女性が、「割り切る」時と「こだわる」時
「そういえば、これだけ女性は忙しいのに、髪を洗うときに『リンスインシャンプー』をあまり使わなくなったよね。それはなぜでしょう?」
今回のテーマは、仕事仲間とのこんな会話がきっかけでした。
例えば、出勤前の基礎メークは「オールインワン」などで手早く仕上げたいのに、洗髪では、シャンプーとリンスが一度でできる「リンスイン」を使わない人が多いのです。
もちろん、ヘアケア意識は人によって異なり、売り上げ上位に「リンスがいらないシャンプー」が来るブランドもあります。でも小売りの店頭では主流となっていません。
そこで今回は「ヘアケアへの消費者意識」を考えてみます。ただし、ヘアケアの範囲は広いので、シャンプー、リンス、コンディショナー選びを中心に考えることにします。
「リンスインシャンプー」を選ばない理由
「確かに私も使わないですね。思いどおりの仕上がりにならないからです。時々、出張先のビジネスホテルに置いてありますが、そういう時は、持参した化粧ポーチにある携帯用のシャンプー、コンディショナーを使います」(スタッフ職の40代女性)
現役世代の女性に話を聞くと、「いまは使っていない」という声が一般的のようです。
あるメディアの編集者で、美容意識の高い20代女性はこんな意見でした。
「リンスインシャンプーは、手軽に『洗浄と保湿ができる』商品ですが、髪を気にする女性にとって、シャンプーは『しっかり洗いたい』、リンスは『しっかり保湿したい』もの。私が使ったリンスインシャンプーには、この『しっかり』感がありませんでした」
特に保湿の物足りなさを感じたようです。こんな例も挙げて説明してくれました。
「最近、メーク市場でも『洗顔のいらないクレンジング商品(化粧落とし)』が人気ですが、私の場合、きちんと洗わないと気持ち悪く、結局、2度洗いしてしまいます。個人的にリンスインシャンプーを使わないのは、この消費者心理に通じるように思います」
「ほぼ毎日髪を洗う」は、90年代から
これらの商品の研究開発や、販売促進に携わっている人には、一方的な言い分に聞こえるかもしれません。ただ、かつて「日本女性のヘアケアの歴史」を調べたことのある筆者は、こうした声を「現代女性のヘアケア意識」と受けとめました。
現在のように、女性が「髪をほぼ毎日洗う」(髪洗い頻度の平均「週5~6回」)となったのは1990年代からです(数字はいずれも花王調べ)。ちなみに朝に髪を洗う「朝シャン」の最初のブームは1980年代後半から90年代前半にかけてでした。
今から60年以上前、1955年に発売された「花王フェザーシャンプー」(当時は粉末タイプ)の広告は「髪洗いは5日に1度!」を提唱していました。1970年代でも髪洗い頻度は「週2回」程度。「ほぼ毎日洗う」ようになったのは、消費者の美容意識の高まりとともに、「内風呂の普及」(1970年は50%、1990年代に90%)と関係があるといわれます。
“こだわり消費”で細分化されるヘアケア市場
女性の中には「行きつけの美容室で気に入ったヘアケア商品を使う」人も多いようです。美容室向けブランドも展開し、家庭品では「メリット」(1970年発売)や「エッセンシャル」(1976年発売)などのロングセラーブランドを持つ花王では、ヘアケアに対する消費者意識をこう説明しています。
「最近の消費者は、自分に合ったもの、気に入ったものには惜しまず自己投資する傾向があります。その中で、浴室内で使う『インバスヘアケア市場』は、成分、香りなど、アイテム数やカテゴリーの増加で商品数が多く、消費者は自分に合うものを選ぶのが難しい時代になっています。しかし『こだわりをもって自分にふさわしいものを選びたい』ニーズは高く、ハイプレミアム価格帯は活性化しています」(花王広報部・小川直哉さん)
花王によれば「2018年度インバスヘアケアの市場規模は2000憶円弱で、2019年も横ばいと見込んでいます」とのこと。一方でシャンプーブランドは、他の分野のように、20%を超える突出したブランドはありません。逆にいえば、それだけ消費者の好みが細分化された市場といえます。
ドラッグストアは“ボタニカルだらけ”
そんな中でも、支持を集めている商品の一つが「ボタニカル」系です。
「いまのヘアケアブランドの流行は『ボタニカル』商品です。もともと“植物由来の”という意味ですが、シャンプー&コンディショナー商品から、人気に火がつき、現在はスキンケア分野や、オーラルケアのハミガキ商品などに移行しつつあります。ドラッグストアなど大型店の店頭に行くと、商品棚が“ボタニカルだらけ”です」
こう話すのは、ブランドコンサルタントの守山菜穂子さん(ミント・ブランディング代表取締役)。「Beautiful 40's(ビューティフルフォーティーズ)」というサイトで女性のヘアケア意識も取り上げてきました。
守山さんの話を受けて、筆者も複数のドラッグストアを視察しましたが、確かに「ボタニカル」商品が売り場の棚に広がっていました。
「その人気を、私は『自然欠乏症候群』や『バイオフィリア(Biophilia・自然愛好傾向)』と近いニーズに捉えています。都会で働く人たちが、日常生活に自然が足りなくて、少しでも生活に取り入れたいという感じ。しかも、ボタニカル系商品のよさは、“ユニセックス”なこと。性別を感じさせないパッケージから、ひとりの人間として素に戻り、『女子を頑張らなくていい』というメッセージを感じさせます」(同)
こう考えると、現在のヘアケア・キーワードのひとつは「自然体」かもしれません。
もう一つ、静かなブームとなっているのが「水のいらないドライシャンプー」。「『資生堂 フレッシィ ドライシャンプー』が一番人気です」(前出・守山さん)とのこと。
この話を伝えた、20代の女性編集者(前出)は、「調べてみると『忙しくて、お風呂に入らず寝てしまいたいときに使う』『長時間汗をかいて、気持ち悪いときにいい』というコメントが多かったです。清涼感が強いようで、私も盛夏になったら買ってみようと思います」と関心を持っていました。
「清涼感の強いメンソール系は、主に男性が好む」という先入観も、改める時代になってきたのかもしれません。
「機能的価値」と「情緒的価値」
マーケティング用語に「機能的価値」と「情緒的価値」というものがあります。
もともと米国の経営学者であるデビッド・アーカー氏(ブランド戦略の大家)の唱えたもので、同氏は「自己表現価値」と合わせた3つを「価値(ベネフィット)の3つの種類」として定義づけました。
ここでは「機能的価値」と「情緒的価値」で考えてみましょう。大まかにいうと、商品の持つ性能が「機能的」、商品を使うことで生まれる感情が「情緒的」といえます。
リンスインシャンプーやメンソール系は「機能的」が明確な商品です。一方、ボタニカル系は、使う人にとって「情緒的」な意味合いが強いといえます。もっとも、メンソール系を使った“爽快感”は「情緒的」でもあるので、商品のどこに軸足を置いて消費者に訴求するか――といえるかもしれません。
現代の消費者は、総じて「その日の気分でピンと来たもの」を選びますが、シャンプーなどのブランドは一度買うと、よほど合わない限りは、我慢して使う傾向にあります。そのため各メーカーは、新商品や新生活などの機会に「ブランドスイッチ」もめざして工夫をこらすのです。
これから盛夏の時期を迎えます。「夏休み」に宿泊旅行に出かける人も多いでしょう。そんなとき、宿泊施設にどんなシャンプー類が置かれているか、チェックしてはいかがでしょう。「機能性」「情緒性」の訴求が見えてくるかもしれません。
経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。