企業も自治体も、続々とブイチューバー(以下VTuber)の起用をスタートさせ、バーチャル市場がホット。若者を熱狂させる令和時代の新しいマーケティング手法に迫ります。

スキャンダルを起こさないVTuber

突然ですが、「文春砲(ほう)」という流行語を覚えていますか?

『週刊文春』(文藝春秋)が、特定のアイドルや著名人などに対する強烈なスクープを扱うこと。3年前(2016年)の流行語でしたが、その後も、「文春砲」は何度か世に放たれ、数々のスキャンダルが世間をにぎわせました。

そのたびに、「スキャンダルのとばっちりで、CM撮り直し!」や「芸能事務所の違約金、○億円に!」といった文字が、週刊誌やスポーツ新聞の紙面に躍ります。突然のスキャンダルで膨大な被害を受ける側は、たまったものではないですよね。

ところが近年、ほぼまったく「スキャンダル知らず」で、かつ人気絶頂の理想的なプロモーションキャラクターが、次々と誕生しています。

その名も「VTuber」。「Virtual YouTuber(バーチャル・ユーチューバー)」の略語です。彼ら(彼女たち)は、あくまでも架空のキャラクター(アバター)。それでも生身のYouTuberやクリエイターかのごとく、動画上でいきいきと活躍しているのです。

「ニッチなファンが支持しているだけでは?」と、人気を疑う人もいるでしょう。ですがここ数年、複数の企業はもちろん、自治体や国の観光事業までもが、VTuberをプロモーション活動に起用し、大いに注目を集めているのです。

企業公式ナンバーワンはサントリーのVTuber

VTuberの大きなメリットは、タレントに比べて、いわゆる「スキャンダルリスク」が低いうえ、プロモーション活動に合わせて、ゼロから造形やキャラクター設定が可能なこと。だからこそ、起用前から何らかのイメージが付きまとう生身の人間より、圧倒的に「世界観」を表現しやすいと言われます。

昨年(2018年)8月、サントリーの公式バーチャルYouTuber(以下、VTuber)として鮮烈なデビューを飾ったのが、「燦鳥ノム(さんとりのむ)」。

デビューから8カ月後の19年4月末の時点で、企業公式VTuberとしては人気ナンバーワンの座を獲得、「清楚系」として広く認知されるようになりました。フォロワーは約3万3000人、チャンネル登録者数は約9万1000人にも及び、動画の総再生回数はなんと約750万回という「超売れっ子」です。

売れっ子はVTuberは120歳

ここで、「燦鳥ノム」のプロフィールを簡単にご紹介しましょう。

年齢は、意外にも120歳。これはサントリーが今年、創業120周年に当たることに由来します。また、名前に「サントリー(燦鳥(さんとり))」と「(飲料を)飲む(ノム)」を入れ、顧客が彼女の活動を見聞きするたび、サントリーを想起するようにしたそうです。

出身は、水の国。趣味は「短歌」で、特技は「歌うこと」。YouTubeの「SUNTORY NOMU CHANNEL(サントリー ノムチャンネル)」でも、透明感のある美声で何曲もの歌を披露しています。

サントリーコミュニケーションズ・宣伝部 デジタルグループの前田真太郎さんによると、キャラクター作りでは「『水』をイメージできる透明感が感じられ、丁寧に上品にしゃべるなど、大人っぽさを醸し出すことを意識した」とのこと。著名なキャラクターデザイナー(ヤスダスズヒトさん)に、デザインを依頼したことで「あのヤスダさんが描き下ろした!」など、早くからSNSでも話題になりました。

SNSの訴求力が弱まったことが課題だった

前田さんが所属する宣伝部では、サントリー発の企業やブランドに関するメッセージを「デジタル」でどう伝えるかが課題だったそうです。

というのも、「以前は自社のホームページやSNSアカウントを通じて、ある程度企業が伝えたいメッセージをリーチさせることができたのですが……」と前田さん。でも昨今は、SNSプラットフォームのアルゴリズム変更等に伴い、企業からのメッセージが顧客に届きづらくなっていると言います。

