人の視線を楽しんで有効に使う方法
間(ま)をとることの大切さは、たいていのビジネスパーソンが知っているものの、なかなか実行できないスキルです。なぜ、それほど難しいのでしょうか。それは「3分の1と3倍の法則」があるからです。
これは相手には3分の1程度にしか感じないものが、話している本人は3倍にも感じるという特徴を表したものです。たとえば3秒の間が、本人には10秒ぐらいの長い沈黙に感じるのに、相手には1秒ぐらい、息継ぎ程度にしか感じないということです。
間をとることは黙ることですから、こわく感じる方もいるでしょう。大勢を前にして、一瞬黙ると「どうしたのかな」「緊張しているのだろうか」と視線が一気に自分に集まります。一極集中で見られるのは、心理的圧迫を感じてしまいますよね。
しかし、このとき間合いをうまくとることができれば、逆に人の視線や注目を楽しんで有効に使うことができます。1度、間をうまくとれた成功体験をしてから癖になったという、経営者のKさんのエピソードをご紹介しましょう。
注目させるために、あえて黙る
その日はKさんの知人の結婚式。自分の会社の社員ではないので、祝辞を言う必要もなく、くつろいで楽しんでいたところに突然、司会の方から「一言お願いします」と言われました。前に出て挨拶しようとするも、会場はすでに宴会状態。おしゃべりしながら食事をしている人がいたり、挨拶回りをするために立ち歩いている人がいたりと、ガヤガヤした雰囲気。とても話を聞いてもらえる状態ではありません。
そこでKさんは「新郎の知人のKさんから一言お祝いの言葉を」と紹介されたあと、ずっとニコニコしながら立っていました。話を聞こうと最初からKさんに注目していた新郎新婦やその親族が心配そうな視線を送ってきます。それでもKさんは黙ったまま、ニコニコとマイクの前に立ち続けました。やがて騒いでいた人たちも空気を察し、会場内はだんだんと静かになっていきました。そしてみんなの視線がKさんに注がれ、シーンと静まり返ったその瞬間、Kさんは話し始めました。
「今、ここに立ち、お集まりのみなさんが楽しそうにお話しする様子を見ておりました。新郎新婦のお二人がどんなに祝福されているか、よくわかりました。○○さん、△△さん、おめでとうございます!」
こうしてうまく間をとったことで、結果、どの来賓祝辞よりも出席者の記憶に残るスピーチとなったそうです。このように「注目させるために、あえて黙る」ときには、表情が大事です。たとえ内心ドキドキしながら立っていたとしても、かたまっていたり、泣きそうだったりすると、緊張してフリーズしたときの間になってしまいます。Kさんのように余裕の笑みを浮かべるのが正解です。
1度体験すると、こわくなくなる
うまく間がとれたときは、武道で技が決まったときのような感覚が味わえます。Kさんも「『間』の威力と、うまくいったときの痛快さを実感した」と話してくれました。このように痛快さを1度でも体験すると間をとるのがこわくなくなる。今ではKさんは、どんなにみんなからジロジロ見られても、余裕の笑みを浮かべて待っていられるようになったそうです。
しかしながら、ただ黙って間をとるのは辛いものです。そんなときにおススメなのが、別の行動を挟む方法です。
たとえば会議やプレゼンの場面であれば、資料をそろえたり、パソコンをつないだりといった一連の準備を黙って行います。話しながら準備をすると、あたふたして落ち着きのない人に見えてしまいます。そこをあえて黙って行うことで、結果として間がとれます。
無音になると下を向いていた人もふっと顔を上げます。その瞬間に「では始めます。本日のテーマは○○です」と結論を短く言う。間をとったあとが、最も人をひきつける瞬間です。いわばスポットライトが当たったときですから、そこで長くしゃべってしまうと効果は半減。間の効果を最大限に発揮するためには、結論をよく考えて準備しておくことも必要です。
ファシリテーションで、必要な3つのスキル
会議のファシリテーションという立場でも、間をうまく使うと、その場を仕切ることができます。そのときに重要なポイントは3つ。
1つ目は相手に、自分の意見を話したという感覚を与えるまで話をさせること。相手がしゃべったと腹に落ちるのは、息の終わりです。途中で話をさえぎらず相手が息を吐ききって、話し終わるまで待ちましょう。
2つ目は、意見を言いたそうな人を見逃さないこと。そういう人の特徴は少し、口が開いています。口が開いていなくても息を吸いながら口を挟むタイミングをねらっています。他の人の話をしっかりと聞きながらも、意見を言いそうな人の息を読んでいきましょう。
そして3つ目は、最後に合意形成の場面をしっかりとつくることです。具体的には「それでは、みなさんのご意見をまとめたいと思います」などと言ってから間をとりましょう。
自由に回答できるオープンクエスチョンにしない
間のつくり方は、それまでの話をまとめたメモを見る、ホワイトボードを眺めるなどして、先ほどの、行動を挟む方法を使います。この間によってメンバーの頭の中で、今日の話がリフレインされて聞く態勢がととのいます。「Aさんからはこう、Bさんからはこういう意見が出ました」と意見を振り返ります。
そして最後に「みなさん、○○ということでよいですか」と回答を限定するクローズドクエスチョンにします。「みなさん、いかがですか」と自由に回答できるオープンクエスチョンにしないというのがコツです。
クローズドクエスチョンにしたうえで、「みなさん」と「○○ということでよいですか」のあいだに間をとります。間があることで、言われた相手は思わず「はい」と返事をしてしまいます。反対されそうな相手がいるときは「Aさん。(間)○○ということでよろしいでしょうか」と個人名のあとに間をとると、イエスという答えを引き出しやすくなります。
この3つのポイントをおさえながら間をとり、ファシリテーションを行っていくと「場をまとめるのがうまい」と評価が上がるでしょう。ぜひ間合い上手を目指し、コミュニケーションを望む方向にもっていきましょう。
スピーチコンサルタント
長崎大学准教授。NHKキャスター歴17年。心理学の見地から「他者からの評価を高めるスピーチ」を研究し、博士号取得。政治家からビジネスパーソンまで幅広い層に信頼を勝ち取る正統派のスピーチやコミュニケーションを伝授。近著に『たった一言で人を動かす 最高の話し方』(KADOKAWA)。