望月さんは、インストラクターからキャリアをスタートさせた、たたき上げの役員。技術力と集客力がなければ現場では誰からも認められない。技術を高め、職場をまとめてきたから思い入れは人一倍。現場の実情と「違う」と思えば社長にも意見してきたが……。

怒声とともに、机上のものが吹き飛ぶ

「なんで社長の僕が、課長のキミにそこまで言われなければいけないんだ!」

ルネサンス 常務執行役員 望月美佐緒さん

社長をはじめ、役職者が集まる会議室。怒声とともに机の上にあったものが飛び散った。望月さんが課長で、斎藤敏一会長が社長だったころの話だ。

「正確には覚えていないのですが、私が『社長、それ間違ってます』みたいな言い方をしてしまったんです。周りは凍っていましたね」

斎藤会長は女性の意見を積極的に聞き入れるタイプ。男性社員が保身のため、ついつい上にしか目が付いていない「ヒラメ社員」になりがちだということを熟知していて、直言してくれる女性社員を頼もしく感じていた。

「ある議題について話し合っているときに、スタッフのことを軽く扱われた気がして強く意見したんです。意見する内容が悪かったとは思いませんが、言い方は完全に間違えたと思います」

翌日には「昨日は申し訳ありませんでした」ときちんと謝りに行き、わだかまりも消えた。

思ったことは率直に口に出す望月さんと斎藤会長がぶつかったのは1回だけではなかった。今度は社長室で2人のときだった。やはり望月さんの意見に立腹した斎藤会長が机をバンとたたいて「出ていけ!」と言ったことがある。

「私は間違っていないと思ったから『出ていきません』と抵抗しました」

後日「キミが部屋から出ていかないから僕のほうがいたたまれなくなって出ていきたくなったよ。でも、ここで自分が出ていったら負けだなと思って(笑)」と告白された。部長昇進で「なぜ私がこんな目にあうのか」と大泣き

部長昇進で「なぜ私がこんな目にあうのか」と大泣き

「真っ向勝負しかできなかった私を正面から受け止めつつ、ユーモアで軽くかわす斎藤さんのキャパの広さのおかげで、自由に意見を言わせてもらえた」と望月さんは言う。

(上)業務委託の方々とチームでプログラムを管理・運営する仕組みをつくり、事業の拡大を乗り切る(中)他セクションの品質管理も担うチーム長に。当初はマネジメントスキルが稚拙で、チームをまとめられず(下)シナプソロジー(R)の研修

「今は女性活躍とかダイバーシティなどで女性の管理職が増えているけれど、女性はイエスマンではなく、『会社のため』『スタッフのため』と思って率直にものを言う人が多いから、やっぱり周りの男性たちは『面倒くさい』でしょうね(笑)」

部長に昇進するときも望月さんは「面倒くささ」をあらわにした。

ちょうど出張中だった。上司から電話が入って部長の辞令を受けたその瞬間、望月さんは泣きだしてしまった。「なんで私がこんな目にあうんですか」と。上司は思わぬ反応に、「ちょっと、ちょっと、ふつうはこれ喜ぶことでしょ」と戸惑った。

「当時、私はフィットネス関連の海外のカンファレンスでもプレゼンターを務めることも増えていました。とくに水中でのレッスンプログラムには熱心に取り組んでいて、そういう技術の部分をもっと高めていきたいと思っていたのです」

部長になることはスポーツクラブの現場から離れることを意味していた。電話口の上司からは、「うちは全社員が部長に上がるわけではないし、降格する人もいる。その中で、そういうことは言うものじゃないよ」と諭された。

辞めるか、辞めないか。人生の大きな岐路に立った望月さんは、信頼していた役員にも相談した。

その人はテニスコーチから役員まで上がった人で、キャリアをインストラクターから始めた望月さんと経歴が似ていた。きっと自分の気持ちをわかってくれるはずと思った。

人生に負荷をかければ自分を鍛えられる

「おまえはどうしたいんだ?」と聞かれ、「自分の技術をさらに高めたいし、私の後に続いてくれる人材をどんどん増やしたい」と答えた。すると「じゃあ、今までの仕事は捨てろ」と言われた。

Favorite Item●スマホと結婚指輪
スケジュール管理はすべてデジタルで。結婚は5年前。夫はベンチャーの社長なのだそう。「結婚しても生活は何も変えていない。とても理想的」(望月さん)

さっぱり理解できず食い下がって「なぜですか。誰よりも真剣に取り組んできたんです」と言うと、「それは俺、見てきたよ。だから大丈夫だと言っているんだ。おまえの今のポジションには後から来る人間が何人も育っているじゃないか。おまえは今の仕事を捨てて次のことをやれ」と。

心がグラっと揺らいだ。出張から帰ると斎藤会長から呼ばれた。

「キミ、喜んでないって聞いてるけど」と第一声。「キミはぶかぶかの上着を着せられて居心地が悪いと思っているだろうけど、みんなそうなんだよ。最初から部長や役員ができるわけではなくて、ほとんどの人は期待値で昇進させてもらうんだよ」

そう語った斎藤会長は最後に「キミたちはスポーツクラブでいつも『負荷をかけることによって筋肉は大きくなります』と話しているんだよね。そう言っているキミが自分の人生ではそれをやらないの?」ととどめを刺した。

「やられたと思いましたね(笑)。さらに『もしキミに部長の仕事ができなかったときは、キミが辞めると言い出す前に僕が肩をたたいてあげるから』と言われて。すごく気が楽になって、じゃあやってみようかなと」

昇進は次の自分がやるべきミッションをつくること。最初は身の丈に合わない服を着せられ動きづらいかもしれない。でもそれは男性も同じ。そのうち服に自分が合ってくる。女性が組織の中で昇進し、自分のためではなく会社やスタッフのためにハッキリと意見を言う。役員となった今、女性が昇進する意義が十分にわかる。

▼役員の素顔に迫るQ&A

Q.好きな言葉
人生はすべての選択の総和である(カミュ)

Q.趣味
散歩、料理

Q.ストレス発散
夫と話す

Q.愛読書
「流転の海」シリーズ(宮本 輝著)
望月美佐緒
ルネサンス 常務執行役員
1984年、大阪体育大学卒業後、永新不動産(ホテル ドゥ スポーツプラザ)入社。87年、ルネサンス企画(現・ルネサンス)に転職。営業サポート部の部長代理、教育部部長、品質管理部部長等を歴任。05年執行役員、17年に常務執行役員就任。