急成長する“インフルエンサー市場”
最近、一般のCMや商品のパッケージでも、「ヒカキン」さんや「はじめしゃちょー」さんなど、いわゆるユーチューバー(YouTubeなどの動画共有サービス上で、オリジナルの動画を継続的に公開する男女)をよく見かけるな、と思いませんか?
いまやユーチューバーをはじめ、インスタグラムやツイッターで数多くのフォロワーを獲得し、情報発信を続ける男女が「インフルエンサー」と呼ばれ、脚光を浴びています。
彼らの強みは、消費者目線に近い「等身大」の情報を発信できること。当然ながら、企業からのタイアップ依頼も年々増えているようです。
例えば今年(2019年)3月、デジタル産業の調査や市場規模の算出を行うデジタルインファクトが公開したデータによると、インフルエンサーの市場規模は、既に年間219億円(18年現在)。これが2023年には509億円に、2028年には933億円になるなど、今後10年で約4倍以上に膨らむと見られています。
2019年のナンバーワンヒット候補のブランド
インフルエンサーとタイアップする企業と聞いて、まず思い浮かべるのは、若い女性向けのファッションやコスメでしょう。また、インフルエンサーの特性から考えると、フォロワーの数が多ければ多いほど、インフルエンサーとして有効に思えますよね。
ですが、そうとは限りません。その好例が、ワークマンのブランド「WORKMAN Plus(以下、ワークマンプラス)」。スポーツやアウトドアシーンで着用できる、レインウエアやスポーツウエアを展開する店舗で、昨年末にはフランス生まれのスポーツ用品店「デカトロン」と共に、「2019年のナンバーワンヒット候補」とも言われました。
その予測通り、今年に入って見事に大ブレーク。いまや、ワークマンプラスと聞けば、多くの人が「お洒落なアウトドアの店」とイメージするでしょう。
一方で、その全員が「母体のワークマンって、もともと工事現場などで働く人たちが愛用する、作業着や作業用品の専門店でしょ?」と把握しているかといえば、必ずしもそうではないと思います。
ではなぜ、作業着・作業用品の専門店が、まったく別のイメージで多くの消費者に受け入れられたのか。そこには意外とも言える、同社の地道な「インフルエンサー戦略」がありました。
“作業服屋”が見つけた新しい顧客
ワークマンの創業は1980年。現在、国内に800以上の店舗を展開し、毎年概ね、前年比105%の売上増で推移してきたそうですが、「この先、作業服だけを販売していても、やがて限界が来るかもしれない」と感じていたと、同営業企画部・販売促進グループの丸田純平さん。
そこで従来とは違った顧客、すなわち一般客や女性客を取り込むことで、新たな需要を喚起しようと模索し始めたのが、2015年ごろ。このころから、自社独自のプライベートブランド(PB)商品の開発に力を入れるようになった、とのこと。
すると、防水をうたった同社のあるブランドが、「意外な人々」に支持されているのが分かったと言います。
ブランド名は、「AEGIS(イージス)」。もともとは、東北の農家が農作業時の防寒用に身に着ける、防水をうたった作業服ブランドでした。従来、ワークマンは同ブランドで、黒など地味な色ばかりを展開していましたが、たまたま「さし色」として明るいライムグリーンの作業服を売り出したところ、目立った売り上げを上げるようになった、とのこと。
発見のきっかけは、ネットの呟き
そこで、ワークマンのスタッフが調査したところ、作業服が持つイージスの機能性を活かして、スポーツやアウトドアシーンで着用する一般の男女が増えていたそうです。
「発見のきっかけは、SNSやブログ上での呟きでした」と丸田さん。
具体的には、「バイク用に着ると、温かい」「アウトドアで着ても、オシャレ」「(音楽系の)フェスの雨対策に使える」など、作業服ユーザーとはまったく違った、一般の男女による口コミが拡散されていることが分かったそうです。
