日本でなかなか女性活躍が進まないのはなぜなのか。本気で取り組んでいないからか、それとも進め方が悪いのか──。日本企業400社以上にダイバーシティ&インクルージョン研修を行ってきた、P&Gジャパンのスタニスラブ・ベセラ社長に聞いた。

「経営戦略の一環」と言い切る本気度

【白河】日本の大企業は、実は女性比率が20%以下というところも珍しくない状況です。2016年に女性活躍推進法ができ、従来は男社会だった企業にも徐々に女性が増えてきました。女性管理職も増えつつありますが、P&Gジャパンははるか先を行っているように思います。なぜこれほど女性活躍を進められたのでしょうか。

【ベセラ】まず当社では、女性活躍を含むダイバーシティ&インクルージョンを、ビジネス成長のための戦略という認識で進めています。経営戦略やブランド戦略に欠かせない取り組みであり、事業に貢献するものであると考えているわけですね。ですから、社会に対しても「推進する」と宣言しています。

P&Gジャパン 代表取締役社長 スタニスラブ・ベセラさん

【白河】日本ではダイバーシティや女性活躍は、両立支援やCSRとしている企業が結構ありますね。女性活躍を経営戦略の一環と捉えていない企業が少なくありません。変わろうとしているのになかなか変われないのは、そうした認識にも原因があるのかなと思います。

【ベセラ】それでも、女性活躍への機運は着実に高まってきていますね。ダイバーシティ&インクルージョンに取り組もうという日本企業も増えていて、当社はこれまでに400社以上に研修を行う機会に恵まれました。

【白河】そこが素晴らしいですね。私もこの研修を取材したことがありますが、御社の営業部長が他者の管理職を対象に研修を行うという贅沢なもの。かなりコストのかかることを無償でやっています。P&Gジャパンに倣おうという企業も増えているのですね。ダイバーシティ&インクルージョンの達成には何が必要か、アドバイスをいただけませんか。

日本企業が実行すべき3つのアクション

【ベセラ】私たち自身も達成を目指している最中ではありますが、その上で3つのアドバイスを贈りたいと思います。1つめは「経営戦略として取り組んでいく」と社会に宣言し、取り組みを忍耐強く続けていくことです。ダイバーシティ&インクルージョンの達成には時間がかかります。私たちは取り組みを始めて25年になりますが、まだまだ満足していません。

【白河】組織風土や社員の意識にも変革が必要ですから、やはり長期的な視点が大事なのですね。

相模女子大学、昭和女子大学客員教授 白河桃子さん

【ベセラ】その通りです。2つめは、意図を持った人材採用を行うことです。取り組みを達成しうる企業体系をつくるには、まずそれに合った資質を持つ人材を集めなければなりません。

【白河】それは興味深いですね。御社では、新入社員の採用に関してどんな変化があったのでしょうか。

【ベセラ】一例を挙げると、学生を面接する社員や入社案内に記載する役員について、「当社を示す男女比率」を考えるようになりました。例えば、面接官や役員が全員男性だったら、女性はそれを見て入社したいと思うでしょうか。採用したい人材像が明確であれば、入社希望者や社会との接点を、それに沿ったものになるよう見直すべきだと思います。

【白河】確かに、外部との接点になる社員が全員男性だったら、「女性は活躍できない会社なのかな」と思われてしまいますね。それでは、意欲の高い女性には敬遠されてしまうでしょう。

【ベセラ】3つめは、社員の「能力」に焦点を当てて組織をつくることです。組織内で誰かを昇進させるなら、正しい経験とスキルを身につけているからという理由でなければなりません。女性活躍を進めたいからという理由で女性を登用するのは、ダイバーシティ&インクルージョンを終わらせる行為です。ここは絶対に妥協してはいけないと思っています。

