お寿司屋さんで「カウンター」デビュー
この連載の前回記事「しなやかに男性化」する日本女性の消費」を目にした知人から、こんな声が寄せられました。最初、筆者の記事とは意識せず、タイトルに目を留めて読んだそうです。
「私自身も、以前であれば1人で外食することはあまりなかったのですが、先日、どうしてもお寿司が食べたくなり、近所のお寿司屋さんで“カウンターデビュー”しました(笑)」(20代の女性会社員)
昔から「1人でバーに行く」女性はいましたが、回転寿司ではない寿司店のカウンターは、男性でも心理的なハードルが高いものです。
面白いもので、「未知の消費体験」は、一度体験すればスッキリします。「また行きたい」か「一度行けば十分」と思うかは、人それぞれ。ちなみに冒頭の女性は「また行きたい」と思ったそうです。
例えば、近所に「ラーメン店」ができたとき、関心を持つ人は多いでしょう。「ラーメンが苦手」な人は少ないので、「おいしいか・おいしくないか」が気になるのです。未体験のままだと小さなストレスを感じる人もいます。そして一人でも試しに食べに行くのです。
このような“一人寿司”や“一人ラーメン”現象と同時に、もう一つの女性の変化として、“がっつり現象”というものがあります。今回は「好きなものを、がっつり食べたい」に潜む消費者心理を考えてみましょう。
カロリーを気にせず「とんかつ」を楽しむ
山形県酒田市に本社がある「平田牧場」という会社を、筆者は10年以上前から取材しています。
同社は養豚農場(直営や提携先の飼育農場・肥育農場)で「平田牧場三元豚」(さんげんとん)や、「平田牧場金華豚」(きんかとん)というブランド豚を育てており、飼育頭数が年間に約17万頭。レストランも経営しており、自社の豚肉料理を「とんかつ」や「しゃぶしゃぶ」料理で提供。山形県など東北地方以外に東京都内にも複数の店があります。
6月中旬、東京駅前「KITTE」(=キッテ。日本郵便が経営する商業施設)にある平田牧場の店で食事をしました。ここは料理メニューに、あえてカロリー表示をしていません。
以前この店で会食した時、同席した女性(30代の経営者)はこう語っていました。
「とんかつを食べたいときは、その日の気分でロースやヒレを選びたいですよね。そんな時はカロリー表示をしてほしくないです。別の日にカロリーを抑えますから」
そう言いつつ、コース料理で提供されたメニューはすべて完食していました。
「食べ放題のサラダバー」が大人気
ファミリーレストランの「シズラー(Sizzler)」という店があります。国内に10店、世界5カ国で220店以上あり、日本の店舗は「シェーキーズ」「ロイヤルガーデンカフェ」および専門店等を運営するアールアンドケーフードサービスが経営しています。
この店の人気メニューが「プレミアムサラダバー」です。新鮮な野菜
ロイヤルHDの広報担当者は「野菜だから大丈夫、という意識もあるのか、見ていて気持ちいいぐらい、みなさんたっぷり召し上がります」と話します。都内の店を利用すると、確かに女性客が多めです。名物のチーズトーストやパスタなどを食べると、摂取カロリーは高くなるでしょうが、みなさん楽しそうに食事をしていました。
「野菜たっぷり」が、自分への言い訳に
前回の当連載記事で「麺類が人気の外食チェーン店では『大盛りメニューが女性に大人気』」と記しました。実はこの店は「長崎ちゃんぽん リンガーハット」です。国内に600店以上展開する同店の人気メニューの1つが「野菜たっぷりちゃんぽん」(税込み799円など=地域によって価格が異なる)。野菜が480グラム、麺が200グラムで、カロリーは831カロリーです。一回り小さい「野菜たっぷりちゃんぽんミドルサイズ」(野菜360グラム、麺150グラム、576キロカロリー。税込み615円など)もあります。
「私も時々行きます。『野菜たっぷりちゃんぽん』を頼むことも多いですね。量はミドルサイズでないほう。言われてみると、がっつり食べるほうだと思います」(宿泊施設勤務の30代女性)
「シズラー」と「リンガーハット」のメニューを注文する女性の共通心理は、「たくさん野菜がとれること」です。ランチセットにつくミニサラダではなく、「野菜をしっかりとった」という身体へのいたわり(のようなもの)。それがあればたくさんの量を食べて、その時の食事を楽しむのです。
忙しく身体を動かせば「お腹も減る」
「女性=少食(小食)」というのは過去の話ではないかと、さまざま消費者を取材してきて感じます。もちろん人によりますが、総じて昔とは体格も違い、ビジネス現場では男性と同じ仕事をする女性がどんどん増えています。
「忙しく働けばお腹も減る」。それは家事労働も同じです。洗濯や掃除がどれだけ体力を使うか、やってみると実感します。空腹を満たすだけでなく、自分へのごほうびに近いのが、ここで紹介する「大盛りメニュー」ではないか。こうした意識への男女差はどんどん縮まっていると感じます。
消費者の「障壁を取り除く」ための工夫
マーケティングや商品開発の現場では、「消費者の障壁を取り除く」にはどうすればいいか議論が交わされます。「障壁」ではなく「心理的抵抗」を使う現場もあります。
例えば、簡単に食事をしようと「レトルトカレー」や「袋麺」を作ろうとした場合。この時、容器包装の切り口が使いにくく、中身が取り出しにくいと消費者はストレスを感じます。時には、その商品へのイメージが悪化しかねません。そうした「障壁」「心理的抵抗」を和らげるために、容器メーカーや包装メーカーは、使い勝手を追求しています。
この視点で考えると、「とんかつでカロリー表示をしない」ことや「野菜たっぷり」という手法は、「がっつり食べたい」(でも周囲の目が何となく気になる)女性消費者の障壁を取り除いているのです。送り手側は、そこまで意識していないかもしれませんが。
外食しながら学ぶ消費者心理
筆者は「カフェ」に関する著作物も多く、時々「なぜカフェをテーマにしているのか?」と聞かれます。この時「小銭で利用できるカフェは、消費者心理の象徴だと思っている」と答えます。高級店を除けば“ワンコイン(500円玉)”で済むので、「その時の気分で店を選びやすい」のです。
これをもう少し発展させると「外食産業=幸せ産業」だと思っています。家族や恋人、友人・知人と飲食店で楽しく過ごす時間は、平和や平穏でなければできない行為。だからこそ消費者の本音が表れると思います。
最近は「おひとりさま」として、1人で飲食店を利用する人も増えました。冒頭の寿司店で、カウンターデビューをした20代女性の行動からも、「1人のほうが、好きなものを頼めて気がラク」「せっかくならカウンターで、職人さんが寿司を握るのを見たい」など、さまざまな消費者心理が考えられます。
“幸せ産業”の外食には、消費者の本音が表れやすいのです。今度外食するとき、消費者心理を分析する目をもって店に入ってみませんか。面白いことが見えるかもしれません。
経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。