前回、「プチッと鍋」(エバラ食品)の回(「おひとりさま5割“大独身時代”に売れるモノは」)でもお話ししましたが、このとき「このマーケット(ワークマンの場合、一般客や女性客)にも、需要があるのではないか」と改めて顧客を掘り起こしたからこそ、それまで顕在化していなかった新たなニーズを確信できたのでしょう。
コスパだけではない成功の秘密
そのころからPB開発に力を入れ始めたワークマンは、18年9月、「ららぽーと立川」に、アウトドア・スポーツ専門店「ワークマンプラス」を初オープン。1700アイテムにも上る既存商品の中から、一般の男女が使える320アイテムのみを店に並べました。
そう、少し意外ですが、実はワークマンは「ワークマンプラス」専用の商品は、開発していません。多少語弊はありますが、あくまでも作業着のワークマンが取り扱う商品の一部を、「見せ方」を変えて、別業態の店舗で売り出しただけ。
しかも、ワークマンは定価販売が原則で、値引きをしません。PB商品も、色や柄の多少のマイナーチェンジはあるものの、大枠のデザインは5年間継続して販売するのが通例。ワークマンプラスでも、このやり方は変えていないそうです。
にもかかわらず、なぜワークマンプラスは、ここまで話題を呼んだのか。一部には、「価格の安さやコスパ(コストパフォーマンス)の良さが、人気の秘密」とする専門家もいますが、私はそれだけではないと確信しています。
それは先ほど触れたとおり、ワークマンプラスが地道な「インフルエンサー戦略」を続けてきたからです。
ワークマンがインフルエンサーを活用した理由
「でも、もともと作業着や作業用品の専門店(ワークマン)が、なぜSNSやインフルエンサーを活用したの?」と、イメージギャップを感じる人もいるかもしれません。
ですが、マーケティングで有名な「STP分析」と「4P分析」からワークマンプラスを捉えると、「なるほど」と納得していただけると思います。簡単にご説明しますね。
「STP分析」は、マーケティング界の権威、フィリップ・コトラーが提唱した基礎的なフレームワークです。具体的には、1)市場の細分化「Segmentation(セグメンテーション)」に基づき、2)その市場のうち、どの顧客を狙うか「Targeting(ターゲティング)」、3)その顧客に響く、自社の強みは何か「Positioning(ポジショニング)」を考えていくのが、STP分析の手法とされています。
ワークマンプラスの場合、STPの3つは、初めからある程度ハッキリしていたはず。すなわち、Sはスポーツやアウトドア市場、Tは同市場を好む男女、そしてPは作業服の分野で培った、防水や防寒、耐久性や着心地の良さ(軽さ)、そしてアウトドア商品としては破格の値頃感などでしょう。
最後の課題・プロモーションをどうするか
他方の「4P分析」は、マーケティング学者・マッカーシーが1960年に提唱し、先のコトラーらが進んで利用する有名な分類です。
4つのPは、「Product(プロダクト=商品)」「Price(プライス=価格)」「Place(プレイス=流通・チャネル)」「Promotion(プロモーション=広告・販売促進)」の略で、通常は先のSTP分析で、自社が狙う市場やターゲット等を練ったのち、4P分析で、具体的な製品や価格、販路や販促を検討する企業が多いようです。
ワークマンプラスの場合、この4Pの、プロダクト(製品)とプライス(価格)については、「従来のワークマン製品の一部を抽出する」「価格も維持する」と決まった時点で、それ以上の迷いはなかったと思われます。
プレイス(流通)も、一般の男女は従来の作業服の店にほとんど来ないはずなので、「ネット通販か、もしくは別業態の店舗で売るしかないな」と発想しやすいでしょう。
問題は、最後のP、すなわち「プロモーション(販売促進)」です。従来とはまったく違う顧客に向けて、新たな店舗で商品を展開するわけですから、当然、既存のお客さまにだけ情報を発信していては、広がりませんよね。
