家電に消費財……「時短」をキーワードにした商品は数多く、ヒットもしています。けれど、これから企画を考えるなら“時短”だけでは発想に限界が。今の消費者心理をいちばん表した、アイデアが膨らむキーワードとは?

発想が膨らむ“考えるヒント”

はじめまして、高井尚之と申します。普段、経済ジャーナリストの肩書きで記事を書きますが、専門分野は消費者心理です。兄弟サイトの「プレジデントオンライン」では、例えばカフェの記事を多く執筆しています。「身近なカフェをテーマに、消費者心理を描く」――いわば“路地裏の経済学”のつもりです。「プレジデント ウーマン」の本連載では、企画における「考えるヒント」のような記事をお届けしたいと思います。

前置きはこれぐらいにして、初回なので、誰もが嫌でも向き合う「洗濯」と「衣料用洗剤」(以下、洗剤)をテーマに考えてみましょう。花王やP&G、ライオンなどのトイレタリーメーカーは、何年も前から「時短」というキーワードで「すすぎ1回」などを消費者に訴求しています。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/PeopleImages)

それはその通りですが、企画の視点では、そのまま「時短」という言葉を使っても、発想が広がりません。時短=時間短縮の意識だと視野も狭くなるのです。たとえば「競合のB社が、出来上がりまで2分30秒の機能で訴求しているから、ウチの会社は2分をめざそう」というスペック的な発想だけになりかねません。

今、消費者心理の根底にあるものは

では、何をキーワードにするか?

私は「めんどうくさい」だと思います。

洗濯に限りません。女性が働くことが当たり前になり、家事や身の回り全般に時間的な余裕がない時代。実はスマホゲームで遊ぶ時間はあるけど、外出して何かをしたり、丁寧に夕食をつくったりする行為は、気が乗らない現代社会――。「めんどうくさい」は消費者心理の根底に流れています。

「あ~、わかります。この間の日曜日、私も外出せずにネットで服を買いました」(大手メーカー広報担当の27歳女性)

「後片づけにストレスがたまるから、自宅で揚げ物は本当にしなくなりました。近くの店で総菜を買ってしまいます」(食品会社勤務の41歳女性)

さまざまな企業を取材すると、こうした声はよく耳にします。もちろんいずれの意見も「時短」がからんでいますが、彼女たちのもう少し深い意識に目を向けると「めんどうくさい」が潜んでいることがわかります。

液体洗剤派か粉末派か

みなさんは現在、どんな洗剤で衣料を洗いますか? 好きな洗剤ブランドやメーカーでなく、液体や粉末など「剤」としての話です。

大型スーパーやドラッグストアに行くと、衣料用洗剤はズラリと並んでいます。現在のメインは「液体」、次いで「粉末」で、今や液体が8割にも達しているそうです。5~6年前まで、ドラッグストア店頭では「本日の目玉商品」として、各メーカーの粉末洗剤が日替わりで置かれていました。液体洗剤は売り場の「ゴールデンゾーン」ではなく、棚の下に置かれていたのです。今回改めて調べてみて「そこまで差が開いたのか」と驚きました。

1月23日付の日本経済新聞は、次の記事で解説しています。(関連箇所を抜粋しました)

 衣料用洗剤でシェア4~5割を握る花王は卸を使う企業の多い日用品業界では珍しい自前の販社を持つ。店頭のニーズを直接把握し、機動的に商品開発に反映できるのも強みだ。
 その花王に米プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)やライオンが挑む激しい競争が市場の活性化につながっている。2010年代以降、3社が濃縮タイプの液体洗剤を続々発売。主流だった粉末タイプのシェアを奪い、今では市場の8割を液体洗剤が占める。

液体洗剤がここまで伸びた大きな理由は、「大量の衣類をまとめて洗うには液体が向いている」からです。これはあとで説明します。

なぜ「液体洗剤派」が8割になったか

販売金額で、液体が粉末を逆転したのは2010年から2011年にかけて。業界団体である日本石鹸洗剤工業会の当時の資料では濃縮タイプの液体洗剤が登場し、「洗剤が半分以下の量でまかなえるようになったこと」も理由のひとつに挙げています。前後の文を含めて、抜粋して紹介しましょう。

 この統計数値を見る際に無視できないのが、超コンパクト液体洗剤の存在です。2009年に登場して以来、すすぎが1回で済むことや、従来は衣類3kgの洗濯に20~25gの洗剤を必要としたのが、半分以下の10gでまかなえるようになったことが消費者に受け入れられ、順調に普及しています。

なるほど、とうなずけますが、私は必ずしも「消費者は少ない量を支持する」とは思いません。これとは別にもっと大きな消費者心理があったのです。

めんどうくさい洗剤VSめんどうくさくない洗剤

昭和の高度成長期に、それまでの洗濯石鹸(固体)に代わり、衣料用洗剤の王座についた粉末洗剤ですが、平成時代の後半から「洗濯後に溶け残る」という声が、メーカーのお客様相談センターなどに寄せられるケースが増えました。ただし、どうやら商品の問題とは言えない場合も。すべてがそうとは言いませんが、消費者に使用シーンを聞くと、「洗濯容量を超えた衣料の押し込み」も多かったのです。

男性も女性も外で働くことが一般的となって、みんなが忙しくなりました。洗濯を行う人が「1日に2回も洗濯機を回す時間がもったいない。できればまとめて洗いたい」あるいは「毎日ではなく2日に1回ですませたい」と洗濯物を押し込んだ結果、「圧迫された衣料と衣料の間に粉末洗剤が入り込み、洗濯を終えても溶けなかった」ケースも目立ったのです。

溶け残れば、そこだけ水洗いして乾燥機に入れたり、干したりしなければなりません。でも液体なら、そうしたリスクはほぼない。つまり、ここでも「めんどうくさい」がキーワードなのです。

「ジェルボール洗剤」大ブレイクの理由

液体でも粉末でもない第3のタイプの洗剤、たとえば錠剤タイプなどは、これまでも各メーカーが開発してきました。

P&Gは2014年、同社の看板ブランド「アリエール」「ボールド」にジェルボールタイプと呼ぶ洗剤を発売。グミのような触感、鮮やかな色味もウケて、大ヒットとなったのです。

ジェルボールは、特に洗濯物が多い場合に向きます。色味が楽しめるなど別の付加価値もありますが、基本は、液体や粉末洗剤のように「計量しなくていい」。つまり「めんどうくさくない商品」なのです。「時短」ということでは、計量にかかる時間はほんの数秒でしょうが、「めんどうくさい」の解決に訴求したことは大きかったのです。

めんどうくさくない商品は、さまざまな分野から出ています。たとえば1本の中にコーヒー粉末やミルクが入った「スティックタイプのコーヒー」もそうですね。以前はなかった「72本入り」などもあります。必ずしも業務用として買うのではなく、それだけ需要が拡大した証拠と言えるでしょう。

このように「時短」の裏に潜む消費者の心理「めんどうくさい」の視点で考えたほうが、発想が広がりませんか? 企画を考える場合、よく使う表現を少しひねって考えることがおススメです。

高井尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。