昇進理由は仕事への適正であるべき

【白河】数値を上げるために女性を昇進させるようでは、よい組織はつくれないということでしょうか。確かに女性活躍を目標にしすぎると他の人はそっぽを向いてしまいます。

【ベセラ】その通りです。社内のワークショップでは、昇格や組織変更をアナウンスする際、能力にフォーカスして紹介すべきだという話も出ました。性別や子どもの有無、好きなスポーツといったことよりも、いかにその仕事や組織にふさわしいかを知らせるべきだと。

【白河】昇格した人を理解するにあたって、注目すべきは性別ではなく能力だという考え方が浸透しているのですね。女性や外国人も多い御社では、多様性はすでに高いレベルにあり、今はそれを理解し生かし合う「インクルージョン」を追求する段階にあるようです。日本企業にも、3つのアドバイスを参考にぜひ追いついてほしいと思います。

P&Gが他社に研修をする理由

【白河】もう1つアドバイスをいただきたいのですが、日本では、妻が両立支援の手厚い会社で働いている場合、他社に勤務する夫が「それだけの働きやすい環境があれば両立できるだろう」と、妻に家事育児を押しつけるケースがよく見られます。P&Gジャパンは支援制度が整っていますから、そのリソースにタダ乗りする“他社勤務の夫”もいるかもしれません。これについてはどうお考えですか?

【ベセラ】当社では男女ともベストな環境で両立できるようにしていますが、配偶者の会社も同じとは限りませんから、そうした状況は起こりうると思います。理想を言えば、全企業が同じ手厚さを備えているといいですよね。

【白河】その理想を叶えるためには、どうしたらいいのでしょう。

【ベセラ】だからこそ、私たちは他社でも研修をさせていただいているのです。皆が理解を深め、ベストな環境を追求していけば、きっと未来は変わるはずです。将来的には、業界全体、国全体で取り組んでいけるといいですね。

霞が関でも研修を!

【白河】同感です。私は政府の男女共同参画の委員でもありますので、政府の皆さんにしっかり伝えておきます。ダイバーシティ&インクルージョン研修も、ぜひ一度霞が関でやっていただきたいですね。

【ベセラ】喜んで伺います。私たちでお役に立てることがあれば、何でもオープンに対応させていただきたいと思っています。

【白河】自社だけでなく、日本全体のダイバーシティや女性活躍を底上げしていこうという姿勢に感銘を受けました。加えて、社会に対してもジェンダー平等などを発信し、広告賞「グラスライオン」(世界最大の広告賞カンヌライオンズの賞。グラスライオンは「性差別や偏見を打ち破るクリエーティブ」に与えられる)などを受賞されていますね。日本では、そうした活動をしてほんとうに利益につながるの? という発想の企業がまだまだ多いんです。

【ベセラ】そうした発信のアイデアは事業部から上がってきます。社会的に重要なメッセージを発していくことは結果的にブランドのためになるからという判断です。もちろん予算もブランドから出ます。人事やダイバーシティ&インクルージョンのための予算ではないのです。私たちのテーマは「世界を変える力、未来を育てる力」です。ダイバーシティ&インクルージョンはそうした力そのものであり、またビジネスを育てる力でもあります。今後も、自社の事業成長はもちろん、社会にもよい影響を与える形で推進していくつもりです。

【白河】国内でも、就活の画一的なヘアスタイルに疑問を投げかけたパンテーンのキャンペーン「#令和の就活ヘアをもっと自由に」が素晴らしいですよね。こうした企業の姿勢はESG投資(環境・社会・ガバナンスを考慮した投資)や、SDGs(持続可能な開発目標)の面でもよい影響をもたらしそうですね。この2つは今、日本でも注目が高まっていますが、どのように捉えていらっしゃいますか?

【ベセラ】どちらも重視しており、先ほどお伝えしたテーマの下、特にダイバーシティ&インクルージョンと環境サステナビリティに力を入れています。今後の活動も、より一層強化していく方針です。

【白河】お話を聞いて、ダイバーシティ、女性活躍の推進や発信は、事業の成長を促し企業価値を高めるものなのだとあらためて感じました。この分野の先駆者として、引き続き日本企業に刺激を与えるようお願いします。ありがとうございました。