「たとえフォロワー数やともだち数が多くても、お客さまに企業や商品のメッセージがキチンと伝わっているとは言い切れない」とのこと。

そんな中で、人格を持ったVTuberがひとたび多くの顧客に認知され、受け容れられれば、顧客個人との大きな接点が作れる。ノムを愛し、応援する人たちが、サントリー商品の根強いファンになってくれる可能性も高い。

中には、次のような熱烈なファンもいると言います。

“サントリーシフト”する熱いファンたち

例えば、九州のある旅館は、「ノムの動画をきっかけに、旅館で取り扱う飲料をすべてサントリーブランドに変えました」と、ツイッターで教えてくれたそう。

またSNS上では、ほかにも「ノムを応援したいから、ノムの動画を観ながら同じもの(飲料)を飲んでます」との声も少なくないと、前田さん。

そんなノムは現在、おもに3つに軸足を置いて活動しています。

1つ目は、トークやゲーム、歌などをテーマにした、動画でのYouTuber的な活動。定期的に更新されるコンテンツは、既に60本以上にのぼります。

2つ目は、サントリー商品のブランドコミュニケーションと連動した、各企画への参加。

同社のペットボトル入りコーヒー「クラフトボス」のプロモーションでは、ノムやお笑い芸人(ゆりやんレトリィバア)がVTuberになり、ノムとバーチャル空間上で共演して、話題を集めました。

イベントでタレント活動も

そして3つ目が、ネット番組へのゲスト出演や、VTuberのコンピレーションアルバム、音楽ライブイベントへの参加など、いわゆる「タレント活動」。

19年4月、ノムは千葉・幕張メッセで、「ニコニコ超会議」と共に開催されたライブイベントにも参加しました。このとき、チケットは完売となり、ホール半分ほどの有料ステージが、観客で埋め尽くされたと言います。

実は前田さん、ノムのデビュー直前の18年6月、同じ「ニコニコ超会議」でVTuber人気ナンバーワンとされる「キズナアイ」のライブを見学した、とのこと。そこで驚くべき光景を見たそうです。

リアルのアイドルに見向きもしない若者たち

念のため補足すると、キズナアイはAIを自称する、3Dアニメの少女。16年から活動する、VTuberの草分け的存在です。

18年春には、日本政府観光局(JNTO)公認の「観光大使」にも就任、日本観光のプロモーションサイトで、日本の食や文化の魅力を紹介し始めました。狙いは、「クールジャパン」に関心が高い、海外のミレニアル世代(若者)の取り込みにあるようです。

前田さんが18年の「ニコニコ超会議」で目にしたのは、集まった若者たち(女子高生ほか)が、キズナアイの登場を待ち焦がれる姿。彼らはリアルのアイドルには見向きもしない。それを見た前田さんは、次のように確信したと言います。

「いまの若年層はとくに、自分が好きな歌や演出、世界観など、あくまでも『コンテンツ』そのものを受け容れる。ゆえに、対象がバーチャル(アニメや3D)かリアルかは、ほとんど関係ないのでしょう」

令和時代に求められるのは堅実なキャラクター

いまやサントリー以外にも、ロート製薬の「根羽清(ねばせい)ココロ」や、DMM.comの「星名(ほしな)こむ」はじめ、企業が続々とプロモーションにVTuberを起用する時代。

また、あるレコード会社に所属する「富士葵(ふじあおい)」は、「(同キャラクターを)かわいくするプロジェクト」の名のもと、クラウドファンディング(18年2、3月)で約2300万円もの大金を集めました。

企業だけではありません。全国の自治体も、次々と関連市場に参入。埼玉県民VTuberを名乗る「春日部つくし」や、茨城県のVTuberアナウンサー「茨ひより」も、地元の名産品などを動画で紹介しながら、県のイメージアップに努めています。

こうした一連の背景には、若年層の「テレビ離れ」や「リアルの有名人離れ」があるでしょう。昭和の時代と違い、平成はネット動画やSNSの浸透で、有名人(芸能人)の知りたくない「リアル」までが白日の下にさらされました。

そして令和の現代。若者たちが憧れるのは、人間味がありながらも、夢を壊さずにいてくれる堅実な存在。グリーやサイバーエージェントグループなど、IT関連企業が続々とVTuber市場への大規模投資を発表する中で、ますますその存在感は増していきそうです。