選ぶ基準は「数」ではなく「愛」
そこでよく用いられるのが、SNS上で情報発信力をもつ「インフルエンサー」の活用です。ワークマンも、16年9月、初めて「ブロガー向け商品説明会」を開催しました。また18年からは、ブロガーではなく「インフルエンサー」との呼称に改め、「いまではアウトドアやファッション、バイクなど、幅広いジャンルの情報を継続的にネット(SNS)上にアップしてくれそうな男女を、探し出しています」と、丸田さんは言います。
ここで重要なのは、ワークマンが選ぶインフルエンサーの基準が、フォロワーの「数」の多さではないこと。
丸田さんいわく、あくまでもワークマンプラスへの「愛」があるかどうかが判断基準で、「ワークマンプラスと一緒に成長していきたい」とのスタンスを持ってくれているかどうかに注目している、とのこと。
そんな「愛」あるインフルエンサーを、どのように発掘しているのか。私は次の言葉を聞いて、驚きました。
「はい、基本的にはわれわれによる手作業です。外部に委託するケースもありますが、過去の投稿を基に、自社でエゴサーチなどをかけて、一人ひとり検索して探しています」(丸田さん)
水増しインフルエンサーに要注意!
恥ずかしながら、私も今年5月から、インスタグラムを始めました。
利用するようになって、分かったことがあります。それは、失礼ながら「この人、誰?」と、マスコミではその名を知られていないような男女が、インスタで既に数万人のフォロワーを抱えていること。彼らの投稿には、1つあたり数千件や数万件の「いいね!」が押されることも多く、それだけ拡散力があるのは一目瞭然です。
ですが一方で、一部には違法なやり方で、フォロワーを増やそうとする男女や、その欲求に付け込もうとする業者の陰も、見え隠れします。それが、「水増しインフルエンサー」。
今年(19年)5月、NHKの取材班が報道した記事によると、某化粧品会社が4万人のフォロワーを持つある女性にアプローチし、投稿と引き換えに4万円を支払ったものの、よく調べてみるとその女性のフォロワーの中に「日本人女性」(ターゲット)は、わずか400人程度しか含まれていなかったそうです。
考えられる理由は、2つ。1つは、その女性が怪しい業者から、何らかの有料サービスを利用して、意図的にフォロワーを「買った」から。もう1つは、「フォロワーが増えます」などとうたうフリーソフトを利用したことで、自動的にフォロワーが増えたから。
後者の場合、本人も気づかぬうちに、怪しいフォロワーが増えるとともに、自身の情報が抜き取られていることもある、とのこと(19年5月21日NHK「News Up」)。
インフルエンサー・マーケティングの極意
だからこそ、インフルエンサーとタイアップしようとする企業は、「数」だけで相手を判断すると失敗します。手間はかかりますが、ワークマンプラスのように、手作業で「愛」ある男女を見つけることが重要なのです。
今年7月、ワークマンプラスが著名ブロガーとタイアップして始めた「ワークマンアンバサダープロジェクト」。その中から、毎週キャンプに行くというブロガー、「サリー」(@chottocamp)さんと共同開発した「アノラックフルジップパーカー」が生まれました。
従来の綿アノラックパーカーは「かぶり」タイプで、着用時にヘアスタイルが崩れてしまうこともあった。そこでフルジップタイプにすることで、女性も着やすくしたそうです。これらは、サリーさんの意見を取り入れた結果、生まれた商品とのこと。
数など、見た目の「スペック」に踊らされることなく、本当に信頼できる「愛」あるパートナー、すなわちインフルエンサーを、いかにして見つけ出せるか。そして、いかに彼らの声を真摯に聞き、「共に成長したい」と感じてもらえるか。
インフルエンサー・マーケティングの真髄は、企業側の手間や「誠意」であり、その本質は、恋愛における「出逢いや交際」とも似ている気がしますが……、皆さんは、どうお感じになりますか?