等)」までは含まれていないのではないかということです。実際にフランスやイタリアでは、ポジティブ・アクションにたいして違憲判決が出たこともあり、両国とも憲法改正にふみきることになりました。辻村みよ子は、形式的平等を原則として実質的平等が例外的に実現可能であるというのが通説であるとし、ポジティブ・アクション導入のさいにはその「例外措置」を正当化する法的根拠が必要であると述べています(辻村 2011)。日本における法的根拠は、男女共同参画社会基本法と男女雇用機会均等法に認められるとされています。

このような批判にどのように応えていくのか、どのように憲法を解釈し法的根拠を見出していくのかが、日本における今後のポジティブ・アクションを考えるさいの課題となるでしょう。(井戸)

参考文献

▼辻村みよ子『ポジティヴ・アクション――「法による平等」の技法』岩波書店、2011年